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第5話

うつ伏せになるライアとその下敷きになり泣いているディアナを見つけたアルベルト。


「ディアナ!」

「アルベルトでんか…」

「今助ける!どけ、ライア!」


ライアを乱暴に押し退けようとするアルベルト。


「だめっ!!」

「ぐおっ!?」


ディアナは咄嗟にアルベルトを突き飛ばし、ライアの遺体を抱きしめる。


「これ以上、ライア様を傷つけないで!」

「ディアナ?な、なぜライアを庇うのだ?」

「ライア様は、命を懸けてあたしを助けてくれたのよ!」


ライアをそっと抱き抱えアルベルトに向き合うディアナ。その瞳には、アルベルトへの明らかな敵対の色が浮かんでいた。


▲   ▼   ▲

(side:ディアナ)


全てが遅くなった後にのこのこやってきたアルベルト殿下に、どうしようもなく腹が立つ。そもそも今日の朝、なぜ殿下は「行くな」と言ったのだろう。


「殿下…どうして今なのですか。どうしてもっと早く来ることができなかったのですか!…いえ、これはあたしの我儘ですね。ですが、これだけは教えてください。殿下は、今日、ここで、起きることを、知っていたんですか?」


最後の方は声が震えたけど、仕方ないでしょう?


「そ、それは…し、知らなかった!」


嗚呼、そんなに言い淀んで…それはもう、答えを言っているようなものじゃない!


「正直に言ってください…。あたしは、今怒りと悲しみでどうにかなってしまいそうです。本当のことを言って頂けないとあたしは…」


感情がぐちゃぐちゃで涙が止まらない。


「いや、ちが、その、お前を巻き込むつもりはなかったんだ!」

「巻き込むつもりはなかった…って、この火事は殿下が…?」

「あ、いや、オレが火をつけたという訳ではない」


最早自白しているのと同じな殿下に、頭が真っ白になる。それと同時に、抑えられない怒りが込み上げきて、わたしは叫ばずにはいられなかったわ。


「さ、最低!この人殺し!」

「わ、悪かったとは思っている」


悪かった?婚約者を殺したくせに?


「悪いと思ってるなら、今すぐライア様を生き返らせて!それができないなら、ここから消えて!!」

「い、生き返らせる?ライアは死んでいるというのか!?傷も何も無いではないか!」

「だったら触ってみてくださいよ!もう、暖かさを感じることも出来ないんですよ!?衣服だってこんなに焼け焦げて…うぅっ」


わたしを庇って、苦痛に歪むライア様の表情が頭から離れない。

だというのに、どうしてわたしの隣で眠るライア様は、こんなに穏やかな表情をしているのだろう。


何も言い返せなくなった殿下は、すごすごと帰っていった。1人残ったわたしは、もう冷たくなってしまったライア様に縋り泣いた。

わたしは火をつけた犯人も、それを命じた殿下も。そして、わたしが今日、ここに来なければライア様が死んでしまうことはなかったんじゃないかと思ってしまうわたし自身が許せなかった。


■   □   ■


それからしばらくした、ある日のこと。まだライア様の死から立ち直れていないわたしに、ライア様のご実家であるサフィル侯爵から手紙が届いた。


『娘のことについて聞きたいことがあるから、屋敷へ来て欲しい』


とのことだったわ。きっと、わたしが生きていてライア様が亡くなってしまったことにお怒りなのね。


わたしのタウンハウスに到着していた侯爵家の馬車に乗り、サフィル侯爵邸へ向かう。同乗しているメイドのアンナさんによると、この馬車はライア様が普段使われていたものなんだそう。

ライア様の面影を感じまた気持ちが沈みそうになる。

すると、それを察したのか、アンナさんが突然こう聞いてきた。


「そういえばディアナ様、ライア様が普段ディアナ様のことをどう仰られていたか、気になりませんか?」


突拍子もないことだけど、気になりすぎる。そんな意味の返答をすると。


「ライア様は、寮ではいつもこう仰っていたんです。『ディアナ様はいつも真剣に私の話を聞いてくれるから、つい楽しくなっちゃうわ。早く殿下とくっつかないかしら。そうすれば私が代わりでいることも終われるのに』と。ああ、勘違いしないでくださいね?決してディアナ様を貶すだとかそういう意味ではないんです。寧ろ、ディアナ様の話をするライア様はいつも生き生きとしておられましたから」


それを聞いて、ライア様と談笑していた時に偶に聞いた話を思い出す。ライア様はよく言っていた。


『私はどうせ、代わりだから』


初めは駄目駄目なわたしへの当てつけかと勝手に怒っていた頃もあったけれど、そう話すライア様の表情を見る度にそんな思い込みがガラガラと音を立てて崩れ落ちるのを感じていた。そう話すライア様は、悲しそうな、それでいて全てを吸い込むような暗さを孕んだ表情をしていたんだっけ。


