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古今東西、美味い話には裏があると相場が決まっている。
もちろん中には例外もあるのだろうが、少なくともジグの経験では美味い報酬に見合った厄介ごとが付き物だった。
だからノートンの言う”いい話”にも懐疑的であった。
普段であればあまりシアーシャの行動方針に口を挟まないジグが止めるべきか悩むほどには。
「ノートン様、勝手に話を進めてもらっては困ります。ギルドからの依頼である以上、説明はこちらで行うのが筋というもの」
話を振られたシアーシャが反応する前に、冷たさを感じる声がノートンを遮る。
事務的な口調だけではなく生来の平坦な喋りで割り込んできたのは受付嬢のアオイ=カスカベだ。
ノートンが穏やかな物腰をしているとはいえ、三等級冒険者相手でも全く臆さないのは流石というべきか。
「ああ、すまないアオイさん。つい興奮してしまって……」
「冒険者として熱心なのは結構ですが、少し行き過ぎる傾向があります。お気を付けください」
頭を下げるノートンに注意をした彼女はシアーシャに向き直ると、小さく会釈する。
肩口で切り揃えた髪がさらりと揺れ、切れ長な瞳を隠す。
「先日のストリゴ防衛、お疲れさまでした。シアーシャ様のご活躍は当ギルドでも高く評価されています。今後もそのお力をハリアンにお貸しください」
「あ、はい……これからも頑張ります」
「よろしくお願いいたします」
真正面からの感謝に少しだけはにかんだシアーシャが毛先を指で弄る。
アオイは次にジグの方を見ると、先ほどよりも少しだけ深く頭を下げた。
「それから、これは私的なものですが……愚弟の身を気にかけて頂いたこと、深く感謝申し上げます」
「結局何もしていないがな」
「いえ。あの軟弱者がかの地で十全に力を発揮できたのは、いざとなれば命だけは助かる……そのような心の保険があってのことかと」
「カスカベの……アキトの知識には助けられた。あまり弟を卑下するものではない」
彼女自身が非常に優秀なことと身内に厳しいのは理解できなくもないが、実際にアキトは役立ったのだ。たとえ性格や言動に難があろうと、成果には正当な評価がされるべきだとジグは考えている。
アオイは反射的に何か口にしようとしたが、否定すればするほど”助けられた”というジグの言葉を否定することに気づき、無言で頭を下げた。その仕草がほんの少しだけ柔らかく見えた。
「それで本題なのですが」
アオイが頭を上げた時には普段通りの無表情に戻っている。
長い付き合いではないが、実に彼女らしい切り替わり方だ。種類は違うが、こういうところは実に姉弟らしい。
「本日冒険業を終えた後で構いませんので、お時間を頂けますでしょうか。先ほどノートン様が仰っていた”いい話”について、ご説明させてください」
「なんだったんでしょうね」
「さあな」
用件を終えた二人が去ってから二人で顔を見合わせる。
ノートンから話が来たときは不穏な気配を感じずにはいられなかったが、ギルドが関係しているとなれば……厄介ごとではあっても非合法ではないはず。
またストリゴ防衛のように面倒な依頼でないといいのだが。
「またあんな仕事だといいですね」
「…………そうか?」
「そうですよ」
あれほど大変な仕事であってもシアーシャにとっては楽しく感じるものらしい。
次はどんなお楽しみが来るのかと期待に胸を膨らませたシアーシャは、弾むような足取りで今日の依頼を取りに行った。
依頼を受けた二人が向かったのはハリアンから東に半日ほど進んだ場所にある古い街道だ。
近場まで行商の馬車に乗せてもらい残りを徒歩で向かう。
あまり整備されていない街道には、寂れていながらも行き来があることを示すように馬車の轍がいくつか残っていた。
「転移石板は使わないんだな」
「決まった場所にしか行けないので、使うと逆に遠くなっちゃうんです。ハリアンの転移石板は結構魔獣の住処と近い転移先が多いので田舎の割には栄えているんですけどね」
「魔術といえど何でもかんでも便利にはならんか。標的は?」
それでも水の心配をしなくていいだけ恵まれている。
ジグは水袋の中身を気にせず飲める幸せを噛みしめながら今回の依頼内容を聞いた。
