04 FINAL CONTINUE(その3)
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定刻通り芹歌のミニライブは始まった。優樹はこの短期間では十分すぎるバリケードをこしらえていた。美空もさっきまでこっちをチラチラ見てたんだが、観客が多すぎてすっかり見えなくなっていた。仁夜は最前列の関係者席に座り、鋭い視線を向けている。そして翔太は、
「くそぅ。芹歌ちゃん、散々写メ撮りやがって~」
女子の制服と、三つ編みのウィッグ姿。
「……まぁ、意外なほど変じゃないぞ」
笑いを堪えて一応感想を伝える。翔太だって分かってるから面白いが、あんまり変じゃない。
何回聴いても同じ感想しか出てこないんだが、ライブは素晴らしかった。本当にアイツはプロなんだなぁ。こんなこと今回限りにして、アイツに相応しい舞台にまた立ってもらいたい。
時間はあっという間に流れていき、いよいよ運命の曲。BLUE ROSE。
「ここまであたしの曲を聴いてくれたみんなと、そして」
芹歌が一瞬オレの方を見る。
「大切な人のために歌います」
「…………」
瞬間で顔が熱くなる。いつもなら子供も逃げ出す不機嫌な顔をして、照れ隠しするところだが、そういうのはもう止めだ。芹歌に向かって微笑み返す。そして、翔太に視線を移す。
「翔太、頼んだぞ」
「ああ」
歌は素晴らしく、美しい旋律で紡がれていく。
「 たった一つ見つけた
それが、そう、歌うこと」
サビに入りかけたタイミングで、翔太がオレの腕を引いた。次の瞬間、二人で舞台に駆け出す。突然の乱入者に会場は驚きの声が上がるが、構わずに翔太が示した場所に手を伸ばす。
「チェックメイトだ」
掴んだのは手首だった。締めあげると空気が歪む。そして、今まで何度も芹歌を殺し、オレたちの運命を弄んだ張本人が姿を現した。
「まさかお前だったとはな……美空」
オレが締めあげる手には、普通には取り扱っていないようなゴツいナイフ……最早ダガーと呼んだほうが適切な刃物が握られている。観客や他のクラスメイトたちはやはりこれが演出なのかトラブルなのか見極めかけていて、誰も動こうとはしない。
「どうしてぇ……」
美空が弱々しく呟く。
「あたし、香水を二種類使い分けてるのよ」
美空の疑問に芹歌が答える。オレは片手で制服のポケットから芹歌の化粧ポーチを取り出し、黄緑色と薄紫色の二つの小瓶を持ち主に渡す。
「アンナスイのシークレットドリームと、ナイトファンタジー。同じブランドだから結構近い匂いなんだけど、犬の鼻の翔太くんには完全に違う匂いだって分かったでしょうね」
「ああ。屋上で芹歌ちゃんがいきなり違う香水をつけたから、メチャクチャビックリしたぜ。紫のナイトファンタジーの方が若干甘目の匂いだな」
「そんな……」
美空が脱力する。
「だから、黄緑色の香水、シークレットドリームをつけたお前が舞台に上がったってすぐに分かったんだ」
「颯人くんはわたしがやってるって気づいてたの?」
「昨日やっと気づいた。色が反射の結果だって分かったから。光の屈折を調節すれば透明に見せることも不可能ではない。そしたら急に、美空の能力が変色だって思い出した。お前は髪の色しか変えなかったけど、この学園では研究所行きを免れるため、意図的に能力を過少申告しているものも少なくない。そんなふうに考えたら、恐ろしいほど辻褄が合った」
「颯人、どういうことだよ?」
翔太が不安そうな顔を向けてくる。コイツも真犯人の正体に驚いているのだろう。芹歌は昨日のうちに気づいていただけあって、翔太より幾分かは落ち着いた様子だ。
「一回目の文化祭は、今みたいに姿を消してナイフで刺した。二回目の文化祭は翔太がいたから体育館二階から、これも姿を消して射撃。三回目は殺人のために多分いくつか仕掛けを用意してたんだと思うが、芹歌が引っかかったのはペットボトルに仕込まれた毒だった。なるべく喉が渇くように体育館の温度も僅かに上げたんだろう」
「でもでも、どうして翔太くんや颯人くんまで射撃されちゃったの? 犯人は芹歌ちゃんさえ殺せれば良かったんじゃないのぉ?」
