第4話
あれからさらに半年後。つまり、講義を始めてから1年が経過した頃。
学園も長期休暇に入り、しばしのお別れかと思っていた時のこと。
「私のタウンハウスで勉強会がしたい、ですか」
「はいっ。会えなくなるのは寂しいので、せめて1日だけでもお伺いできないかと…」
「ふふ、勿論よろしいですわよ」
「ありがとうございます」
そうそう、決して喜ぶ時も感情を表に出しすぎないように。もう大丈夫ね、後は王宮の教育官に任せれば、ディアナさんは立派な王子妃になれるわ。
だけど、お別れしたくなくてずっと講義をしていたい自分もいる。難しいわね。
ああ、今はこのとてつもなく可愛らしいお願いを全力で叶えて差し上げる方が大事ね。そうね、2週目の3の日。ここはどちらも空いているようだから、この日にしようかしら。ふふ、楽しみだわ。
…ところで、アルベルト殿下。最近、さらに臭くなってきたわね。なにもないといいけれど。
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(side:アルベルト)
ライアとディアナが仲良く談笑している姿を見た俺は、憎悪を炎を燃え上がらせた。
(オレはディアナに避けられているのに、ライアの奴はディアナと談笑だと…!?アイツ、オレからディアナまでも奪おうというのか!?)
そして最早引き返すことの出来なくなっていたオレは、越えてはならない一線を越えることになる。
オレは影と暗殺者にこう命じた。
「長期休暇2週目の3の日、ライアのタウンハウスに火をつけろ。その日はライアは確実にタウンハウスにいるはずだ。そこでライアの息の根を止めてしまえ」
自分でもゾッとするような命令だった。
だがオレは、その日にライアのタウンハウスを訪れるもう一人の客のことを、当日まで知らなかったのだった──。
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(side:ディアナ)
夏季休暇、2週目3の日。その日の朝、アルベルト殿下が私のタウンハウスを訪れており、私は談笑していた。
「あら、もうこんな時間。そろそろ行かなくちゃ」
「どこへ行くんだ?」
「あっ、えっと…実は、ライア様のタウンハウスへ。今日はお勉強会の約束なんです」
「な、なんだって!?」
殿下が機嫌を損ねたら面倒くさいと思って伝えていなかったけれど、やはり動揺していらっしゃるわ。やっぱり、わたしがライア様のタウンハウスに行くのがそんなに嫌なのかしら…。
「い、行くな!」
「まあ、なぜですの?わたしはもう何週間も前からお約束してましたのよ?それとも、わたしが行ってはならない特別な理由でもあるのですか?」
「い、いや、その…(言える訳がない…今日、ライアのタウンハウスに火をつけるだなどと…)」
「ないようですね。では、わたしはこれにて。ごきげんよう、殿下」
「あ、待っ──」
尚も引き止める殿下を無視して、わたしはライア様のタウンハウスへと向かう。この時のわたしは、ただただ楽しみにしている令嬢だった。そう、あの瞬間までは──。
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(side:ライア)
昼前ごろ、ディアナさんがやってきた。どうやら朝方殿下がお見えになり、断る訳にもいかず少し談笑していたのだとか。
「構いませんわ。さ、こちらにいらして。アンナ、お茶を淹れてさしあげて」
「かしこまりました」
アンナが手際よくお茶を淹れる。うんうん、この味よ。やっぱりアンナの淹れるお茶は1番だわ。
「もう、殿下ったら酷いんですよ?行くな、なんて!」
「まあ、それだけディアナさんに行って欲しくなかったのでしょうね」
そうして、2人仲良くお勉強をしていた時。事件は、突然起きた。
廊下をドタドタと、足音も気にせず駆けてくる音。ドンドンと乱暴なノックと共に、家令の1人が飛び込んできた。
「お嬢様!火事です!」
「なんですって!?」
火事だなんて。それも、よもやディアナさんが訪れている時に。
「すぐに確認します。ディアナさんはこちらでお待ちになって。アンナ、行くわよ!」
「はっ!」
私とアンナは廊下を駆ける。
するとそこに広がっていたのはのは、壁も、床も、全てを焼き尽くさんと燃え広がる、猛炎だった。
「うそ、もうこんなに!?」
「どうされますか、お嬢様」
「すぐに避難を。私はディアナさんを連れてくるから、アンナは先に家令を連れて逃げなさい」
「そんな、お嬢様を置いて逃げるなどできません!」
「いいから!いい、アンナ。これは命令よ。従いなさい」
「わか、り、ました…!」
色んな感情がごちゃ混ぜになったような表情を浮かべたアンナは、無事な廊下を駆けていく。さて、私も逃げなくては。
