第7話
ライアの死から、数十年の時が経ち。当時の関係者たちも、1人また1人と現世に別れを告げるようになった。
まず初めに逝ったのは、意外というか妥当というかは定かではないが、アルベルトだった。
僻地に飛ばされ、それまでできていた自由も何もかもが制限された生活はやはり耐えることができなかったのか、数年の後に脱走を図る。しかしながら森で道に迷っているところを魔獣の襲撃に遭い、負傷。何とか屋敷へと戻ることには成功したが、傷口から感染症にかかり、数年の闘病の後この世を去った。
享年24。
次に旅立ったのは、ライアの父、サフィル侯爵だった。
彼は国王へ直訴した度胸とその誠意が認められ、のちに公爵へ叙爵された。これにより、サフィル公爵家が誕生。長らく王国を支えていくことになる。
晩年は妻と共に一人娘のライアのことを思い出しながら床に臥す生活を送っていた。晩年、物忘れが進行してもライアのことは全て覚えており、最期の言葉は
「ライア、今そちらに行くよ…」
だった。
享年68。
彼の後を追うように侯爵夫人も旅立った。彼女は夫が公爵になり、自身も公爵夫人となっても傲慢になることなく、孤児院への寄付や婦人会の設立など、社会貢献や女性の社会進出の先駆けとなる功績を残した。
享年64。
そして国王・王妃も当然ながら旅立った。王家といえど人間である以上、寿命からは逃れられなかったのである。
国王は第2王子アルベルトの件が明るみになったことで減少した王家の威光を回復させるため奔走した。
その理由は他国からの侵攻を防ぐことであったが、同時に自分の息子の不始末の尻拭いを買って出たという意思もあったとされる。
王太子に王位を譲ってからは、王妃共々隠居し、平穏な老後を過ごす。
享年88。
王妃はそんな国王を支えつつ、学園に新たなカリキュラムを導入した。それは「マナー教育」である。
一年次の初めの授業として行われるこの教育は、学園に通う貴族の子女に貴族の自覚を持たせるという名目だが、本当の狙いはライアへの贖罪の意識だったとされる。
隠居後は夫と共に平穏に暮らした。
享年80。
王太子、現国王は父の残した課題を解決し、王家に更なる繁栄をもたらした。妻となったアンナの姉との仲は良好で、3人の子供と8人の孫に恵まれた。
先王よりも早く王位を譲り、妻ともども王都の外れで家庭菜園や私立学校を開校するなど隠居生活を楽しんだとされる。
享年両者85。
ライアのメイドを務めた公爵令嬢、アンナはその後、王宮へ仕官し、ディアナの専属メイドとしての任に就いていた。王妃の妹で微妙な立場ではあるものの、本人は一貫してディアナのメイドを希望していたため政争に巻き込まれることは幸いにもなかった。老後は孤児院の設立や王家の教育官を務めるなどして活躍した。
享年78。
そして、「聖女」ディアナ。
彼女は聖女として王宮で生活する傍ら、街へよく赴き教えを説いて回った。その教えというのは宗教的なものではなくライアからの受け売りのようなものばかりであるが、彼女の美貌とスタイルを1目見ようと、毎回のように教会は人でごった返したという。
毎日のライアの墓参りの習慣は老いても途切れることはなく、現国王に孫が産まれた年になってもそれは続けられ、次第にライアの墓に祈りを捧げる者は増えていった。
晩年、彼女はよく
「私が死んだら、ライア様のお墓の隣に埋葬してほしい。その時は立派な墓ではなく、ひっそりと祀って欲しい」
と周囲に言っていた。
彼女の遺言は正しく実行され、彼女は今でもライアの墓の隣で眠っている。
享年74。
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(side:ディアナ)
気がつくと、小川のほとりを歩いていた。
これが死後の世界なのだと理解するには、さほど時間はかからなかったわ。
だって、私は学園の制服を着ているんだもの。
懐かしいわ。あの頃は必死だったわね。ライア様の講義を聞いて、部屋で勉強して。目の下に隈を作りまくって、ライア様に呆れられたっけ。
足が軽い。この間まで歩くのもやっとだったのに、今は飛べそうなくらい動けるわ。どこまで行けるのかしら?
しばらく歩いていると、道沿いのベンチに人が座っているのを見つけた。
そしてその人が誰なのかを理解した瞬間、私は涙が溢れてきたのを感じた。なぜならその人は、どれだけ会いたくても、絶対に会うことができなかった──
「ライア、さま…」
ライア様、その人だったのだから。
「ディアナ、お久しぶりね。そして、お疲れ様。あなたのことは、ずっと見ていたわ」
「ほんとうですか…?」
「ええ。ちっちゃな陛下のお子さんに求婚されて戸惑ったり、セクハラ親父をつい殴り飛ばしたり。あと日に日に増えていくシミやシワに絶望したり──」
「わあぁぁあ!そ、そんなの見ないでください!!」
溢れていた涙がどうでもよくなるくらい恥ずかしいところを見られていた。仕方ないじゃない、年下の異性に求婚されるなんて経験したことないんだから!
「ふふ、ようやく泣き顔以外の顔を見せてくれたわね。覚えてるかしら?私が最期に見たあなたの顔は、ぽかーんとした顔だったのよ?可愛らしいったらありはしなかったわ」
「ううま…ライアさまぁ」
「あらあら、甘えんぼさんなんだから」
私の記憶の中のライア様そのままで、思わず抱きついてしまう。ライア様はあの頃と変わらず、細いけれど頼もしく、そしていい香りがした。
それから、2人でなんとなく歩いていた。
「そういえば、アルベルト殿下はそちらに行ったんですか?」
「ええ、来たわよ。会っていきなり襲いかかってきたものだから、ジャーマンスープレックスをかけた後にパワーボムで地獄に直送してあげたわ」
「じゃーまん…?」
「あら、いけない私ったら。とにかく、アルベルト殿下なら今頃地獄で反省してる頃じゃないかしら」
知らない単語が出てきたけれど、ライア様のことだし、私の知らない言葉を知っていてもおかしくないわね。
それから、お互い何も話すことなく歩き続ける。
ふと思い出したように、ライア様は、
「ああ、そうそう。これ、あなたが持っていてくれたのね」
と言って、見覚えのある手帳を取り出した。それって確か、あの時私が懐に隠したライア様の日記だったわね。いつからか見当たらなくなって、しばらく引きずった記憶がある。
「この日記、お父様とお母様に見られる訳にはいかなかったから、あそこであなたが隠してくれて助かったわ。ありがとう」
「い、いえいえ。ライア様の助けになれたのなら!」
「とっても助かっちゃったわ」
また沈黙が訪れる。けれどこの沈黙は気まずいものではなく、なんだか暖かなものだった。
ふと見上げるライア様の横顔はあの頃から変わらず美しくて。
つい、
「てぇてぇ…」
という言葉が、口をついて出てしまったわ。
「何か言ったかしら?」
「いいえ、なんにも」
「そう♪」
どれだけの距離を歩いたのだろう、いつしか周囲の景色は一変し、周囲は白一色の支配する空間になっていた。
「さあ、ディアナ。行きましょうか」
突然そう言ったライア様。けれど、戸惑う気持ちはその表情にかき消された。生き生きと、わくわくしている表情を浮かべているのだ。あのライア様が!
「行くって、どこへ行くのですか?」
「ふふ、決まっているでしょう?未来ですよ」
「──ええ、喜んでお供致しますわ!」
2つの魂は、光の先へ吸い込まれてゆく──。
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