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第9話 入園/昼食

 電車とバスを乗り継ぐ事およそ五十分。ようやく目的地が見えてきた。


『グリームフォレスト』――きらりと輝く森という意味のその遊園地は、名前の通り木々に囲まれ、園内にもたくさんの植物が植えられている。


 受付でチケットを買い、ゲートを(くぐ)る。


 早い時間に来たお陰で、比較的スムーズに園内に入れた。


「まずどこ行く?」


 居ても立っても居られないといった様子で、神村さんが体を動かしながら、そう僕達に聞いてくる。


「落ち着け」

「いてっ」


 そんな神村さんの頭に、東寺がチョップをくらわす。


「何するんだよー」

「お前の落ち着きがなさ過ぎるからだ」

「遊園地で落ち着けって方が無理でしょ。ねぇ、高梨さん」

「え? うん。そう。そうね」


 急に自分に話を振られ、高梨さんが慌ててそう返事をする。


「ほら、高梨さんもそうだって」

「お前に言わされたんだろ」

「違うって。違うよね、高梨さん」

「別に無理に合わせなくてもいいんだぞ」


 二人の間で板挟みになり、どうしたものかとあわあわする高梨さん。


「二人共落ち着け」


 高梨さんの頭に手を置き、助けに入る。


「晃樹君」


 こちらを見上げる高梨さんに視線で返事をし、再び幼なじみコンビに目を向ける。


「まずはパンフ見ようぜ。で、それぞれの行きたいとこを出し合っていこう」


 言いながら僕は、ゲートを通る時にもらったパンフを広げてみせる。


「ごめん……」

「すまん……」


 まるでシンクロするように、同じような感じで頭を下げる幼なじみコンビ。

 本当に息ぴったりだな。


 その後、一人ずつ行きたい所を上げていき、行く順番を決める。時間的に昼時までに回れるアトラクションは四つが限界だろうという事で、まずは一人一つずつだ。


 高梨さんがジェットコースター、神村さんが乗船系、東寺がフリーフォール、僕がライド系と、皆気を(つか)ったのか見事にバラバラの選択となった。まぁ、絶叫系を三つも四つも続けられても持たないので、結果的には良い選択となったのではないだろうか。


「位置関係からすると、高梨さんのやつ行って、東寺のやつ行って、神村さんのやつ行って、最後に僕のやつって感じかな」

「うん。それがいいね」

「異議なし」

「私もそれでいいと思う」


 神村さん、東寺、高梨さんの順に、各々から賛同の言葉が返ってくる。


「よし。じゃあ、行こうか」


 いつの間にかパンフ係になってしまった僕と高梨さんが二人並んで先行し、その後ろを神村さんと東寺のコンビが付いてくる。


(すご)いわね、晃樹君」

「何が?」

「収拾付かなそうになってたのに、すぐ場をまとめて」


 なんだ、その事か。


「まぁ、なんやかんや言っても、付き合い長いからね。東寺はもちろん、神村さんとも」


 東寺とは小三からの付き合いだし、彼の幼なじみという事で神村さんとも中学に上がる頃には普通に話す関係になっていた。


「ねぇねぇ、高梨さん」

「な、何?」


 背後からにゅーっと現れた神村さんに、高梨さんが戸惑いながら対応する。


「高梨さんは、海野君のどこが好きで告白したの?」

「え? それは……」


 言いながら、高梨さんが僕の事をちらっと見る。


「一目惚れ、かな? こう、ビビッときたみたいな?」


 まぁ、嘘は言ってないな。ビビッときた方向性が、高梨さんの場合、一般のそれと大分乖離(かいり)してはいるが。


「きゃー。素敵―」

「神村さんにはそういう人いないの?」

「!」


 背後で、東寺の体がびくりと動いたのを気配で感じる。


 東寺にとっては、その質問の答えを聞きたいような聞きたくないような複雑な気持ちだろう。


 なんにせよ、今日の状況を考えると高梨さんのした質問は少しリスキーで、下手をしたら東寺が告白する前に全てが終わる可能性すらある。


 果たして、神村さんの答えは―


「私? ないない。今は部活一筋っていうか、百二十パーセントの力で頑張らないとレギュラー取れないから、他に気持ち割いてる余裕ないんだよね」


 これは……。


 東寺以外の名前が出なかったのは不幸中の幸いだが、内容としてはかなり厳しい事を言われたような……。東寺のやつ、大丈夫か?


