第6話
(side:ディアナ)
「あの子が死んでから、僕達はおろか家令もまだあの子の部屋に入っていないんだ。あの子は長期休暇の1周目はここで過ごしていてね、まだ整理も何も出来ていない。ディアナくんがよければ、手伝ってはくれまいか」
「わ、わたしでよければ是非!」
そっか、だから2週目だったのね。ライア様のお部屋に行けると思っていなかったわたしは二つ返事で了承したわ。
「ありがとう。では先に行っておいて欲しい。僕達は後から合流する。あの子の部屋は、2階の左奥の部屋だよ」
「かしこまりました」
わたしははやる足を抑え、ライア様に教わったあの歩き方で急いだ。
「ここね…。ライア様、失礼します」
この扉を開けるとライア様がいるんじゃないか。そんなありもしない奇跡を妄想しながら扉を開けると、当然ライア様はいなかった。けれど、
「書類がたくさん…あら?」
机に広げられた書類と、1冊の手帳があった。いけないと分かっていてもそれを抑えられないのが人間というもの、わたしは恐る恐る手帳を開くと、そこには。
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○の月◆週目☆の日
最近、色々と忘れっぽいので日記を付けることにする。
殿下の代わりの婚約者になって5年、未だ殿下からは寵愛を受けることは出来ていない。寧ろ嫌悪されている様子。今日も歩き方がなっていないと鞭打ちを受けた。背中がじんじんと痛むけれど、ドレスを着れば痕は見えない。
殿下に愛されていないことも、鞭打ちのことも。ましてや常に罵られ心が壊れていくのが分かっていても、それらをお父様やお母様に知られる訳にはいかない。私はどうせ代わり。ちゃんとした婚約者の方が現れるまでの辛抱よ。
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ごめんなさいライア様、全部喋ってしまいました。
心の中でライア様に謝罪する。やっぱり、ライア様は1人で抱え込んでいたみたいね。
パラパラとページをめくると、ライア様が内に隠した叫びや悲鳴が書き連ねられていた。中には想像もしたくないような内容もあったし、房中術の指導と称して危うく純潔を失うところだったという記述を見つけた時は、思わず大声で悪態をつくところだった。
そして、全てのページに必ず書かれていること。それは、
『私はどうせ、代わり』
という文章。幼い頃、殿下に突然浴びせられ、以降も訂正も謝罪もなかったが故にライア様に常に付きまとった言葉。そして、恐らく全ての元凶。
最後の方はわたしへの講義が楽しいこと、生意気だった頃のわたしが可愛らしかったなどが書かれていて恥ずかしかったけど、やはり最後には
『これで代わりから解放されるかもしれない』
と書かれていて、情緒がこんがらがりそうになった。
少しして、扉がノックされ、侯爵閣下夫妻が部屋に入ってきた。
わたしはこの手帳が見られるとまずいと直感的に感じ、慌てて懐に隠し入れた。
「…やはり、まだあの子がいるような気がしてしまうね」
「そうですわね…あら、このブレスレット」
「あの子の8才の誕生日にあげたやつじゃないか?まだ取っていたんだね」
そう懐かしむお2人の表情は、とても穏やかだった。
さて、今の内に他のものも見てみようかな。
と、書類を1枚めくると。
『アルベルト・ホルクは裏組織との関わり有り』
という報告書が現れて、思わず
「な、なにこれ!?」
と叫んでしまった。
それに気付いた侯爵閣下夫妻もやってきて、驚いた。
「殿下が裏組織と…?他の書類は?」
「『令嬢変死事件報告書、主犯はアルベルト殿下か』、『暗殺者を雇う姿を確認』って…これ、全て殿下の犯罪行為の報告書ですわ!」
「そんな、まさか…」
次々に現れる犯罪の証拠を見て、わたしはライア様のある言葉を思い出した。
『アルベルト殿下の周りが少々臭いますから、お気をつけて』
『殿下はますます臭いますわ』
『最近、また殿下がきな臭くて…』
これらの言葉が全て、アルベルト殿下の犯罪を感知しての発言だったのだとしたら。ライア様は一体、どこまで知っていたのだろう、と問いたくなる。