部屋に戻り、ディアナさんを連れ。
逃げようとした、その時には。
炎は廊下を焼き、通路を完全に塞いでいた。
「そ、そんな…」
「ライア様…」
「くっ、戻るわ。ディアナさん、ついてきて!」
「は、はいぃ!」
余裕が無くなって、言葉遣いが乱れる。これじゃ、講師失格ね。
私たちは、元いた部屋に戻り、窓からの脱出を図り窓を開けた途端。
新鮮な空気が一気に入り込み、爆発的に火勢が強まった。
「きゃあ!!」
「ディアナ!!」
火炎の発する突風で倒れ込んだディアナさん。私は咄嗟にディアナさんに覆いかぶさり、ディアナさんの体を魔力で保護した。
その間にも、炎は私のすぐそばまで迫り、私の身を焼かんとする。
熱い、あつい、アツイ。
今はなんとか魔力で保護しているから肌が焼けることはないけれど、熱さからは逃れられない。
「ら、ライア様!わたしのことはいいから早く逃げないと!」
「駄目に決まってるでしょ。私はあなただけは絶対に助けると決めているんだから」
この間にも炎は激しく建物を焼き、ついには天井が崩壊を始めた。
「キャア!」
「っ!」
背中に鋭い痛みが走る。瓦礫が刺さったのか、熱せられた木材が落ちてきたのか。段々と意識が薄くなってもきた。もう長くは持たないかもしれない。
「ライア様、どうしてそこまで」
ディアナさんは震える声でそう聞いてくる。よしよし、魔力を全開で流しているから、衣服にも燃え広がる様子はないわね。
それで、どうしてそこまでするのか、だったかしら?
そんなの決まってるじゃない。
「そんなの決まってるじゃない。あなたのことが大好きだからよ」
──あらあら、ぽかんとしちゃって。ふふ、良かったわ。最後にとっても可愛らしい表情が見られ
ガラガラガラッ!ドシャッ
て────。
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(side:ディアナ)
──あなたのことが大好きだから──
そう言われて、一瞬何を言われたのか理解できなかった。ライア様が、私を?そんなはずはない、わたしは何度もライア様にひどいことを言ってきたし、してきた。なのにどうして…。
それを聞こうとした瞬間、瓦礫が落ちてきて──
ライア様の魔力が途絶えた。
「え…嘘でしょ…ライア様」
閉じられた目は開くことなく、その美しいお顔は動くことなく。
段々と温度を失っていくライア様の体。
全てが否応なく、ライア様が終わってしまったことをわたしに理解させようとしてくる。
「いや…いやぁああぁぁっ!!」
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その瞬間、ディアナから眩い光が迸った。その神々しく、けれども暖かな光はライアを、タウンハウスを覆い、周囲の炎を瞬く間に消し飛ばす。そしてその光はライアに突き刺さった焼け焦げた木片を消滅させ、致命傷となった傷を塞ぎ、焼け落ちた瓦礫による火傷を癒し。
それでも、ライアが再びその目を開くことは、永遠になかった。
ディアナの放った光は、タウンハウスの外に避難しライアとディアナが脱出してくるのを待っていた家令たちや、家令に扮し屋敷に火を放ったアルベルトの影や、もしもの時の為に待機していた暗殺者たちからも認識出来るほどの眩さを持っており、彼らは一様に、
「何かがあった」
ということだけは否が応でも理解させられた。
ディアナが当日までライアのタウンハウスを訪れることをアルベルトに秘密にしていたため、アルベルトの影や暗殺者は、この日ディアナがこのタウンハウスにいることを知らない。
しかし、家令たちの心配する声の中にディアナを心配する声がちらほらとあったがために彼らは自身のしくじりを知った。
ところで、ホルク王国やその周辺国に伝わる、ある伝説がある。
それは、『聖女』と呼ばれる奇跡を起こすことの出来る存在。
眩い光で、瞬く間に炎を消し飛ばし。ライアの体の数多の傷を瞬時に癒したディアナは、まさしく奇跡を引き起こした、『聖女』であった。
だが。例え聖女であっても、「死者蘇生」という禁忌は、ついに破ることはできなかったのである。
そして、それから少しして。
アルベルトが、王立魔導師団を率いてやってきた。彼は師団に命じ、まだ燃えている箇所や燻っている箇所の消火を急いだ。そして鎮火が確認された後、危険を訴える師団員を無視しタウンハウスに押し入りディアナの姿を探す。
そしてついに、1階部分の端の部屋で、焼け焦げた衣服でうつ伏せになるライアと、その下敷きになって泣いているディアナを発見するのだった──。
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