第3話
気がつけば、ディアナさんの個人講義を初めて、半年が経っていたわ。この半年でディアナさんはかなり良き令嬢にらなられた。歩き方がスラッとし、言葉遣いも丁寧になり。殿下とはまだ懇意にされているみたいだけれど、少し立場を弁えたお付き合いになっているそう。
やはりディアナさんは要領がいいわね。これなら未来の王子妃として恥ずかしくない令嬢までももう少し、折り返しといったところかしら。
周りの方々も、ディアナさんの変化に凡そ好意的な反応をしている。ただ、この人にとってはそうではないようで──
「ライア貴様、ディアナに何をしているんだ!」
とか、
「ディアナが前よりもオレを避けるようになった!貴様が何かしたんだろう!」
とか、見当違いな文句を言ってくる私の婚約者、アルベルト殿下。本人がこんなでも第2王子なのだから、王家が少々心配になるわ。
「何かしたも何も、ディアナさんには私が講義をしているだけですわよ」
「な、貴様…。そうやって何も知らないディアナを虐めているんだろう!この悪女め!」
「まあ、悪女だなんて人聞きの悪い。私はディアナさんに現実を教えて差し上げているだけですわよ?それに最近はディアナさん自ら教えを乞いにいらっしゃっているんですのよ?」
「嘘をつくな!」
本当なんだけどなぁ。最近は真剣な目をして私の講義を聞いてくれるのだから、嬉しいやら可愛らしいやらで感情を抑えるのに必死なの。虐めるだなんて心外だわ。
殿下は納得いかないようで、取り巻きを連れて去っていかれた。全く、殿下の思い込みも困ったものだわ。
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(side:アルベルト)
オレの名はアルベルト・ホルク。ホルク王国の栄光ある王家の第2王子だ。
オレには婚約者がいる。サフィル侯爵家の娘であるライアだ。かつては別の婚約者がいたが死んでしまい、代わりとしてライアがオレの婚約者になった。
だがかつての婚約者は顔が良く性格も良かったのに対し、ライアは顔は良いがオレのことにいちいち口を突っ込んでくる。王家としての意識が〜とか、民への顔向けが〜とか、お前には関係ないだろうと言いたくなることにも言及してくる。オレはライアが嫌いだ。
学園に入って1年が経った頃、オレは運命の出会いというものを経験した。
ディアナ・ティガ男爵令嬢。彼女との出会いは偶然会ったというだけなのだが、ライアの貧相な体つきに対して、ディアナは制服を押し上げて主張する豊満な乳房に庇護欲を書き立てる幼さの残る顔立ち、そしてオレのことを立てるという女として素晴らしい性格をしている。オレはディアナと距離を縮め、親睦を深めていった。だがここで立ちはだかったのがライアだ。アイツはオレとディアナの愛瀬に介入してきては、「婚約者でもない異性を侍らすなど何事か」とまるで教師のように言ってくるのだ。オレとディアナの真実の愛を邪魔するなんて、とんでもない奴だ。
最近、ディアナに疲れが見える。聞けば、ライアに講義と称して扱かれているらしい。なぜそのようなことをする必要があるんだ?ディアナはオレの隣で笑っていてくれればいいというのに!
あれから半年が経ち、ディアナは変わっていた。左右にゆらゆらと揺れる可愛らしい歩き方から貴族の歩き方になり、オレのことを名前ではなく「殿下」と呼ぶようになった。それに距離を感じ、やはりライアが邪魔をしているのだと憤慨した。時折ディアナが涙を見せるときがある。それだけライアに酷い仕打ちを受けているのだろう。かわいそうに、オレが守ってやらねば。
(実は、ディアナは夜遅くまで自主的に勉強していたのであり、寝不足であくびを噛み殺した際に出た涙をアルベルトは勘違いしているだけなのだが、本人がそれに気づくことはない)
ライアめ、オレがどれだけ詰め寄っても飄々と躱しやがる。それにディアナが自ら学びに行っている?ならばなぜディアナは涙を流すのだ!ライアめ、嘘をついているに違いない。アイツは名前の通り嘘つきだ!いつか後悔させてやる!
この頃のオレは、ディアナに距離を置かれたショックと、ライアへの憎悪でおかしくなっていた。その思考はどんどんエスカレートし、最終的に取り返しのつかないことをしてしまった。
そして、この頃にライアともっと真剣に向き合っていれば、未来は変わっていたかもしれないと後悔したのは、全てが終わった後なのだった。
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(side:ライア)
最近ディアナさんは、私の講義に来る前に予習をしてくるようになった。ディアナさんってこんなにも勤勉な方だったかしら、と疑問に思うけれど、私にとっては都合がいいのでそのままにしている。
…けれど、毎日夜遅くまで勉強されているのか、最近は隈ができている。可愛らしいお顔が台無しだわ、と思い、私も愛用している化粧品を差し上げたわ。
「ディアナさん、目の下に隈ができていますわ。いつも予習してこられるのは感心ですけれど、可愛らしいお顔が台無しですわ。こちらを差し上げますから、殿下との愛瀬の際は塗っていかれて」
「ありがとうございます、ライア様。ですが、これはあた…私が決めたことですから」
「そう?あまり根を詰めすぎないようにされて」
ディアナさんの中で何か決まったことがあるのか、いつも爛々とした瞳で私の講義を受けてくれる。楽しいったらありはしないわ。
「さて、今日の講義だけれど。また現実のお話になりますが、半年前、私はこう言いましたわね。王家の血筋を残せるのは、王家の子種でしかありえない、と。これは私の解釈ですが…最悪の場合、王家の血を引く子を産むことができれば、誰でもよいと言うことだと思っています。かつて、何代も前の王家では、お手つきのメイドが産んだ庶子が王となったケースもあったといいますわ。ですから厳しいことを言いますと、王家の子を産む孕袋なら誰でもできるということ。孕袋から隣に立つ者に昇格するために、数々の困難を乗り越えなければならない、私はそう考えていますわ」
「確かに…6代程前の王様は、当時の陛下の専属メイドがお産みになった方だった、という話を聞いたことがあります」
「あら、しっかり学習されているのですね。素晴らしいことてすわ」
「お褒め頂き、ありがとう存じます」
応答の言葉遣いも問題なし、と。この調子なら、学園を卒業する頃には殿下の隣に相応しい令嬢になれるかもしれないわね。
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(side:ディアナ)
ライア様の講義を受け始めて半年が経った。
半年経って気づいたこと。それは、ライア様が王家に嫁ぐことの現実を話したり、わたしが出来なくて悪態をついたのを諌めるとき。ライア様の瞳が、ぞっとする程虚無にらなることがある。それはまるで、壊れてしまった人形のようで、そんな瞳を向けられるのは苦手だ。
最近はライア様に褒めてもらえるのが楽しくて、つい夜遅くまで勉強している自分がいることに驚いてるわ。
今でもアルベルト殿下のことは愛しているけど、ライア様を常に悪く言う殿下を疑っている。もしかして、2人はすれ違っているんじゃないか、もっとしっかり話し合えばいいんじゃないかって。だけどもしそれで2人の仲が良くなったら、わたしはいらない子になってしまう気がして、いつまでも言えない。
この時、勇気を振り絞って進言しておけばよかったと後悔したのは、もう何もかもが過去になってしまった後だった。
生きている者は、回想することができる。しかし終わってしまった者は回想することは叶わない。例えどこか別の生命に生まれ変わったとて、記憶の全てを維持することはできない──
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