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魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


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 ジグたちを乗せた馬車が現場に着き、各々の武器を手にした冒険者たちが慌ただしく降りていく。

 まだ距離はあるものの、既に化け物は肉眼でもその威容が分かるところにまで迫っていた。


 かつて見たことのない化け物の姿に、奴を初めて見る冒険者たちがたじろいでいる。

 魔獣を見慣れた彼らですらこうなのだ。一般の人間が目にすれば恐慌を起こしかねない……のだが、そこはストリゴの住民。大小さまざまな地獄を見ている彼らは死にたくないという欲求こそあるものの、相手がマフィアだろうと化け物だろうと大差はないらしい。避難誘導は思いのほか順調に進んでいた。完全には済んでいないが、少なくとも見張り台周辺からは退避しているはず。



 後ろを見ると、少し遅れて付いてきていた馬車から僧兵たちが降りている。

 個々人で装備の違う冒険者たちと違い、僧兵たちは皆一様に同じ格好と得物を持っているのが特徴的だ。戦争で主に戦う正規兵も基本的には画一された装備をしているので、どちらかというとこちらの方が馴染深い。


 しかし戦力としてはともかく、祖先の遺産だというあの化け物を目当てに動く彼らがどのような動きを見せるのかは想像がつかない。最悪邪魔をしてくる可能性も考慮しなければならないが、今は放置する以外になかった。


 最後に降りてきた赤法衣の僧兵……レアヴェルが視線に気づき、こちらを見て薄く笑ってみせる。

 もし彼らが敵に回った場合、最も危険なのは間違いなく彼女だ。魔女二人を除けばギルドの戦力であれを止められるのはジグとエルシアくらいか。


 僧兵たちの動向も気にはなるが、今は目の前の問題に集中しなければ。


 彼らを横目に、南西の防衛担当をしている冒険者の下へ向かう。望遠鏡を覗き込んでいる特徴的な後ろ姿はジグも良く知るものだ。


「様子はどうだ?」

「今のところは、なにも。不気味なくらい静か」


 ウルバスは難しい顔で望遠鏡を降ろして首を振った。落ち着かずに揺れる尾が彼の心情を表しているかのようだ。


「ギルドから説明を受けましたけど……実際どのくらい危険なんですか?」

「あのエイよりも強いんでしょ? ちょっと想像できないな」


 同じくこの区域を担当しているセツとミリーナが緊張を紛らわせるように尋ねてくる。

 気を張っているのか腰の武器を握る手には力が入っており、不安の程が見てとれた。


 あの化け物と直接対峙したのはジグと魔女二人に加え、リザとハインツその他数名のみ。

 情報は事前に聞いていても危険度を正確に把握しているとは言い難い。

 本来であれば緊張を解してやるべきなのだろう。しかしあの化け物相手に迂闊な希望的観測や楽観視するようなことを伝える気になれなかったジグは、ありのままを口にした。


「俺に言えるのは、ギルドの説明には一つの誇張もないこと。そして、奴はまだ底を見せていないこと……それだけだ」


 端的に伝えられた事実に息を飲む三人に構わず、ジグは望遠鏡を借りて魔獣の様子を窺った。

 あれだけ大暴れした化け物が何の行動も起こさずにただ近づいてくる。そのことに不気味な感覚を覚えていた。



 化け物は相も変わらず醜悪かつ異形であった。

 飛蝗ばったを思わせる胴体とゼラチン質の尾が不気味に揺れている。脚はきっちり三対六本生えており、この前に受けた損傷は見受けられない。こうして攻めて来た以上、万全の状態だと判断した方がいい。

 逆三角形の頭部から伸びる触腕の数は少ないが、これは傷が癒えていないというより必要がないから出していないだけと見るべきだろう。中心にある歪な鷲鼻は粘液を垂らしながら時折何かを嗅ぐように痙攣している。


 映し出された化け物の姿は以前見たものと比べても変化は感じられなかった。

 外見からは特にこれといった情報を得られないと判断したジグが望遠鏡を下ろそうとした時、化け物の頭部が動いた。


 ぐりんと、虫が頭の角度を変えるかのように傾く。

 動きに合わせて唯一頭から生えた艶やかな体毛がぞろりとうねる。



 目に当たる部分に開いた穴が向きを変えて―――二つの虚空と、目が合った。

 


