03 COUNT DOWN(その2)
「昨日の夕食は生姜焼きだったんだが、金欠で生姜焼き用の肉が買えなくて、普通の薄切りにしたんだ。でも、薄切りは美味いな。みんなも今度調理実習とかで作る機会があったら、是非試してみてくれ」
いつも通り仁夜先生の昨日の晩御飯トークで十一月七日水曜日が始まった。
通常の文化祭準備と並行して、芹歌及び翔太殺害の犯人探しを開始した。と言っても、実際犯行に及ぶのは恐らく今週末。今ならまだ未遂だが。
優樹は多忙を極めているし、翔太はその手伝い。美空も照明係の練習が多いらしく、マイペースな彼女はかなり苦戦しているらしい。まぁ、他人のスピードに合わせるのが得意じゃなさそうだもんな。
で、結局一番暇なのが、歌う本人である芹歌と、そのマネージャーのオレだったりする。オレたちだって別に本当に暇なわけじゃないけど、他の三人に比べればまだマシだし、犯人探しを率先して行うことにした。オレたち五人の他にも手伝ってくれる人を探そうかという話も出たが、犯人も目的も分からない以上、無闇に話を広めるのは好ましくないし、オレや芹歌の能力を大っぴらにするのも危険が伴いそうだったので、結局五人で探すという結論に落ち着いた。
「図書館なんて授業でしか来たことないぜ。何がどこにあるのか全然分からん」
「アンタ初等部からこの学校だったんでしょ? 全く、ほら館内図があるじゃない。能力目録は……二階ね」
まず、ナイフを飛ばしたり、遠くからの射撃をうまく出来る能力の奴が怪しいと、図書館で学生の能力を検索することにした。一応、学園内の能力目録はあるが、正直そんなに期待していない。実際、オレの本当の能力はこの目録には登録されていない。それに、正式能力の検査が終わっていない芹歌だって載っていない。つまり、当てにならないのだ。
世間ではまだ異能力というものはきちんと認識されていない。というか、そんなもの有ると知っている人は当事者とその家族、それから国のお偉いさんたちくらいだ。
この学園が出来る前は青い薔薇たちも普通に普通の学校に通っていたらしい。だけど、特に子供の頃は能力の制御をするのが難しい、全国各地で色んなトラブルがあったらしい。それらは秘密裏に何かと理由とつけて処理されたようだが、国の人口増加に伴い、青い薔薇が増えてきたこともあり、数十年前に蒼原館学園が出来たらしい。オレの親が丁度一期生なので、まだまだ歴史は浅い学校だ。
一応、名目上は青い薔薇の保護を謳っているし、それはそれで合っているのだが、本当はもう一つの顔がある。それが異能力の研究だ。異能力が発見されて長いが、結局異能力とは何なのか、そして、青い薔薇と一般人は何が違うのか、未だに分かっていない。それを解明できれば、この国はもっと進化できるとお偉いさんたちは考えたらしい。で、特に変わった能力の奴は表向き学園に籍は置くものの、専門の研究機関に配属されてしまう。勿論、研究対象として。
オレの本来の能力、能力搾取と能力強化は同じ能力を聞いたことがない珍しいものだ。普通にこの能力が登録されていれば、オレは間違いなく研究所に放り込まれていた。蒼原館学園出身の両親や学園出身じゃないが青い薔薇の祖父母もこの能力がヤバイものだということにはかなり早く気づいていたらしい。しかも、青い薔薇は遺伝によるところが多いとの統計も出ている。つまり青い薔薇からは青い薔薇が産まれやすいらしい。なので、オレは産まれた時から学園に目をつけられていた。という訳で、偶然だけど婆ちゃんの能力を貰えた時は婆ちゃんからのプレゼントだと、みんなとても喜んでいた。
芹歌の時間跳躍も概念こそ認知はされていたが、未だにその能力を持った青い薔薇はいなかった筈だ。芹歌の能力もバレたら研究所行きは免れないだろう。
「う~ん、射撃能力とかは無さそうね」
芹歌が大きな溜息を付く。どうやらオレがぼんやり考えごとをしていた間も、しっかり調べ物をしていたらしい。
「おいおい、溜息は幸せが逃げるんじゃなかったのか?」
「何よ、アンタって結構根に持つタイプなのね。それより、ぼんやりしてないでちゃんとそっちの本を調べなさいよ」
