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魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


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繁華街の端にある診療所

小さいが名医がいるとひそかに評判なそこにエルシア達は仲間を運び込んだ

本来ならばとっくに閉まっている時間だがドレアと名乗った医者は嫌な顔一つせずに診てくれた


「先生、仲間の状態は?」


待合所で落ち着かない様子でうろついていたエルシアは手術室から出てきたドレアに詰め寄る

彼は人の良さそうな顔で頷く


「うん、大丈夫。二人とも命に別状はないよ。でっかい患者さんは出血が酷かったけど、傷がとっても素直だったから治療も難しくなかった。あれなら後遺症も残らずに綺麗に治ると思う」


「良かった……」


大事ないと聞いて胸をなでおろす

ドレアはカルテを見ながら唸る


「この傷、人にやられたものだよね?憲兵とか呼んだ方がいい?」

「いえ、少々事情がありまして。仕事に関することなので……」

「そっか。それなら無理には聞かないよ」


ドレアの配慮に無言で頭を下げる



「エルシアさん、少しいいですか?」

「アラン君、何?」


タイロンたちをここに運んだアランも容体が分かるまで付き添っていた

そして手術をしている間にアランはリスティからある報告を受け、それを確かめるために声を掛けた


「仲間の一人が見たようなんですが、エルシアさんが戦っていたのは……もしかして以前に探すのをお願いした人物と同じですか?」

「そうよ。確かジグとか言ったかしら?」


そう言えば以前、アラン達が謎の人物に助けられたから探して欲しいと頼まれたのを思い出した

……あの時は結局それどころではなくなってしまったが


予想通りの答えが返って来たアランは眉間にしわを寄せる

かつての恩人がマフィアといたというのは彼にとって受け入れがたい事なのだろう


「やはりか……彼はなぜマフィアと一緒に?」

「分からないわ。私たちが調査した結果、あの大男がドラッグを使用している可能性が高いと見て接触をしたのだけれど……」

「ジグはそんな奴じゃありませんよ」


アランが言葉を遮ってそう言う


(いやそう言われても、アレとは違う薬らしきものはバッチリ使っていたのだけれど……)


まあこちらが調べている物とはずいぶん違うようだったが

注射器も使っていなかったし、そもそも最初からあの男の力はとんでもなかった



エルシアは少し考えると言葉を選んで伝える


「……確かに調べていたドラッグ()使っていなかったわね。そういえば、あのマフィアの娘を守っているようにも見えたわ」

「なるほど護衛依頼ですか。確かにジグならマフィアの護衛くらい気にせず受けそうだな……」


一人納得しているアラン

……もう少し付き合う人間は選んだほうがいいんじゃないだろうか


そうしていたアランは突然顔を上げると真面目な顔をする


「エルシアさんは今回のことをどうギルドに伝えるつもりですか?」

「言葉は正確に使いなさい。あの男のことをどうギルドに伝えるか、それが気になるんでしょう?」

「……」


無言の肯定


こちらの伝え方次第ではジグをギルドの要注意人物にすることも可能だ

本来ならそうするべきだ

仕事とはいえ冒険者にも真っ向から敵対する男を黙って放置する訳にもいかない

現に私の仲間はそれで深手を負わされたのだ


考え込むエルシアにアランが口を開いた


「いくつか聞いてもいいですか?」

「なにかしら?」


思考を止めて彼の言葉に耳を傾ける


「ジグは自分から手を出してきましたか?」

「……いいえ、こっちが先よ」

「向こうから挑発してきたりは?」

「なかったわね」

「最後に失礼なことを聞きますが……あなたが生きているのは実力ですか?」

「…………いいえ」



重苦しい答え



そう

調査という名目で強引な問答をしたのはこちら

相手の弁解を聞き入れずに先に手を出したのもこちら

負けたのもこちらだ

積極的に殺すつもりはなかったが、死んでも構わないつもりで戦っていた


なのに、生きている


あの男はいつでも殺せたはずだ

私の龍眼の話を時間稼ぎと知っていながらそれに乗ったこと

最後の交戦でこちらの武器を奪った後も、殺すどころか眼帯を探すのを手伝ってくれた


”傷がとっても素直だったから治療も難しくなかった”


加えて先程のドレアの診療結果

やはりあの時タイロンを刺したのは加減していた

それがこちらの動きを制限するためだったとはいえだ


一体いくつ手心を加えられた?


