第2話
次の日も、その次の日も。ディアナさんが放課後空き教室に来ることはなかった。自称取り巻きのご令嬢方に聞くと、授業には来ているそうで、そうすると私の教育を受けるつもりがないということかしら?
けれど、王子妃となる者、どっしり構えて待つのも大事よ。何日だって待って差し上げようじゃない。
結局ディアナさんが空き教室に現れたのは、それから1週間が経った日だった。
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(side:ディアナ)
あたし、ディアナ。ティガ男爵家の長女で、学園の1年次生。そんなあたしは、王子のアルベルト様と懇意にさせて貰ってるわ。昨日もアルベルト様は
「オレの隣は、ディアナ。君が最も相応しい。オレと君は真実の愛で結ばれているんだ」
なんて言ってくれて…キャッ♪
だけど、そんなあたしたちの障害として立ちはだかる人がいる。それが、アルベルト様の婚約者の、ライア様。ライア様はサフィル侯爵家の令嬢で、あたしみたいな男爵令嬢なんかにとっては越えられない壁の先にいる人。
アルベルト様との婚約は完全に政略によるものみたいで、ことある事にアルベルト様は
「あんなつまらん女がオレの婚約者なのは気分が悪い。ディアナのような素晴らしい人が婚約者であれば良かったのに」
なんて、ライア様の悪口を言うわ。
もう、そんなに想ってくれているならあたしを婚約者にしてくれてもいいのに。
なーんて、言えるはずもなく。
長期休暇が明けて暫くした、ある日。あたしは、放課後突然教室にやってきたライア様に、
「ちょっと付き合いなさい」
と言われ仕方なく着いていった。クラスのお友達がライア様について色々言ってて清々したけど、それは心の内だけに留めておくわ。
空き教室に連れられたあたしは、突然
「アルベルト様と愛し合っているのか」
なんて聞いてきた。なんでそんなことを聞くのよ!
…はっ、分かったわ!ライア様ってば、アルベルト様の愛を受けるあたしに嫉妬してるのね!
あたしは当然だと返してやったわ。そうしたら、ライア様は
「今のあたしはアルベルト様の隣に立つに相応しくない」
なんて言ってきたのよ!?ひどい、ひどすぎるわ!
あたしは男女問わず誰しもをオトしてきた秘技、泣き真似を披露する。これならライア様も…
「で・す・か・ら。私が直々に指導しますわ」
あ、あれ?効いてない!?うそ、そんな!?
それからあたしは、王家に妃として嫁入りするということについてみっちりと聞かされた。
「妃になるものは、最低でも。その身を呈してでも、旦那となる王家の方を守らなければなりませんの。王家の血筋を残せるのは、王家の子種しかないのですから」
「王家の妻として、常に完璧でなければなりませんわ。常に令嬢の模範であり、憧れの対象でなければ、民は王家を慕うことはないのですから」
「王家に嫁ぐということは、全ての令嬢が憧れる栄誉であり、同時に茨の道も可愛らしいと感じる程の厳しい道でもありますわ。ディアナさんは、その覚悟がおありで?」
しっかりと聞いていれば、恐ろしい話だったけれど、あたしには脅しにしか感じなかった。アルベルト様の愛を受けるあたしに嫉妬したライア様が、あたしを脅しているんだと思っていた。だから、
「やってやろうじゃありませんか」
そんな言葉が、口をついて出ていた。
だけどその後、2時間も歩き方だけで消費するなんて思っていなかったわ。あたしは完璧だったという自信があったのに、何度も何度も駄目だしされて、最後の方はもう気力だけで乗り切ったわ。最後に自分でも最高の出来が出せたとき、ライア様に
「まずまずですが、2時間でかなり上達されましたわね。素晴らしいことですわ」
とお褒めを頂いたけれど、あたしには嫌味にしか感じられなかった。
その日はそれで終わったけれど、別れ際に
「明日もまた来るように」
と言われ、つい反論が出てしまった。
その日と次の日は、酷い筋肉痛で動けなくて。いっちょ前に威勢のいいことを言った癖に、次の日もまた次の日も、あたしはあの空き教室には行かなかった。
だけど、何日経ってもライア様は諦めず、放課後になるとあの空き教室にいた。だから見ていられず、1週間後のある日。
あたしは空き教室を訪れた。
今になって考えて見れば、あの頃の「あたし」がもっとライア様の忠告をしっかり聞いていれば、ご指導を有難く受けていれば、と「私」は後悔している。だけど、それを伝えることは二度とできなくなってしまっていることが、最も辛いわ。
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(side:ライア)
1週間後、ついに空き教室を訪れたディアナさん。良かったわ、これまでの私の努力が水の泡にならなくて。
「来てくれたのね、ディアナさん」
「…流石に、1週間も待ち続けるのを見てると可哀想だったので」
「まあ、嬉しい。殿下なんて1月は余裕で待たせるというのに、たった1週間で来ていただけるなんて」
「え?それってどういう…」
殿下は、私との約束を反故にすることがお好き。酷い時はお茶会の予定を1月も2月も無視されるのだから、1週間で来てくれるディアナさんは親切だわ。
「では、今回の講義は、言葉遣いですわね。まずはこの紙に書いた文章を王家の方々に向けて言う場合についてですわ」
紙には、『王・王妃(王子・王女)は元気そうで良かった』と書いてあるわ。それを貴族として読むと…
「国王陛下・王妃陛下(王子殿下・王女殿下)におかれましては、ますますのご健勝のこと、お喜び申し上げます」
となる。
「さ、復唱してくださいまし」
「へ、陛下におかれましては、ますますのゴケンショウのこと、およろこび申し上げます…?」
「そこに抑揚と感情が入れば尚良いですが、まずまずでしょう。それから──」
私は貴族としての常識を説明したわ。流石に知っておいて欲しいことばかりだけれど、それさえ出来ていないものね…。
「婚約を結んでいない異性の方をお名前でお呼びすることは、当人にとっても、その方の婚約者の方にとっても不敬に値しますわ。また、余程近しい方でなければファミリーネームでお呼びすることがマナーでしてよ」
「特に、王家の方を簡単にお名前でお呼びすることは、大変な不敬にあたりますわ。陛下は陛下、殿下は殿下とお呼びすることが必要です。ご本人からご許可を賜った際にはよろしいですが、そうでなければ処罰の可能性もありますの」
やはり先週と同様、しっかりと教えれば覚えて実践されるのだから、要領はいいわ。流石は1年足らずで殿下の横に立つようになるだけはあるわね。
…だけれど、殿下は最近ちょっときな臭い気がするわ。何か犯罪に手を染めていそうな…。
「ディアナさん、もし本当にアルベルト殿下の隣に立つつもりがあるなら…これは忠告しておきますわ。最近殿下の周りが少々臭いますから、ご注意あそばせ」
「え、な、どういうことですか?」
「どういうことですの、と言って頂きたいですが…どこに目や耳が潜んでいるか分かりませんから、詳しくは言えませんが。とにかくお気をつけて」
その日はそれで解散。驚いたことに、ディアナさんはそれから毎日空き教室を訪れては私の講義を聞くようになった。時折辛さで泣いていることもあるけれど、出来れば褒めるし、出来なくても鞭で打たれたり罵られたりしない分かなり楽なはずなのだけれど…。
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