03 COUNT DOWN(その1)
03 COUNT DOWN
目を開けたら目の前に驚いた表情の浅野典子が座っていた。その両脇には同じく目を見張る鈴原香菜と石田雪乃。視線を隣に向けるとそこには、
「芹歌!」
怪我一つ無い芹歌の姿。丁度お互いに同じ衣装を選んで指先が触れていた。ということは、今は十一月六日火曜日なのか?
「今、芹歌ちゃん青く光ってなかった?」
「大丈夫なの?」
「顔色悪くない?」
浅野たちが心配そうに芹歌を見つめる。あれ? 青く光っていたのは芹歌だけなのか。てっきりオレも一緒に青く光るのかと思ってたけど……。って、そうじゃなくて芹歌だ!
「お前、胸は大丈夫か!?」
さっきまで血が吹き出していた芹歌の胸部を丹念に撫でる。
「はっ、颯人!?」
「一刻くん!?」
何やら周りがうるさいが、そんなことは気にしていられない。芹歌の無事をきちんと確認しないことには始まらない。かなり丹念に調べたが、幸いどこにも異常は見当たらない。
「良かった」
「良くない」
ホッと胸を撫で下ろすオレに冷たい声が降り注ぐ。
「え?」
「颯人、アンタいつまでヒトの胸触ってるの?」
芹歌の言葉にはっと我に返り手元に目を向けると……
「ぬぉわぁ!」
いかん。上げたこともないような変な雄叫びを上げてしまった。しかし、それも無理もない。気づいたらオレは両手で芹歌の胸を鷲掴みにしていたんだから。ってか、前も思ったんだが、こいつ結構胸あるんだよな。うん、ちょっと手に余るくらいだし。指に力を入れるとふにふにと柔らかいながらも弾力のある感触……。
「ちょっと、ホントマジで殺すわよ」
更に北極も真っ青なほどの冷たい声が吹きすさぶ。
「え? あっ、いや、ワリィ!」
「はぁ? 何、そのぞんざいな謝り方は?」
「……モウシワケアリマセン」
あまりの芹歌の迫力に手を胸から離し、最敬礼で謝る。
「おやおや、また二人で仲良く喧嘩しているんですか?」
そんな様子を見て、優樹が笑いながら教室へ入ってくる。後ろには書類の束を抱えた翔太も居る。
「どこのネズミと猫よ。それより、早く衣装を決めないと! 優樹くんの顔見ると仕事しなきゃいけない気分になるわね」
「ははは。お褒めの言葉として受け取っておきますよ」
「……それにしても、また颯人と同じ衣装を選んだわね」
芹歌が机に広げられたデザイン画に視線を落とす。勿論、オレもこれには見覚えがある。というか、この衣装に身を包んだ芹歌を二回も見た。
「もしかしたら、芹歌さんの能力は予知能力かも知れないですね」
優樹が顎に手を当てながら呟く。違う。これは予知なんかじゃない。あの時の芹歌の温かい血の感触。そうだ、あれが本物じゃなかったら、何が本物だって言うんだよ!
オレと芹歌は同時に振り向く。
「「違う。これは時間跳躍だ!」」
そして、まるで打ち合わせしたように同時に叫んだ。
*
「……で、どういうことなんですか?」
教室で話すような内容でもないので、オレと芹歌と優樹、そして一緒に居た翔太に、何故か美空の五人で屋上に上がった。ややこしい話だし、本当は優樹と三人で話した方が良さそうだったけど、小学校からずっと一緒の翔太にも知っておいてもらった方が良いのかもと思い、一緒に来て貰った。美空は、オレたちが教室から出ようとしたところ偶然鉢合わせになり、何だかよく分からないけどついてきた。強引に教室へ押し込めようかとも思ったが、美空は芹歌のルームメイトだし、すごく真剣な目で、
「颯人くん、何かあるならわたしにも手伝わせてぇ!」
と、フワフワなツインテールを揺らしながら訴えかけてきたのを邪険にも出来なかった。
「だから、芹歌の能力は予知能力なんかじゃなくて、時間跳躍なんだよ!」
「ゆっくりで良いですから、何が起こったのか、順番通りに説明してください」
「分かった」
オレと芹歌はこれまで二回体験した文化祭直前の一週間について説明した。
まず、最初の文化祭では翔太が教室で殺され、芹歌は舞台上で何者かにナイフで刺されて殺された。死ぬ直前に身体が青く光り、一緒に居たオレも文化祭本番の一週間前、十一月五日月曜日に時間跳躍した。
「……ちょっと待って。え? 俺、死んでたの? っていうか、文化祭で死ぬのか?」
翔太が真っ青な顔で聞いてきたので、
「オレたちが体験した未来の一方ではな」
静かに頷いて話を進める。ここまでの話で確信した。オレと芹歌は同じ時間を過ごしている。二人の話には全く齟齬がなかった。
十一月五日月曜日に時間跳躍したオレたちは、まだその時はお互いが時間跳躍したのか確信が持てていなかった。というか、二人とも予知夢でも見てしまったと思い込んでいて、体験した最初の一週間について話し合うこともなく、再び文化祭を迎えた。一応、翔太が教室で死なないようにオレの近くにいさせて、優樹には舞台に不審者が入り込まないかを見張っててもらった。だけど、今度は芹歌が射殺された。死ぬ直前、やっぱり芹歌の体は青く光り、それを見て優樹が何か気づいたみたいに、芹歌を抱きしめろって言うから、その通りにした。