防具は防御術式すら刻まれていない安物

武器も頑丈なだけで何の特殊効果も持っていない


……なんだか考えていると腹が立ってきた

あの男、ちょっと舐めすぎじゃないかしら



「……彼らが言うにはもうすぐドラッグに関する事件が片付くって話よ。あの男がギルドの敵かどうか判断するのは、その調査が終わってからでも遅くはないかもね」


気が付いたら、そう口走っていた

仲間を傷つけられたことへの怒りは勿論ある

だがその感情だけで全てを決めつけるには、あの男の動きは不可解が過ぎる


真面目なアラン君がここまで言うのも気になる

ここは彼に免じて様子を見させてもらおう


「ありがとうございます」


彼は頭を下げて礼を言った




「……なんか立ち聞きしちゃって申し訳ないんだけど、ジグ君ってもしかしてあの珍しい武器を持った人の事かな?」


流れで聞いてしまったドレアがきまり悪そうにポリポリと頭を掻きながら言ったその言葉に二人が振り返った


「え、ドレア先生もジグのことを知っているんですか?」

「患者として、だけどね。ワダツミの冒険者を庇って大怪我して運び込まれてきたんだ。その時も仕事がどうって言ってたから、本当に熱心だなぁって」

「あいつ色んなところに関わってるんだな……」

「……何なのあいつ?」


呆れ半分にアランが零すのを聞きながら、エルシアは余計に掴みづらくなったジグの人物像に頭を悩ませるのだった








街が寝静まった夜半

調べ物から帰るシアーシャが暗い夜道を一人歩いていた

夜よりもくらく長い黒髪が歩みに合わせて左右に揺れている

月のない夜に規則正しい足音だけが響き渡る

辺りに人の気配は無く、彼女の生み出した魔力の明かりのみが周囲を照らしている



その歩みが、止まった


宿に向かう途中、道を曲がって細い路地に面したところで足音がやんだ

シアーシャは少し視線を上げると正面の暗闇を見た


「こんばんは」


薄く口の端を上げるとその暗闇に語り掛ける

その暗闇は一瞬戸惑うようにしたが、やがてゆっくりと明かりの下へと姿を現した



「……ああ、こんばんは、だ」



明かりに照らされた人影は全部で五人

いずれも見覚えのある男たちだ

以前ウルバス達を助けた帰りに絡まれたのだったか

行く手を塞ぐように現れた彼らはどこか落ち着かない様子でシアーシャを凝視する

よく見ればその目は血走っており、せわしなく動く眼球は瞳孔が開ききっている

明らかにまともではない状態だ


貧乏ゆすりをするように震える体を押さえながら先頭の男が口を開いた

口の端にたまった涎が糸を引く


「な、なアあんた。俺たちの事、覚えているかい?」

「ええ。もちろん、覚えていますよ」

「へ、へへへ……そうか、そりゃぁうれしいなあ」


にっこりと笑うシアーシャに男がだらしなくにやける

彼女の白い首筋に目を奪われているその目は都合のいい物しか映していないかのようだ


「お、俺たち、さ。強くなったんだよ。すごく。あんたの連れなんてか、かんたんに倒せるくらい……」

「……へえ?そうなんですか。それはすごいですね」



目を細めたシアーシャの声音が少しだけ変わる

彼らがまともな時であったのなら、あるいはその変化に気づけたのかもしれない


「あ、ああ!だから、さ!この前のこと、謝るなら、ゆ、許してもいい、ぜ?」

「この前?あぁ、あの時ですね……」


言われて思い出す

あの時は七等級に上がった祝いをしようとした時だったか

異例の速さの昇級をやっかんだ彼らに絡まれたのは


「も、もちろんせ、誠意を見せてもらう必要は、あるけど、な?」


ぱちり

そんな音と共に足元の小石が震えた


「ふぅん……誠意?」


男にはそれがどう聞こえたのだろうか

都合のいい物しか見えない目と同様に耳も都合よく解釈したのかもしれない



「ああ!ま、まず頭を下げて謝ってもらって、そ、それから、それから……か、体を」