ありゃ、バレてたか。チラッと芹歌の方を見る。すると、
「おい、髪に何か付いてるぞ」
「え? 嘘?」
「嘘ついたって仕方ないだろ。ああ、落ち葉だな」
「どこどこ?」
芹歌が頭を探るが、上手く見つけられないようだ。
「ほら、ここだって」
大変そうなので、亜麻色の髪に付いたすっかり黄色くなった葉っぱをそっと摘み上げる。
「きゃっ」
芹歌が真っ赤になりながら驚いたような表情を向けてくる。
「何だよ? 葉っぱ取っただけだろ。ほら」
「だって、急に髪を触るから……」
「お前なぁ、アイドルだったんだから、メイクさんとかに触られてただろ?」
「周りのスタッフは女性ばかりだったから、こんな風に男の人に触られるなんて無かったのよ。それに、髪を触るっていうのは凄く親しい間柄でする行為だって本で読んだことあるわよ」
「親しいじゃんか。なんつっても、オレたち運命共同体なわけだしさ」
からかうように笑うと、芹歌が真っ赤な顔で目を逸らしてしまった。
「うっさいわね。殺すわよ」
そっぽを向きつつも、いつも通りの良いツッコミだ。こっちだってあんなコト言われたら調子狂うじゃないか。別に悪気があって触ったわけじゃないんだからな。全く。
*
結局、犯人に結びつく能力者も見つけられなかったし、犯人や動機の目星もつかないまま文化祭当日を迎えてしまった。
「取り敢えず、颯人たちが言っていた前回、前々回と違う配置を心がけましょう」
「そうだな、それで何かが変わるかもしれない」
芹歌は当然舞台。その上手側に優樹、下手側にはオレ。それから、美空は担当の照明係。翔太は相談の結果、文化祭の時に必ず足りなくなる裏方の人手補充に立候補することになった。最初は翔太がオレたちの目の届かない所に行くのは危険だって意見も多かったが、裏方にも沢山のクラスメイトが居るし、オレの見た一回目の文化祭みたいに気づいたら殺されるなんてことは無いだろうということで落ち着いた。なるべく色んな場所から芹歌を守ったほうが良いので、翔太も勇気を出して立候補することにしたんだと思う。
「いやぁ、芹歌ちゃんのステージをじっくり見たいって、裏方パス目当てに寄ってくる女の子も多いみたいだからさ」
誇らしげに裏方用のネックパスを弄ぶ翔太を、オレと優樹が同時にどついたのは言うまでもない。
そうこうしているうちにライブが始まった。このライブを見るのは三回目なのだが、やっぱり芹歌は凄い。三回見ても全く飽きない。小さな工夫が凄く多くて、毎回新しい発見がある。ああ、コイツは本当にプロなんだなぁ。本当はこんな文化祭とか小さいステージじゃなくて、ちゃんとコイツに似合う舞台で歌わせてやりたい。それもこれも、このステージが無事に終えられてからの話だよな。
「何か暑いな……」
もう十一月だというのに、この会場はかなり暑い。前もこんなに暑かったか? それともただの熱気なのか。くそっ、喉が渇いたな。芹歌のペットボトルを一本もらっておけば良かった。ライブ用の水は上手側に積み上げられている。さっきは綺麗なピラミッド型に積み上げられていたが、形が崩れている。もう誰か飲んだのかもしれない。
汗を拭いながらステージを見守り続ける。いよいよ、最後の曲。BLUE ROSE。
勿論、不審者は入ってきていない。上手側に目を向けると、優樹が問題無いとばかり大きく頷いている。
今度こそ、大丈夫な筈だ。
「颯人!」
急に、後ろから大きな声が聞こえたので振り返ると、
「翔太!? どうしたんだ?」
「******!」
丁度大きなスピーカの真横に居たので、盛り上がりを見せ始めた演奏音で翔太の声が全く聞こえない。
「聞こえないから、客席に行く!」
オレの声も届いていなさそうだったので、翔太の手を引き舞台袖から客席脇へ移動する。下手側のオレたちの様子に気づいた優樹も、舞台の後幕の裏を通ってこちらに向かってくるのが見えた。
「で、持ち場を離れてどうしたんだ?」
客席も賑やかだったが、それでも何とかお互いの声は聞き取れる。
「大変だ! いつも足りなくなる人手が分かった。きっと、アイツも危険な目に……」
――パァン!