「……そうしたら、今度は今日……十一月六日火曜日の衣装決めに時間跳躍してしまったってことですね」
「そうだ」
流石優等生サマサマ。このややこしい話を一回で理解してしまった。翔太と美空は理解半分といった顔なので、芹歌がもう一度丁寧に説明している。でも、四次元的な話はどうやら翔太には難しいらしい。数学の授業と同じ顔で話を聞いている。
「っつーか、時間跳躍って、時間旅行と何が違うんだ?」
「本当はおんなじ意味なのよ。でも、最近では身体ごと移動するのが時間旅行で、意識だけが移動するのを時間跳躍って呼ぶのが一般的になっているわ」
「芹歌ちゃん、詳しいんだな」
「あたし、SF好きなのよ」
なるほど、だから時間跳躍なんてマニアックな言葉を知っていたのか。
「ということは、このまま無為に過ごしていると、また文化祭当日芹歌さんが殺される可能性が高いんですね」
優樹が言い難いことをズバッという。こいつ、当たりは柔らかいんだけど、結構容赦無いんだよな。昔から。
「まぁ、そもそも何で殺されるのかも、誰に殺されるのかも分かってないんだけどな」
オレも極力冷静に答える。
「一つ確認したいんですが、芹歌さんが青く光ったのって、その亡くなる直前の二回だけですか?」
優樹の言葉にオレと芹歌はお互いに見つめ合う。そう、死ぬ前にも一度光っていた。
「「武道館のコンサート」」
同じ言葉が溢れる。そうだ、芹歌がアイドル歌手を引退する原因になったコンサート。そこでBLUE ROSEを歌った時も青く光った。
「念の為に訊きますが、その武道館コンサートの時は、お互いに触れていなかったんですよね?」
「前から三列目じゃ、流石に手は届かないだろ」
オレが当然だろうとばかりに答えると、芹歌が瞳を丸くする。
「え? 颯人、やっぱり見に来てたんじゃない!」
「あっ、いや、それはだなぁ……」
しまった。慌てて言い訳を考える。ったく、もうどうやってファンだって認めればいいんだよ。
「はいはい、その件については後ほど二人でゆっくり話しあってください」
話を前に進めたがっている優樹に軽くあしらわれてしまう。
「それで、今の話を聞いて僕なりにある仮説を立てたんですけど……」
「おっ、流石。言ってみろよ!」
オレもこの話題を続けるのは具合が悪いので、優樹の話に乗っかることにする。
「説明するのは構いませんが。颯人、君の本当の能力の話をしなくてはいけなくなりますが、良いですか?」
優樹の言葉にオレと翔太は息を呑む。これは家族以外ではオレたち三人だけの秘密だった。ある意味、小学校から寝食を共にしているんだから、オレたちは家族のようなものだ。そんな三人だけの秘密。今まで決して他の誰にも言わなかったけど……でも、みんなの命がかかっているのに、そんなこと言ってられない。
「ああ、構わない」
短く答えると、優樹も小さく頷く。
「芹歌さん、美空さん。これから話す内容はかなり危険な内容です。颯人の安全のためにも他言無用でお願いします」
「分かったわ」
「わたしも、颯人くんが危ない目に遭うなんてやだもん! だから言わないよ」
二人の返事を確認して、優樹は喋り始めた。
「学園に登録している颯人の能力は、お二人が御存知の通り花咲能力です。けれど、これは本当の颯人の能力ではありません。颯人の本当の能力は……」
「優樹、オレの能力だ。オレが説明する」
いつも好き勝手にズバズバ言う優樹がかなり言いづらそうにしている様子に、思わず代役を買って出る。というか、そもそも最初からオレが説明するべきだったんだよな。
「……分かりました」
「オレの本当の能力は能力搾取と能力強化だ」
「能力搾取と能力強化? えっと、搾取と強化ってこと?」
「ああ」
うっかり専門用語で言ってしまったが、どうやら芹歌には通じたみたいだ。英語も出来るのかよ。マジで頭いいんだな。それに、芹歌の日本語訳を聞いて、美空も理解したみたいだ。うんうんと頷いている。
「あっ、だから最初に青い薔薇を咲かせて見せてくれた時、お祖母ちゃんの能力だって言ったの?」
芹歌は転校初日の出来事を思い出したみたいだ。
「そうだ。あれは、うっかり口が滑った。というわけで、オレは死んだ人間の能力を貰うことが出来る」
「じゃあ、生きてる人間は?」
そういう質問をしてくるということは、芹歌はこの後の台詞が予想出来ているんだろう。
「お前が想像している通りだ。生きてる人間の能力は貰えないけど強化できる」
「あっ、そういうことね」
芹歌が納得したように頷く。
「ん? 何がそういうことなんだ?」