美空が潤んだ瞳で問いかけてくるが、オレは用意していた答えを続ける。
「翔太はあの時、裏方の手伝いに行っていた。オレも後の時間跳躍で知ったんだが、あれは美空、お前がいなくなって人手が足りなくなったって話だったんだな。翔太は手伝いに行って、美空が居ないと知った。それで、心配になってオレに言いに来たんだ。その時、お前は姿を消して舞台近くにいたんだろう。本当はナイフでも殺せたとは思うが、オレと優樹がかなり真剣に見張りをしていたから避けたんだろう。それか、芹歌がどのトラップにも引っかからなかったら直接殺すつもりだったのかは、分からないが。とにかく、翔太に自分の不在をバラされたくないし、匂いで隠れていることがバレたら困ると思ったお前は、翔太を射殺した。そして、オレが芹歌の能力を能力強化するんじゃなくて、ちゃんと能力搾取させたくてオレの足を打って動きを鈍らせたんだろう。まぁ、優樹に助けられて何とか間に合ったけどな。それから、四回目は危ない橋だったな。一緒に出かけた翔太を殺し、オレたちをおびき寄せてその隙に芹歌を殺した。あの怪我した様子はフェイクだったのか?」
「あぅあぅ。わたし女優さんじゃないからぁ」
「よく言うぜ。で、五回目は姿を消して芹歌を道路に突き飛ばした」
「わたしは時間跳躍なんて出来ないからわからないよぅ」
「だけど、お前の犯行計画はこんな感じだったんだろ?」
「…………」
押し黙る美空の瞳を覗きこむ。
「……でも、美空。お前が姿を現すまでずっとオレの推理が外れていることを願ってたよ」
「颯人くん……」
美空が黒目がちの瞳に涙をいっぱい溜めたその瞬間、
「一刻、避けろ!」
客席からの声に反射的に身体をそらすと、押さえてるのとは逆の手から小型ナイフが姿を表し、オレの頬を掠める。思わず掴んでいた腕を離すと、美空が素早く後方へ跳躍する。
「全員しゃがんでろ!」
ほぼ同じタイミングで仁夜がステージに飛び込んできた。そして、間髪入れずにリボルバーで美空を狙い撃つ。
――パン
乾いた発砲音が響き、美空の直ぐ後ろにあった機材に風穴が開く。美空は躊躇なく自分を撃った仁夜に駆け寄る。
「あれれぇ? どうして先生がそんなもの持ってるのぉ?」
別に答えは求めてないんだろう。答えを聞く前に右手にダガー、左手に小型ナイフを構えて一気に詰め寄る。
「こんな出来事のせいで未来は酷いもんだ。全部お前のせいだ。真面目に殺すぞ」
美空のナイフさばきは専門家でも何でもないオレですら、素人ではないことが分かった。しかし、仁夜もまるでナイフの流れが分かっているように躱していく。
「邪魔しないでよぅ!」
「ちっ」
何回目かの攻撃でダガーが仁夜の瓶底眼鏡の縁を掠め、瓶底眼鏡が跳ね飛ばされる。
「え? 颯人くん?」
どうやら真犯人である美空も仁夜が未来のオレだということは知らなかったようだ。本気で驚いたように目を見開く。
「これがお前のせいでメチャクチャな一〇年を過ごした一刻颯人の姿だ。オレだけじゃない。この出来事のせいで青い薔薇全体が酷い目に遭ったんだぞ!」
「うりゃぁぁ!」
接近戦を続ける二人の背後にそっと回っていた翔太が、突如美空に飛びかかる。
「向井田、ナイスだ!」
「お礼は今期の成績で良いぞ」
仁夜が美空に詰め寄るが、咄嗟に美空が投げた小型ナイフが右手に命中し、銃を跳ね飛ばされてしまう。しかし、仁夜は右手に小型ナイフが刺さったまま、美空のもう一方のダガーを握っている方の手を蹴り飛ばす。ダガーが音を立てて落ちる。そのまま翔太と一緒に美空を抑えにかかる。
「一刻、今だ! 銃を拾え!」
仁夜の声に反射的に近くに転がっていた銃を拾い、美空へ銃口を向ける。
「颯人くんは、わたしのこと殺しちゃうのぉ?」
黒目がちな潤んだ瞳。初めて手にした銃は思ったよりもズッシリとしていて、冷たかった。普通なら一生手にする機会も無いものがオレの手に握られている。
しかも、その銃口はクラスメイト……ただのクラスメイトなんかじゃない。
いつもオレの後を付いて来て妹みたいに思っていた大切な仲間……だと思っていた美空に向けられている。