見たこともない形相で叫ぶ翔太の台詞を最後まで聞くことが出来なかった。近くで破裂音が響き、その音と同時に翔太が後ろに倒れる。
「翔太!」
まるでスローモーションのような時間が流れ、翔太が床と激突した音が響く。身体が動かなかった。だって……頭を横から撃ち抜かれていたから。
「ちょっと、おい! コンサートは中止だ! 人が殺されたんだぞ!」
オレの叫びはサビの歓声で掻き消される。翔太を抱えたまま叫んでいると、一番が終わってしまった。芹歌が上手側にさっと移動し、きれいにピラミッド状に積まれたペットポトルを一つ手に取る。
「芹歌! 逃げろ!」
「え?」
間奏中だから少し歓声が小さくなっていたので、芹歌がオレの声に振り返る。振り返った口元にはペットボトルが当てられていた。ゴクゴクと水を嚥下させる。
――キィィン
次の瞬間、芹歌がマイクを落として、大きなハウリング音が響く。
「うぐっ……」
マイクを持っていた手を口に当てるが、その口から大量の血液が溢れだす。
「芹歌!」
翔太をそっと床に置き、芹歌の元へ駆け出す。
――パァン!
すっかり聞き慣れてしまった破裂音。認識と同時に右足に激痛が走る。
「くそっ! どっから狙ってやがる!」
のた打ち回りたいほど痛い。それに足が熱い。だけど、それどころじゃない。芹歌の元へ行かないと! 右足を引きずり一歩前に進もうとすると、
――パァン!
「ぐはっ!」
今度は左腕を撃ち抜かれる。続けて左耳。致命傷こそ免れているが、次はもう無さそうだ。舞台端で倒れる芹歌の身体が青く輝きはじめる。観客も演奏を続けるバンドメンバーもこれが事故なのか演出なのか判断しかねていて、誰も動けないでいる。恐らく、みんな演出だと思い込んでいるんだろう。しかし、身体が輝きはじめたということは、芹歌は最後の力を振り絞っているんだ。また時間跳躍してしまう。
「くそっ! オレもここで死ぬのか……」
オレが先に死んでしまったら、芹歌はちゃんとした時間跳躍が出来ず、またたった一人、記憶の継承も出来ずに時間の輪の中に閉じ込められてしまう。
「そんなこと……させるものか!」
「颯人!」
もう一度膝に力を入れようとしたオレの、まだ傷ついていない右耳に優樹の声が響く。一瞬、翔太を見たが、即死だと判断したらしい。すぐさまオレの肩を抱え、舞台へと歩き出す。
「優樹……」
「喋らなくて大丈夫です。僕が芹歌さんの元へ連れて行きます。きちんと力を貯めていてください」
身長こそオレより少し高いけど、細身の優樹が力の入らないオレを抱えて歩くのはかなり辛そうだ。そんなオレたちに容赦なく銃弾が放たれる。だが、奇跡的にオレたちには当たらず周りの機材や装置に弾痕が残る。
「芹歌……」
「……颯人」
どうにか芹歌に辿り着き、傍に倒れるように座り込む。そして、芹歌の小さな白い手をそっと取る。その上に優樹も手を重ねる。
「颯人、早く強化してください! 僕も一緒に行きます」
「一緒にって、そんなこと出来るのかよ?」
「分かりませんが、記憶の継承が出来る人は大いに越したことありません」
「そうだな」
一度優樹に頷いてから、芹歌の瞳を覗きこむ。
「芹歌! 絶対お前を死なせないからな! こんな結末は絶対認めない!」
青く輝く芹歌を強く抱き締める。
その瞬間、世界は暗転した。