ライア様、普段からわたしをそんな風に思っていたなんて。嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔が熱い。




そんな雑談をしているうちに、馬車はサフィル侯爵邸に到着した。馬車から降りたわたしは、まず侯爵夫妻と挨拶を交わした。


「ディアナだったか。よく来てくれた。サフィル家は君を歓迎するよ」

「ありがとう存じます、閣下」

「さて、早速だが娘のことについてだ。ディアナくん」


わたしは、何を言われても良いように身構えた。怒号や怨嗟の言葉が来てもいいように。だけど、かけられた言葉はわたしの想像していないものだったわ。


「生きていてくれて、ありがとう」

「…へ?」

「家令たちから聞いたが、ライアはその命を賭してでもきみを守ったというじゃないか」

「そうですわ。娘の命を無駄にせず、ここまで生きていてくれた。それだけで感謝すべきことですわよ」

「そ、そんな。わたしは守られていただけですし。それに、あの日、わたしが我儘を言ってライア様のところへ行かなければ、ライア様は生きていられたのではないかと思ってしまうくらいで」

「ディアナくん。これは、家令が言っていたことなのだが、あの日の朝、ライアは今までにないくらいわくわくしていたんだそうだ。普段は感情を表に出さないライアが、だ。だからね、ディアナくん。あの日、きみがライアのもとを訪れたのは、偶然に過ぎない。1人抱え込むのは簡単だが、責任を独り占めするのもよくないんだよ」


思いっきり頭を殴られた気分だった。

確かにわたしがあの日ライア様のところへ行かなければ、ライア様は逃げられたかもしれない。だけど、炎を止められなかった家令の皆さんも責任を感じているはず。それにアンナさんも言っていた。


『私は命令を無視してでもライア様を追いかけるべきでした』


と。

責任の独り占めかぁ。なんだか心が少し軽くなった気がした。


「ところで」


侯爵閣下の目つきが変わった。


「アルベルト殿下はきみと懇意にしていたと聞くが、本当かね?」


剣呑な雰囲気。

わたしはそれに呑まれないよう意識しながら、言った。


「はい。殿下はわたしを『運命の人』と呼び、わたしに愛を語るようになりました。当時のわたしはそれに浮かれ、されるがままでしたが…。今のわたしが当時のわたしに会えるならば、助走をつけてでも殴っていたでしょうね」

「そうか…。殿下は一体いつからライアを想わなくなったのだろうか」


ふと違和感を覚えた。殿下がライア様を想わなくなった?そもそも殿下はライア様のことを初めから想ってなどいなかったはず。


「あの…不躾なことをお聞きしますが、ライア様から殿下について何か聞いていませんでしたか?」

「いや、特には聞かなかったね。王宮からの使者も『関係良好』と言っていたし」


なんてこと。だったら、侯爵閣下夫妻はそもそもライア様が愛されていなかったことなど知らなかったというの!?


「あ、あの!」

「驚いた。どうしたんだい?」

「ライア様が感情を表に出さなくなったのは、いつ頃からでしたか!?」


自分でも訳が分からないことを聞いていると思う。だけど、そこに鍵がありそうな気がするの。


「そうだね…。あの子が6つか7つの頃だったかな。王子妃教育が始まってすぐの頃、泣きながら帰ってきたことがあった。その時は教育が厳しいのだと言っていたかな」

「そうでしたわね。けれど、1月もすれば淑女の笑みを浮かべていましたわね」


嗚呼…その頃にはもう抱え込んでいたのね…。


わたしは意を決して、真実を話すことにした。

ライア様はそもそも殿下から想われていたことなどなかったこと、自分は代わりだというのが口癖だったこと、そして王宮での教育がいかに非人道的だったかを。


全てを知った閣下と夫人は、頭を抱える程衝撃を受けていたわ。


「そんな、まさか」

「なんてこと…」

「僕達は娘の苦労も知らずに…」


ぶつぶつと後悔している夫妻。でもわたしも知っているように、全てが終わってしまってからする後悔など、虚しいだけなのだ。


しばらくして何とか立ち直った閣下は、とあることを提案された。


「娘の遺品の整理の手伝いをして欲しい」


と。

最後までお読み頂きありがとうございます!

面白い!と思って頂ければ幸いです。もし良ければ、星での評価や感想など頂けると作者が舞って喜びます。

今作は完結まで毎日投稿で走り切ります!続きが気になる方は是非お楽しみにお待ちください!(`・∀・)ノ

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