 様子を探ろうと、東寺の方を見る。


「……」


 何やら考えているのか、難しい顔をする東寺。


「おい」


 隣に並び、肩をぶつける。


「晃樹か。どうした?」

「どうしたじゃねーよ。ここ。眉間(みけん)にシワ寄ってる。そんなんじゃ怪しまれるぞ」


 自分の眉間を指差し、僕は東寺にそう忠告をする。


「と、悪い。ちょっと考え事してて」

「気持ちは分からんでもないが、実際にチャレンジしてみないと、分からない事もあるだろ?」

「え? いや、違う違う。別に、今のでショック受けたとかじゃないから。ただ自分の気持ちを再確認してたというか……そんな感じ」


 少なくとも僕には、東寺が嘘を言っているようには見えなかった。


「なら、いいけどさ」

「おーい。二人共」


 声のした方を見ると、少し離れた所で高梨さんの隣に並んだ神村さんが、僕達に向かって手を振っていた。


 どうやら、いつの間にか女性陣と距離が出来ていたようだ。


 僕と東寺は慌てて、二人の元に向かう。


「ちょっと何やってるの。歩くの遅いよ」

「ごめんごめん。少し東寺と話し込んじゃって」

「そうそう。急に晃樹が高梨さんとの惚気(のろけ)話してきてさ。ホントまいっちゃったよ」

「おい」


 抗議の視線を向けると、東寺はまるで駅でのお返しだと言わんばかりの、笑みをその顔に浮かべていた。


「え? どんな? 私も聞きたい」


 さて、当人を目の前にして口に出来るその手の話はあったかな。……まぁ、これなら別に話しても大丈夫か。


「実は今日高梨さんがしてるペンダント、僕がプレゼントしたものでさ。付けてきてくれて嬉しいっていうような話」

「え? そうなの?」


 よし。神村さんの注意が、僕達から高梨さんの胸元に移った。高梨さんには悪いけど、これでこの場は乗り切れる。


「あ、うん。そうなの。先週の日曜日に、一緒に出掛けて晃樹君に買ってもらったの」

「そっか。いや、素敵なペンダントだなとは思ってたんだ。まさか、海野君からのプレゼントだったなんて」


 言いながら、身を乗り出すようにペンダントを見る神村さん。


「……」


 その行動に、高梨さんは少し恥ずかしそうにしている。


 同性とはいえ胸元に顔を近付けられているのだから、女性としては当然の反応だろう。


「あの、神村さん、そろそろ……」

「あ、ごめんなさい。とても素敵な物だったから」


 そう言われて贈った僕として悪い気はしないが、今の行動はそれだけが理由ではないように思えた。


「好きな人からのプレゼントだなんて、ホント憧れちゃうなー」


 なるほど。じっと見ていた理由はそちらの方だったか。


「ごめんごめん。行こうか」


 自ら気持ちを切り替え、神村さんが最初のアトラクションに向かって歩き出す。


 程なくして、僕達もその後に続く。


 高梨さんの選択したアトラクション、『ワインディングツリー』はもう目の前だった。




 結論から言うと、絶叫系と非絶叫系は交互に乗ると中和されて永遠に乗れる。


 ……さすがに永遠は言い過ぎだが、非絶叫系のアトラクションがいいクールタイムになった事は事実だ。甘い物としょっぱい物を交互に食べると永遠にいけるという話だが、それは遊園地のアトラクションにも当てはまるらしい。


 とまぁ、そんなこんなで四つのアトラクションを乗り終えた僕達は、当初の予定通り、このタイミングで昼食休憩(きゅうけい)を取る事にした。


 四人共特に希望はなかったので、最後に乗ったアトラクションから一番近いレストランに向かい、席が空いていたためそこに入る。


 まるで大木をくり抜いて作ったかのような外観をしたそのお店の内装は、やはり壁や床、そして調度品まで木をモチーフにした造りをしており、僕はまるで小動物か妖精の家にでも迷い込んだかのような気持ちになった。


 注文を取りに来た店員にそれぞれ希望を伝え、しばし待つ。


「それにしても、神村さんが絶叫系に弱いのは意外だったな」


 お(しぼ)りと一緒に店員が持ってきたお(ひや)に口を付けながら、僕はそう話を切り出す。


「別に、ちょっと気持ち悪くなるだけだし」

「それを弱いって言うんだろ」


 神村さんのよく分からない反論に、東寺がすかさずツッコミを入れる。


「東寺だって、うってなってじゃん」

「まぁ、な」


 東寺と僕は絶叫系に強くも弱くもなく、降りた直後はそれなりにダメージを食らっていた。


 そんな僕ら三人とは対照的に、高梨さんはというと――


「凄いね、高梨さん。降りてすぐもピンピンしてて」

「小さい頃にバレエをしてたから、三半規管には少し自信があるの」

「へー。そうなんだ。なんで止めちゃったの?」

「うーん。才能がなかったから、かな」

「そっか。まぁ、高校まで続ける子なんて一握りだもんね。ねぇ、他には? 何習ってたの?」


 いつの間にか、話は絶叫系から高梨さんの習い事に移った。


「ピアノとプール、後はヴァイオリン――」

「ヴァイオリン!? はー。なんかお嬢様って感じ」

「全然そんな事」


 実際の高梨家を見た事がないので、それが謙遜(けんそん)なのかそれとも事実なのかは分からないが、今までの言動からしてみても、彼女の実家が我が家より立派な造りをしているだろう事は容易に想像が付く。