「えーっと……商業ギルドからの連名依頼で、街道付近に出てきた魔獣を倒してほしいとのことです。この辺りで荷馬車が二度襲われたんですけど、お金には手を付けず食べ物と商人が消えていたとか」
「野盗の類ではなさそうだな」
「死体は見つかっていませんが十中八九魔獣ですね」
シアーシャは依頼書の写しを手に読み上げる。
「種類は不明、数も不明、危険度も不明のないない尽くし……ワクワクしてきますね?」
「せん」
ジグなら絶対に受けない類の依頼を嬉々として手に取るのには呆れてしまう。
五等級まで上がれたのが随分嬉しいらしく、受けられる上限を求めてしまうのは……冒険者向きとはいえるのだろう。冒険者狂いのノートンが気に入るのも無理はない。
しかしもう少し慎重さを身につけて欲しくもある。
あの化け物は例外としても、魔獣の中にはとんでもない個体がいることはジグも実感している。中には自分のように、条件さえ揃えば魔女すら殺せる魔獣がいてもおかしくはないのだ。
「いいかシアーシャ。相手が何か分からないような仕事を受け……どうした?」
注意する途中で彼女が一点を見ていることに気づいたジグが瞬時に意識を尖らせる。
外套の中で双刃剣を握り、正面に意識を向けているシアーシャをフォローするように周囲を油断なく見渡す。そうして差し迫った危機がないことを確認してから彼女の指し示す方へ視線を向ける。
「ジグさん、あれ……誰か倒れてませんか?」
彼女の言葉通り、街道の脇に男性が蹲っている。
息も荒く這うように移動している男性の服は血に濡れてるようにも見えた。
男は牛歩ながらも必死に動いていたが、ジグたちに気づくと声を上げる。
「そこの旅人! た、助けてくれぇ!!」
悲壮な声で助けを求める怪我人。
それを受けたシアーシャは特に何も考えずに男の方へ向かおうとし、その肩をジグに掴まれた。
「……助けなくていいんですか?」
彼女は考えるように顎に手を当て、ジグを仰ぎ見る。
道徳心から助けようと動いたのではなく、以前教えたことを覚えていて実践しようとしているのだろう
「確かこういう時って、なるべく助けて味方を増やせって……」
「その考え方自体は間違っていない……だが」
ジグはそこで言葉を切って男の方を見た。
男は苦しそうにしているし、傷で満足に動けない仕草は演技には見えない。服についた血も間違いなく本物で、変色していないことからそう時間も経っていない。
「死んじゃいますよ?」
「いや……ピンピンしてるさ」
だが、それだけ深い傷を負っているというのに道に残された血が少なすぎる。
服が赤く染まるほどの大怪我をしているならば出血量も相当なはず。
どこかで魔獣か何かに襲われて逃げてきたのならば、滴る血が道に線を引いていないとおかしい。死に掛けの割には助けを呼ぶ声だけは随分と張りがいいのも違和感がある。
つまり野盗の類である可能性が非常に高い。
「覚えておけ。人の善意に付け込んだ悪意というものも存在する」
「……小狡いことを考えますね、人間って」
ジグから説明を受け、しっかり騙されていたシアーシャがげんなりした顔で男を見やる。
男もそれを見て気づかれたことに気づいたのか、なおも悲壮な顔で助けを求めながらも手を振り始めた。
恐らく周囲に隠れているはずの味方に射かけるよう合図を送っているのだろうが……妙だ。
(気配を感じられない)
男の違和感に気づいた時から矢に備えて気を張っていたのだが、そもそも周囲に人が隠れている気配が感じられない。
魔術を使用している匂いもしないので、考えられるのはジグでも感じ取れないほど気配を隠すのが上手い可能性だが……油断するわけではないが、ただの野盗にそんな真似ができるものだろうか。
「あ、あれ……おい! 助けてくれよ!!?」
男もいつまで経っても仲間が動かないことに気づいたのかもしれないが、それでも助けを求めるふりは続けている。しかし時折焦りながら周囲へちらちらと視線を向けていた。
「な、なぁ! おいって!」
「あ」
業を煮やして声を荒げる男の頭上で、何かが蠢いた。
大きな影は繁る樹の上から音もなく降下して男へと迫っている。
「あの」
「クソ! なんだよ助けろよ、人の心がないのか!?」
「後ろ後ろ」
「馬鹿かてめぇは! そんな見え透―――」