「ッ!?」


 背筋が粟立つ感覚に息を詰まらせる。

 まさか視線に気づいたというのか? いや、偶然のはずだ。この距離で魔力も使っていないただの人間の視線に気づけるとは思えない。



「なんだ!?」


 思わず望遠鏡から視線を外した時、冒険者の誰かが声を上げる。


 化け物が動いた。

 それまでただ街に向かって進むだけだった脚を止め、背を丸めて体を震わせている。

 化け物は何かを溜めるかのように身を縮めた後に、今度は体を弓なりに反らして天を仰いだ。



「―――――――――!!!!!!!!」



 音の津波。

 そう錯覚するほどの振動がジグたちを襲った。

 爆発などの轟音ともまた違う、高音域による暴風が吹き荒れる。



「ぐあっ!」

「なに、この音!!?」


 大気を振るわせる音の暴力にウルバスたちが堪らず耳を塞いだ。

 頭を揺らすような騒音にジグも顔を顰めて周囲を見やる。

 音に流されて声こそ聞こえないが、他の冒険者たちも同じ状況のようだ。皆一様に耳を塞いで堪えており、特に聴力に優れた亜人は膝をついている。


「うるっさいなぁ!!」


 耐え切れなかったミリーナがついに叫びながら防御術を展開。幸い近くにいたジグもそのおかげで難を逃れることが出来た。それに倣って他の者たちも防御術を使用し、混乱をしつつも立て直す。



「厄介な攻撃しやがって……」


 冒険者の一人が頭を押さえながらいまだに吼えている化け物を睨んだ。

 

「いや、ちげえ」


 ハインツがそれを否定し、斧槍ハルバードを握る手に力を籠める。

 あれを直接見た者たちは知っている。奴の力はこんな程度ではないと。


 アレはただ、文字通り吼えているだけだ。

 ただ吼えただけで、ちっぽけな人間にとっては攻撃となりうる……それだけ異質な相手なのだ。



 長い咆哮を終えた化け物がゆるりと頭を下ろし、今度こそ明確にこちらを捉えた。

 目と口に空いた穴から無数の触腕が伸びて、先端が花弁のように開く。目から伸びる触腕には拳大の眼球が、口から伸びる触腕には生々しい口が。


 冒険者が、僧兵が、傭兵が、息を飲む。

 だが空気までは飲まれまいと、リザが声を張り上げて武器を構えた。



「備えろ! 来るぞ!!」



 声を皮切りに戦いの準備を整えた化け物が動き出した。

 六本の脚を動かし、それまでのゆったりした動きから一転して走り出す。


 

「前衛、注意を引いて街から引き離せ! 魔術師隊、よぉおおい!!」



 事前の打ち合わせにあった指示に従い冒険者と僧兵が前に出る。

 魔術師たちは一斉に詠唱を始め、迫る標的に戦慄しながら狙いを定めた。



「まだだ、まだ撃つな……」



 後衛の指揮を執るリザが詠唱を終えた魔術師たちを抑える。

 焦れて今にも放ちそうな者たちを視線と声で宥め、その時を待った。



 走り出した化け物の速度は思いのほか速かった。

 巨大なので動きは緩慢だが、巨大ゆえに歩幅が広い。

 土埃を巻き上げながら迫る異形の化け物に、興奮して恐怖を忘れたかのように雄叫びを上げる冒険者たちが接敵する直前、



「―――てぇぇえええええ!!」



 空を色とりどりの魔術が染めた。

 号令と共に一斉に放たれた魔術が化け物目掛けて飛来する。

 大量の攻撃魔術による弾幕は大型の魔獣相手でも十分に通用するほどの威力を秘めている。



「「「D――――――」」」



 対するは空気を震わせる声。

 複数の触腕から発せられた詠唱らしき声により、飛来する魔術を迎え撃つ障壁が展開された。


 数に任せて雑に張られた障壁に魔術が衝突する。

 爆炎が巻き起こり、雷光が飛び散り、氷槍が、岩槍が、次々に着弾。

 

 数が多いからか障壁も完璧とはいかず、複数の魔術を受けて罅割れるように散っていく。

 しかし次々に張られるそれに終わりは見えず、詠唱速度で劣る冒険者側が破り切るのは難しい。



 だがそれでいい。魔術はあくまで目くらまし。

 閃光と煙に紛れて左右に展開した前衛が化け物へと肉薄した。


「魔女と傭兵」4巻、5巻、6巻上下の重版が決定しました。

そしてなんとこの重版で累計発行部数が100万部を突破いたしました!


まさか自作が100万部に到達するとは、書き始めた当初は想像すらしていませんでした。

これも応援してくださった読者様や支えてくださった様々な方たちのおかげです。

本当にありがとうございます!! 今後も本作をよろしくお願いいたします。



U-NEXT賞と合わせて特別なSSを作成しているのですが、丁度物語も動いているところなので上げ時に困りますね……


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― 新着の感想 ―
100万部おめでとうございます! いつも楽しく読ませていただいて、次を楽しみにさせていただいております。 これからもご自愛しながら、作品を書き続けて下さいね〜 これからも応援しております!
まだ小説と漫画しか買ってないけど、今が上げ時なのでどんどん上げてください(にっこり圧力)
100万部おめでとうございます! マガポケも楽しませていただいています(^^)
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