「くっ」
何でこんな時に美空の笑顔やピンポン玉を入れたみたいに膨らましたほっぺたを思い出してしまうんだ。
何でこんな時に、図書館で手を貸した時のうれしそうな顔を思い出してしまうんだ。
何でこんな時に……こんな風にコイツが犯人じゃなければいいのになんて思ってしまうんだ。
「一刻、早く撃て!」
仁夜が急かす。だが、どうしても引き金に力を込めることが出来ない。
「颯人おじさま……ううん。颯人くん。やっぱりパパが言ってた通りねぇ。そんな優しいところが大好きよぉ」
「おじさま?」
「ぐはっ!」
まともに聞き返すまもなく美空は押さえつけられた状態から頭を一気に後ろに逸らし、後頭部で翔太の顔に向かってヘッドバットを繰り出す。最低限の反射でどうにか鼻の骨を骨折することは免れたようだが、翔太が鼻血を噴き出して後ろ向きに倒れる。
「翔太!」
「くそっ、向井田! ……っ!!!! ぐあぁぁぁぁ!!!!」
翔太に気を取られた隙に仁夜が悲鳴にならない声を上げる。視線を向けると、何と
「美空!?」
一瞬、目を疑った。美空が仁夜の右手に刺さる小型ナイフを歯で咥え、刺したまま一気に時計回りにその柄を回転させた。
「うぐあぁぁぁぁ!!!!」
当然、刃も回転し、仁夜の手に大きな穴が空く。痛みに耐え切れず仁夜が手を引いた瞬間、美空は口に咥えていた小型ナイフを引き抜き、両手で構える。
ヤバイ。
オレが思ったってことは、きっと仁夜も思っただろう。だけど、身動きを取る前に、仁夜の腹部に小型ナイフが深々と刺さり、仁夜はその場に崩れ落ちる。
「仁夜先生!」
最初に身動きを取ったのは、鼻血を拭いながらも美空にもう一度飛びかかろうとしていた翔太でも、銃を構えたまま動けずにいたオレでもなく、今まで全く動けないでいた芹歌だった。
芹歌が倒れた仁夜に駆け寄り、その身体を抱きかかえる。
「そうそう、芹歌ちゃんも殺さないとねぇ」
束縛を解放された美空は、ゆっくりした足取りでステージに落ちた自分のダガーを拾い、刃先を芹歌に向ける。
「美空ちゃん……」
「わたし、芹歌ちゃんのこと大好きだよぅ。だって、わたしの時代では誰もわたしと遊んでくれなかった。裏切り者の娘だからって……。でも、芹歌ちゃんはわたしと沢山お話してくれたし、遊んでくれた。だけど、ここで芹歌ちゃんには死んでもらわないといけないのぉ。それが未来への道標なの! こうすることで、わたしもママもちゃんとした青い薔薇だって認めてもらえるの!」
美空が芹歌へ向かって足を踏み出すのと同時に、
「待ちなさい!」
ステージに大声が響く。
「優樹!」
優樹が体育館二階からここまで一気に走ってきたのだ。すっかり息は上がっているが、強い視線を美空に向ける。
「美空さん、少しでも変な真似をしたら、その瞬間、僕は舌を噛み切って自害します」
「!!」
優樹の言葉に美空があからさまに動揺してたじろぐ。
「翔太、押さえてください」
「おっ、おう」
言われるがまま、翔太が美空を押さえ床に伏せさせる。
「え? そういうことなの?」
「ええ、そういうことみたいです」
芹歌が何かに気づいて驚き、優樹がそれを肯定するが、一体何の話をしているのかさっぱり分からない。
「何二人で納得してるんだよ?」
「ああ、失礼。だけど、颯人は不思議に思いませんでしたか?」
「何をだ?」
「僕のことですよ。一回も殺されるどころか怪我もしていないんですよ?」
「あっ……」
確かにそうだ。三回目の文化祭で翔太が射殺され、オレも全身のあちこちに銃弾を浴びた。オレを助けた優樹にも銃弾は飛んできたが、命中はしていない。
「いくら僕の能力が邪魔じゃないとしても、舞台袖の見張りなどをしていれば物理的に邪魔だし、殺したほうが色々と楽だったでしょう。それなのに、一度もそうはならなかった。最初、僕の能力を何かに利用したかったのかもと考えましたが、僕の能力は怪我をしていても使えなくなることはありません。やはり僕を攻撃できない理由があるんだろうとは考えていました。そして、先ほどの貴女の発言ではっきり確信がもてました。美空さん……貴女は僕の娘ですね?」