「ヴァイオリン、今でも弾けるの?」

「今はもう無理かしら。弾き方忘れちゃったし……。けど、ピアノならまだ弾けるわ」

「え? 嘘? 聞いてみたい」

「機会があったらね」


 神村さんのあまりにいい食いつきっぶりに、高梨さんが苦笑を浮かべる。


「海野君は高梨さんのおウチ行った事あるの?」

「いや、言って、まだ付き合って十日くらいだし、家に行く機会なんて……」

「そっか。じゃあ、高梨さんは海野君の家行った事ある?」

「えぇ。むしろ、平日は毎朝行ってるわ。先週の日曜日は、一緒にお母さんとお料理もさせてもらって」


 そう言う高梨さんの顔は、なぜかドヤ顔だった。


 というか、僕の言った事、速攻で覆されたな。そう言えば、高梨さんは付き合い始めた翌日には、早くも僕の家に上がっていたっけ。……改めて考えても、凄い話だな。


「ふーん。お母さんとね……」


 高梨さんではなく、なぜか僕を見る神村さん。


 思わず、視線を()らす。


「……」


 悪いことをしているわけではないのに、なんだか居たたまれない気持ちになってくる。


「お待たせしました」


 僕にとっては、絶妙なタイミングで料理が届く。


 それぞれの前に料理が並ぶ。


 神村さんの前にはナポリタン、東寺の前にはドリア、高梨さんと僕の前にはハンバーグとライスが。作業時間が然程(さほど)変わらないのかそれとも合わせてきたのか、どれも一品目の到着からそれほどタイムロスなく、テーブルの上に届いた。


「この後、どうする?」


 口に運んだドリアを飲み込み、東寺がそんな事を言う。


「誰か行きたいとこある人っている?」


 三人に聞いている風を(よそお)い、東寺にこの後のプランを確認する。


「観覧車とかお化け屋敷とか、定番どころも一応抑えておきたいよな」


 なるほど。観覧車とお化け屋敷。おそらく、先に()げた観覧車の方が本命かな。とりあえず、頭に入れておこう。


「どっちもいいね。どっちも行こう」

「私もいいと思う」


 女子二人からも同意を得られたので、その二つにはまず間違いなく向かうとして――


「そもそも、時間的に後いくつ行けるんだろう?」

「六時に帰るとしたら……行けて三つかな」


 僕の疑問に、東寺が考えながら答える。


「まぁ、そんなところか」


 自分でも頭の中でタイムテーブルを作り、同じ結論に行き着く。三つだと時間がやや余るが、その時間はお土産選びにでも当てればいいだろう。


「じゃあ、後一つ?」


 言いながら、神村さんがスパゲティーをフォークに巻き付ける。


「そうなるね」


 お化け屋敷と観覧車に行くとしたら、その二つの枠は埋まるわけだから必然的にそうなる。


「うーん。高梨さんどう? どこか行きたいとこある?」


 気を遣ったのか行きたい所が他になかったのか、はたまたその両方か、神村さんが高梨さんにそう話を振る。


「行きたいところ、ね……。あ、『ノイジーノイジーモンキー』なんてどうかしら?」

「「「……」」」


 高梨さんの提案に、三人が同時に黙り込む。


『ノイジーノイジーモンキー』――騒がしい騒がしい(さる)。二度繰り返すほど騒がしいのは誰か。もちろん、乗っている客である。


 園内にある他のジェットコースターとは速度・高低差共に段違いらしく、その分、搭乗時の衝撃も当然ながら跳ね上がる、という話だ。全部テレビで仕入れた情報なので、実際のところは分からないが、映像で見た限り決して誇張(こちょう)ではなさそうだ。


「僕から一つ提案があるんだが」

「気が合うな。俺もだ」

「お化け屋敷行った後は、別行動にしないか。六時にゲート前の広場に集合って事で」


 その方がお互いのためだろう。


「だな。舞奈もそれでいいだろ?」

「え? あ、そ、そうね。二人のお邪魔しても悪いしね」


 動揺のあまり、今更な言い訳を口にする神村さん。


 さすがに野暮(やぼ)なので、誰も指摘はしないが。


「あ、無理にって話じゃないから、みんなが嫌なら別に行かなくても……」


 一連の流れを見て、高梨さんがそんな事を切り出してくる。


「僕は全然無理だと思ってないから、一緒に行こうよ。乗りたいんでしょ? 『ノイジーノイジーモンキー』」

「うん。ありがとう、晃樹君」

「これ、本当に私達邪魔なんじゃ……」

「言うな言うな。これでも向こうは、気遣って抑えてくれてるんだから」


 何やら外野がうるさい気もするが、店のBGMだと思って聞き流しておこう。


 さて、昼食終えたら、お化け屋敷行ってそれから大一番だ。精々、みっともないところを見せないように頑張ろう。

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