「虫、聞くに堪えないその羽音を今すぐ止めなさい」


「……え?」


突然の罵倒に男たちの動きが止まる

何が起こったのか理解が及ばないと言った表情にシアーシャがため息をついた



「い、いま、なんて?」

「聞こえませんでした?その不快な囀りを止めろと言った」


如何に彼らの耳が都合が良くともこれは流石に理解できたのだろう

にやけていた表情が憤怒に染まり睨みつける


「お、おんなぁ!!」

「まったく。何をやったのか知りませんが、その程度の力に振り回されている状態でよく自信満々にいられますね。見るに堪えない。……お前たちは本当に弱くて、愚かで―――哀れだ」


「―――――っ!!」



罵倒よりも嘲りよりも

シアーシャが最後に見せた憐みの言葉

それが何よりも耐え難かった


理性を弾けさせた男たちが何事か叫びながら飛び掛かった

その速度は獣のように素早く、無理な動きで彼ら自身の体すら破壊している

壊れた端から再生し、更にその手でシアーシャに掴みかかろうとした


その瞬間、地面が盛り上がった

土は人ひとり隠せるほどの大きさの盾をかたどり男たちを横薙ぎにする

三枚の土盾はシアーシャの周囲を浮遊し近づいた者を容赦なく弾き飛ばした


腕や足があらぬ方向へ向きながらも男たちは四肢を蠢かせて立ち上がる

シアーシャはそれを見て本当に虫のようだと思った



「本当に、見苦しい」


眉をひそめて術を組む

異常な再生能力に対する感想はそれだけだ

増幅された膂力もシアーシャが魔力を込めた土盾を打ち砕くには到底至らず

雑に振り回された剣で付けた傷はすぐに修復されていく



白い指が上に向けられる

それだけで事足りた


無数の地の杭が突きだし男たちを串刺しにする

防御術は紙切れのように食い破られ周囲に血を撒き散らす

縫い留められながらもその再生力のおかげで死には至らず、しかし杭が貫いたままなので完治することもない


その様は以前見た虫の標本さながらだ


「やはり虫は頭を潰すに限りますね」


「……ひゃ、ひゃめでぇぐれ……」


胴を貫かれた先ほどの男が様々な体液を流しながら懇願する

それににっこりと笑顔を返す

形だけならば美しく蠱惑的なその笑顔は、心底から男の恐怖を掻き立てた



「イヤです。ここだけの話、私はずっとあなたたちを殺したくて仕方なかったんですよ?」


「や、やめで……やめでやめでやめや」



ぱぢゅ



男たちに刺さっていた地の杭から生えた小さな杭

それは体内を食い破り頭部にまで伸びるとそこでさらに枝分かれした

目から口から鼻から耳から

細い杭が飛び出る


飛び散った血の一滴がシアーシャの白い頬に赤い線を引く


彼らの死に顔は全てが苦悶に歪みきっていた

それを確認した彼女は満足そうに一つ頷くと指を鳴らす


すると地の杭は男たちの死体を刺したままゆっくりと地面に沈み込んでいく

死体は地面に飲み込まれて跡形もなくその姿を消した

辺りに飛び散った血痕もその全てが地面に吸い込まれていく

後に残ったのは濃密な血の匂いだけだが、それもすぐに夜の風に流されていった



シアーシャは先ほどまでのことなどなかったかのように歩き出す

その歩みだけが先ほどまでと違い、少し弾むように上機嫌な足取りだった


途中、頬についた血に気づいたシアーシャがそれを拭い去る

男たちの存在はそれを最後に二度と地上に姿を現すことはなかった

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― 新着の感想 ―
作中で1番怖い……
やっぱり夜道を一人で歩かせるのは危ないな…
衝動?いや極めて理性的に害虫駆除しただけでしょう。 そもそも我々とは別の生き物ですしね、魔女は。 我々が蚊や虻に感じるのと似たようなな感情はあるようですから冷静とは言い切れないかも知れませんが。
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