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「シアンちゃんのストリゴ行きが心配になって来たけど、随分上手くやってるみたいね。おばさん安心しちゃった」
「あははは……まあ、人間その気になれば何でも出来るものですね」
シアンともう一人のギルド職員が書類を手に屋敷の廊下を歩いている。
少し年嵩のこの女性はシアンの大先輩だ。穏やかで話好きな近所のおばさんを思わせる雰囲気だが、あのアオイに仕事を仕込んだ人物というのだからその有能さは折り紙付きである。とにかく手と判断が早く、書類仕事の処理速度はシアンとアオイ二人でやって同等なほどだ。
別の仕事で手を放せなかった彼女は、カークからの頼みで第二陣の支援隊に参加してくれたという。
「逞しくなったねぇ……カークの奴、あなたが大分参っているから様子を見てこいーなんて言ってたけど、見くびっていたみたい。歳食って眼力落ちたかね?」
「いやぁ、どうでしょう……色々とかみ合ったおかげで上手く行っているだけですから」
お褒めの言葉にもシアンは曖昧に笑うしかできない。
来て早々の魔獣襲撃や一部冒険者の反抗、非常に危険度の高い魔獣出現など、相当な困難があったのは事実だ。もし自身の力のみでそれに当たっていたとしたら、少なからず犠牲を出していたことは間違いない。
また現地マフィアのファミリアが協力的だったのも大きい。
ああいった人種は面子を大事にする。ただの小娘にしか見えない自分の指示にも文句ひとつ言わずに従ってくれた上に、恫喝するような真似もなかった。
もしここで話が拗れていれば、時間が命のあの状況で指示の遅れがどれほどの被害を出すのかは想像に難くない。
それら全てに誰が関わっていたのかを考えると、素直に自分の力だと誇ることは出来なかった。
……実際はジグの尻を叩いて魔獣の群れに特攻させたり、言うことを聞かない冒険者をタコ殴りにさせたりを目撃していたファミリアからの報告(誇張あり)によるもので、ジグが何か口添えをしていたわけではないのだが。
そんなことなど知る由もないシアンは、自身の裁量で彼への報酬をどこまで引き上げられるのか確かめておこうと心に決めた。
「あらまあ謙遜しちゃって。もぉ、若いんだから少しくらい手柄を誇ってもいいのよ?」
「ははは……皆さんの協力あってこそですよ」
自身の力だけでないことを褒められる居心地の悪さか、シアンは苦笑いしながら話を逸らすために視線を彷徨わせた。そして、向かいから見覚えのある大男が現れたのに気づく。
丁度良かったと、先輩にジグのことを説明しようと駆け寄る。
「いい所に……って、なにやってるんです!?」
しかし近づくにつれて彼が何かを担いでいることに気づき、それが人間の女性であることが分かったシアンが思わず声を上げる。
「む、シアンか。丁度良い所に来てくれたな」
ジグは安堵したように表情を緩めると、棒を持つ片手を上げた。
何があったのかは不明だが彼は左手に長い棒を二本持ち、右手で肩に女性を抱えている。女性は意識を失っているようで、ぐったりとしたまま動かない。後ろ向きに抱えられた女性は随分とスタイルが良いようで、露出の少ない服装なのに張りのあるお尻が主張していた。
シアンはちらりと見えた銀髪と、目元を隠す眼帯ですぐに誰か思い当たった。
「え、いや、それエルシアさんですよね? 何があったんです?」
ここで何をしたんです、ではなく何があったんですと聞ける辺り、シアンも大分ジグに慣れてきている。その証拠にギルド職員の先輩は懐疑的な厳しい目をジグに向けていた。
意識のない女性を厳つい顔の大男が運んでいるという様はそれだけ犯罪的であった。
本人もそれを自覚しているらしく、シアンを見つけて安堵していたのはそのためだろう。
「少し鍛錬に熱が入り過ぎてな。疲れて倒れているだけだ。怪我も打ち身程度ですぐ治る」