「優樹くんが立てた仮説が分かったのよ。あたしも同じことを疑ってたんだけど、今、颯人が能力強化持ちだって聞いて納得したの」
「はぁ?」
オレなんてその能力の持ち主だというのに、全くわからないのだが。
「優樹くんは、あたしの時間跳躍を颯人が能力強化した結果、今みたいに二人で時間跳躍出来てるって考えたんでしょ?」
「そのとおりです。流石、芹歌さん。ですが、他の三人が納得していないようなので、もう少し詳しく説明させて頂きますね」
全くだ。二人しか分かってないぞ。ってか、いつもダントツ学年首席の優樹と同じペースで話が出来る奴なんて今まで見たことがない。
「……芹歌ちゃんって頭いいんだなぁ」
オレが思っていたことを翔太がそのまま口にする。
「頭がいいかは分からないけど、あたし、中学まではガリ勉だったから」
「うっそー。こんなに可愛いのに?」
「なかなか信じて貰えないけど、中学までは地味だったのよ。髪も校則でぱっつんおさげだったし」
「はぅぅ。芹歌ちゃんはどんな髪型でも可愛かったと思うよぅ」
これまたオレが思っていたことを、今度は美空が口にする。
「あはは、ありがと。でも、説明は優樹くんのほうが巧そうだし、あたしよりちゃんと仮説を立ててると思うから、後はお願いね」
「おや、これはプレッシャーですね」
全く緊張なんてしていない様子で優樹が困ったように微笑む。
「どっちでもいいから、早く説明してくれ。オレには何がなんだか全く分からん」
なんか、芹歌と優樹だけ分かり合っているのが面白くなくて、つい不機嫌な声が出てしまう。その様子に優樹がもう一度苦笑する。何だよ、その分かってますよみたいな顔は。
「はいはい。このままだと颯人が不貞腐れてしまうので、サクッと説明しますね」
そう言うと、優樹が全員に目を向けて説明を始める。
「芹歌さんの能力は時間跳躍です。でも、それは不完全なものなんだと思います」
「どういうことだ?」
「颯人、順番に説明しますね。芹歌さんは確かに時間跳躍を持っていると思います。だけど、完璧なリープが出来ないんです。記憶の持ち越しが不完全なんですよ。だから、断片的な記憶だけ持っていたので、転校初日に颯人の名前を知っていたり、文化祭の衣装のことを知っていたんですね」
「成程」
そうだ。確かに思い当たるフシが多い。だから、最初予知能力を疑ったんだ。
「そして、先月の武道館コンサートでも光ったということから、芹歌さんは今まで何回も時間跳躍を繰り返したんだと予想できます。……しかし、芹歌さんの記憶にあるのはここ二回分だけですよね」
「そうよ。あたしの記憶では、二回しか時間跳躍していない筈よ」
「そう、それは、颯人に能力強化してもらったからなんです。つまり、芹歌さんの時間跳躍を颯人の能力強化で完全なものにした。だから、二人は記憶を保持したまま時間跳躍出来たのです。それがたまたま二回連続で成立して、現在に至っているわけです」
「……オレが、芹歌の能力を強化したのか。確かにオレは触れたものからしか強化も搾取も出来ない。芹歌が死にそうな時、二回とも芹歌に触れていた」
「これも仮説ですが、恐らく芹歌さんは命の危機があると、防衛本能が働いて時間跳躍してしまうんでしょう」
「……何か超ムズイ話しなんだけど、このままだと結局、また芹歌ちゃんが殺されちゃうのか?」
翔太がいつも飲んでるパックジュースのストローを咥えながら尋ねる。そうだ、能力がどうこうも大切だけど、このままだとまた同じ未来になってしまうかも知れない。
「そうだな。あと、よく分からんが、翔太。お前も死ぬ可能性が高いぞ」
「そっか~、今のところ二分の一なんだよな。それをどうにかしないとだよな」
「わたし、ナイフや銃が得意な能力を持っている人を探してみるよぅ。犯人が見つかれば、芹歌ちゃんたちも安心してライブが出来るでしょう?」
能力云々の話の時は静かだったが、この決まった未来をどうにかしなくちゃいけないという話になったら、美空にも内容が分かるらしく、元気に手を挙げてきた。
「……それは良いアイディアですね。犯人が見つかれば、全て解決ですね。まず、みんなで犯人を探しましょう。それと同時に不審者が入らない工夫を検討しましょう。場合によっては文化祭ライブを中止することも検討しま……」
「中止は嫌よ!」
優樹の提案の途中で芹歌が声を上げる。
「……ですが、ライブ中に少なくとも二回殺されています」
「でも、ちゃんとやり遂げたいのよ! みんなが頑張ってパンフレットや衣装やたくさんの物を用意してくれてるのに……」
「芹歌さん……」
「優樹、取り敢えず中止は止めとこうぜ」
「颯人まで」
「芹歌が歌いたがってるんだ。オレたちは協力しよう」
「全く。そこまで言われたらやるしか無いですね。ではまず手分けして犯人を探しましょう」




