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こうして言われてみれば、驚きというよりも納得という感情が浮かぶのだから不思議なものだ。
あまり兄弟といった関係に馴染みのないジグからすれば、どこまでが血でどこまで環境によるものなのかは判断がつかない。
だが実際にこうして見ると、レアヴェルがヤサエルと血縁関係にあるという事実はしっくりと来た。
外見がそこまで似ているわけではない。金髪も褐色の瞳も別段珍しいものではなく、男と女では部位単位で似ていても全体としては分かりにくい。
だから二人が似ているのは立ち居振る舞いや雰囲気といったものだ。
「……」
もっとも、それを知ったところでジグの対応が変わることはない。
敵対するのならば対処し、そうでないならば放置。そして依頼主へ危害を加えるのであれば殺す。
強いて言うならば身内の仇討ちを警戒するくらいか。
レアヴェルはわずかに冷たさを帯びたジグの視線に気づきながらも、微笑んだまま部屋の中央に顔を向けた。
「色々と話したいことはありますが、後にしましょう。今日の主役は……ヨラン司祭のようですから」
小声でそう語るレアヴェルは愉しさすら滲ませている。
同じ組織に属する者としてあるまじき態度にジグが疑念を深めたが、確かに今は彼女の目的よりもあの化け物の情報の方が大事だ。殺した相手の親族に狙われることなど珍しくもない。
「あの魔獣は……遺跡で発見された古代の遺物、その研究成果を目覚めさせたものです」
周囲を固められて一人になったヨランが語り出したのは、そんな何かの物語じみた内容だった。
「遺跡……確か澄人教が積極的に探しているとは聞いていましたが」
遺跡という聞きなれぬ単語にジグが内心で首を傾げるが、シアンを始め他の者たちは既知の事柄だとばかりに話を進める。この大陸ではそういった遺跡があるのは共通認識のようだ。
「我ら澄人の崇拝するのが神などと言った、在りもしない下らぬまやかしが対象でないことは知っていますな?」
かつて居た大陸の宗教家が聞いたら憤死しそうなことを平然と言ってのけるヨラン司祭。場所が場所ならこの発言だけで戦争勃発不可避の危険な台詞だ。
過激な発言にジグの額を冷や汗が伝うが、戦争のないこの大陸の者たちにとっては驚く内容でもないのか反応は薄い。
「ふん。かつて栄華を誇った偉大なる祖先であり、人間という種そのものに仕える……だったか? 自身が大したことを成し遂げたわけでもないのに、祖先のおこぼれに与って己を大きく見せようとする人間らしい浅ましい教えだ」
挑発的な態度のクロコスが悪し様に澄人教を罵った。亜人にとって憎い敵が故に、教義に詳しくなってしまうのは何という皮肉か。
「よくお勉強されているようで何よりです。いつでも入信……は出来ませんが、罪を償う気になったら訪ねてください」
「……ではこの場で、貴様という豚を生かしておく愚かさを償ってやろうか?」
眼以外が笑顔のヨランと、ソファーに爪を食いこませたクロコスの視線がぶつかる。
「司祭、続きを」
睨み合う二人に疲れた顔のシアンが深くため息をついて話の先を促した。
この中に平気で割り込める辺り、彼女も逞しくなった。
「失礼……そういうわけで、澄人教は祖先の遺した技術や教えを保護するのを重要事項としております。私共の活動は単なる布教だけでなく、その実地調査も兼ねているのですよ」
だけでなく、とは言っているがその実態は後者が大半を占めているのだろう。
そうでなければここまで僧兵を連れる必要などないし、ましてや免罪官など尚更だ。ヨランたちは布教の傍らで各地の遺跡探索、ないしは情報を集めて本部へ送る役割を持った調査隊のようなものらしい。
「なるほどな。こんな辺境まで布教活動とはおかしいと思ったが、そういう事なら納得だ」
「やっぱり助けに来たってのは嘘っぱちで、ストリゴの惨状を聞きつけたからあの魔獣も来るかもしれないって様子を見に来たんだね」
ハインツとリザが呆れ顔で肩を竦める。元より善意で助けに来てくれたと思うほど能天気ではないが、ここまで利己的な行動だとは考えていなかった。二人は責める言葉すら出てこないといった様子だ。