そして、わたしは知っている。ライア様のタウンハウスに火をつけるよう命じたのは、殿下であることを。そして実際に火をつけた影が罪悪感から自白したこと、そして当時潜んでいた暗殺者が消されたことも。
「侯爵閣下、侯爵夫人閣下。これは墓場まで持っていくべき事実なのでしょうが、ライア様のこれらの証拠に加え、わたしから1つお話が」
「…なんだね?」
「あの日、ライア様の居場所に火を放つ命令を発したのは」
1呼吸おいて、心を落ち着かせる。わたしが今から言うことは、王家を、国を震わせるだろう。
「──アルベルト殿下です」
■ □ ■
あれから、5年くらいの時が経った。
やはり色々と変化があって、目まぐるしく変わる環境に全員が必死に追いつこうとしている。
まず、あの時見つけたアルベルト殿下の犯罪の証拠の数々。
それらは侯爵閣下自らが王宮へ持参し、国王・王妃両陛下に謁見し直訴。
陛下は初めは殿下の関与を疑っていたが、証拠が矛盾なく揃っていること、証言者が多いこと、また影からの報告があったことで、その事実を認めざるを得なくなった陛下は、1人の親から一国を治める国王になり。
アルベルト殿下の王位継承権剥奪と、僻地の屋敷への幽閉を決定した。
殿下は最後まで抵抗し私に縋りついてきたけれど、その時点で既に殿下への愛情など欠片も残っていなかった私は殿下を助けることはしなかったわ。
憧れだった人を殺したような人間を許せる訳ないでしょ?
そして、あの日に起きたことを知っている家令や影の証言によって、私が伝説上の「聖女」であるとされ、私は王宮で暮らすことになった。
奇しくも、王族の婚約者ではないとしても、淑女の模範となる存在として王宮に住むことになったわ。
私も、かつてはアルベルト殿下と共にライア様にちょっかいをかけたり、そもそも婚約者のいる異性(しかも王族!)と懇意にしたりなど、許されざる行いをしてきたけれど、あの1年間の頑張り、そして私もあの日の被害者ということ、そして聖女を罰することは外聞が悪いということが考慮され、私はお咎めなしだった。
そして王宮で暮らすならばということで、ライア様を苦しめた教育官による教育が始まったけれど。
1年間、ライア様にみっちりと教えを頂いた私を舐めて貰ってはライア様に失礼よ。王子妃レベルの所作を披露して向こうを唖然とさせて差し上げたわ。
ちなみに、陛下に謁見した際に彼ら彼女らがライア様に行った非道の数々を報告したら、見事に全員人事入換があったわ。ざまぁみなさい。
それと、あの日の火災は、我が国の防災観念を一新するきっかけになった。
私の証言と実証実験により、密閉した状態に、一気に空気が入り込むと爆発的に火災が拡がることが立証され、火災時の避難や救助の教訓になったわ。
ああそう。これは私が1番驚いたことなのだけれど。
なんとライア様の専属メイドだったアンナさん、実は第1王子殿下、現王太子殿下の婚約者──の、妹さんだったそう。
実はアンナさんのご実家はディアモンド公爵家だったわ。これには流石の私もびっくり仰天、ライア様に見たらはしたないとお叱りを受けるような驚き方をしてしまったわ。
当の本人は、
「ライア様は私の正体に気づいてたんじゃないですかね?それいて黙っていたんじゃないかと、今は思います」
なんて懐かしむように語るものだから驚きもどこかへ飛んでいってしまったわ。
そんなアンナさんは、今は私のメイドとして身の回りのお世話をしてくれている。正直申し訳ないけど、有能すぎるのでやめさせられないのが辛いわね。
こうして、私は聖女として格式高い生活が出来て、友人にも恵まれて。ライア様の死から大分立ち直った今でも、ふと思うことがある。
ライア様は、どうして隣にいないのだろう。あなたがいてくれたら、どんなに楽しいだろう、と。
そんな私は、毎日決まった時間に、必ずライア様の墓にお参りをする。ライア様は、王家の所有する墓地の端の方に、ひっそりと眠っている。お参りに来るのも私くらいだと思う。今はそれが、少しだけ寂しいわ。
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