「私共と同じ役割を担った隊は他にいくつもありましてね。息のかかっている大司祭が違うのであまり連携が取れているわけではありませんが……」
偉大なる祖の遺した書物などはそのまま大司祭の功績となるため、権力争いと並行して進められている。派閥下の僧たちは大司祭指揮下で各地を巡り、遺跡を見つけては調査を行っている。
ヨラン司祭の話をまとめるとこういう事だ。
「二十日ほど前のことです。私たちはとある街で何かの研究施設と思しき遺跡の情報を入手しました。急いで現地に向かいましたが、既に他の大司祭配下の僧たちに先を越されていたのです」
ヨランたちが着いた時には遺跡は完全に占拠され、足を踏み入れるどころか近づくことさえできなかった。余程の成果があったらしく、相当厳重な警備を敷かれた遺跡を前にヨランたちは歯噛みするしかできなかった。
「その時目覚めたのがあの魔獣だと?」
「……いえ。正直なところ、あの魔獣が何処から現れたのかはよく分かっていないのです」
ヨランは情報を出し渋るというより、何と言っていいのか言葉に困っているように見えた。
「どうにか成果の横取りが出来ないかと考えた私たちは近くで野営し、あの者たちが発掘した品を運ぶ時を狙っておりました」
「…………発言がまるっきり山賊なんだけど。もうちょっと言葉ってものを選んでくれないかしら? 古巣がそんなだと私の品位が疑われるわ」
エルシアが苦い顔で口を挟むも、ヨラン司祭は鼻で笑うだけ。
事ここに至っては取り繕うなど不要……そういう事なのだろうが、ヨラン司祭は色んな意味で割り切りが良すぎる。思わずエルシアが苦言を呈してしまうくらいに。
事情を知っているレアヴェルはこのくらいなら日常茶飯事とばかりに涼しい顔だ。
「そうして数日見張っていたのですが、その間に何かが運び出されるような動きはありませんでした。だから最初、彼らが見つけたのは遺物ではなく研究資料の類だと考えたのです」
研究資料であれば大事なのは書かれている内容であり、現物にはさほど価値は無い。そして資料を持っていけば“御苦労”の一言と共に全てを回収されてしまうが、頭に入れて現物は持ち運べなかったとでも言っておけばその後も価値を示し続けられる。
見つけた隊の代表はそう考えたに違いないとヨラン司祭は語った。
なんとも心温まる信頼関係である。
しかし結果的に言えばそれは間違いだった。
「ある日の夜、悍ましい悲鳴が聞こえました。何事かと集まった私たちが目にしたのは……正体不明の魔獣に食い荒らされる澄人たちでした」
無数の触腕が信徒を捕らえ、先端についた口から捕食していた。
小さい口では丸呑みに出来ないせいか、手足の末端から削るように食べられていく信徒たち。
生きながらにして食べられる苦痛と恐怖に狂ってしまう者も多く、まさしく地獄絵図だった。
「寝静まったところを襲われたようでして、呆気ないものでしたよ……私たちもレアヴェル免罪官が居なかったら危ないところでしたが」
あれは恐ろしかったと他人事のように肩を竦めるヨラン司祭。
それだけの目に遭っておきながらも手柄のためにこうして追いかけているあたり、彼も中々だ。
「彼らが遺跡から動かなかったのはあの魔獣の幼体を見つけたためでしょうね。すぐに連絡しなかったのは……恐らくですが、手懐けようとしたのでしょうな」
「え、魔獣をですか?」
「はい。刷り込みというものがあるでしょう? 見つけた者が自身を親と教え込むことで言う事を聞かせ、献上した後も影響力を残そうと考えたのではないかと……少なくとも私ならそうします」
確信を持った口ぶりのヨラン司祭を信じられぬ眼で見るシアン。どんな生態かも分からない、それも前時代に研究されていた魔獣と接触することの恐ろしさに閉口していた。
巨大な澄人教で限られた席を奪い合うにはこれくらいで躊躇っていてはやっていけないらしい。
「魔獣はひとしきり周囲の者を食い散らかしてから姿を消しました。私たちはあの魔獣を捕らえるため……最低でも死体を確保するために方々を巡りました。そしてしばらく前に訪れた街で、原因不明の魔獣襲来に遭っているここ、ストリゴの話を聞きつけたんです」