言いながらジグはゆっくりと肩に担いだエルシアを引き渡した。
シアンが先輩と二人で肩を貸して支える。
全身がぐっしょりと濡れており、拭うたびに汗が噴き出ている。相当に激しい鍛錬をしたのだろう。肉体的な疲労だけでなく軽度の魔力欠乏も起こしている。
「なにもぶっ倒れるまでやらなくても……」
「一応、止めたんだがな……大分興奮していたようで、聞く耳もたなかったよ」
責めるような視線になってしまうのは致し方ない。
いつ魔獣が来るか分からない状況で疲労困憊になることの意味を理解しているようで、申し訳なさそうにジグが頭を垂れた。
「こいつも冒険者だ、しばらく休めば明日中には動けるさ。……その間に何かあったらエルシアの分は俺が出る。それで勘弁してくれ」
「あなたがそれでいいならいいですけど……え? エルシアさんがこんなになるまで一緒に動いたんですよね?」
大丈夫なんですかと見上げる。
ジグも上を脱いで肌着のみで、その肌には汗が浮かんでいる。しかし顔にあまり出ないせいか、どの程度疲れているかまでは読み取れなかった。なおシアンの好みは細身の美男子なので、むさくるしい筋肉には興味がない。
「流石に疲れた……まぁ、飯を食えばどうとでもなる。それよりエルシアの面倒を任せてもいいか? 仲間を探そうかとも思ったが、その状態の女を男手だけに預けるのもな……」
「え? ……わ、わぁ」
言葉を濁したジグが顎をしゃくる。何のことかと首を傾げたシアンだったが、肩を貸すエルシアの姿を見ればその疑問は雪のように溶けた。
少しでも体から熱を逃がそうと吐く息は荒く、熱を帯びている。銀の髪は張り付き、首筋やうなじの艶めかしさを強調していた。露出の少ない法衣はたっぷりと汗を吸ったために体に張り付き、彼女の豊満な肢体をくっきりと浮かび上がらせている。
呼吸するたびに上下する胸は羨ましいほどに重々しく揺れ、男女問わずその視線を釘付けにしている。
端的に言えば、ちょっと人前には出せないほどに乱れていた。
慌てた先輩が汗で濡れるのにも構わず上着で隠している。彼女が先に動いていなければシアンがそうした。それくらい色々と、すごかった。
「……大人しく寝ている姿だけはいい女なんだがな……」
しかしどうしたことか、これほどの美女の艶姿を目にしているのに、ジグの視線は残念なものを見るそれであった。全く反応していないという訳ではないが、これだけ官能的な光景を前にしているとはとても思えないほど淡白だ。
「では後は任せた。この埋め合わせはいずれ」
そんなシアンの驚きなど露知らず。ジグは未練を感じさせない動きで踵を返すと、腹が減ったとぼやきながら去って行った。
荷物を任せたおかげで幾分か軽くなった肩を回す。体に溜まった疲労は鉛のようにのしかかってくるが、芯に残るような後味の悪いものではなかった。
所々を打たれはしたが、このくらいならば支障はない。最近は実戦重視でご無沙汰だが、ぶっ倒れるまでの鍛錬など幾度も経験している。打ち身に関しては優しすぎるくらいだ。
実戦が最も大切なのは間違いないが、それは型稽古を軽視していい理由にはならない。
基本ができてこそ応用も利くというもの。才能がある者は実戦でも才覚や勢いで勝ってしまうことも多く、勝てるなら問題ないと基礎を疎かにしがちだ。それではいつか現れる才能と努力を積んだ者には決して勝てない。
「あそこまで熱心に教えてくれるとは……少々意外だったな」
誰かとの鍛錬などいつぶりだろうかと手にした木棍を見る。
借りを返す、澄人教への嫌がらせ。それだけにしては随分と熱の入った指導だった。まさか本当にぶっ倒れるまで続けるとは。少し褒めただけであそこまで上機嫌になるなど誰が予想できようか。
普段の態度から自信満々に見えたが、存外に自己肯定感の低い奴なのかもしれない。
「にしても、変わるものだな」
妙な魔術を使われたので一服盛って追い払い、二度目にはまたも使われた魔術に警告をし、三度目には立場の違いから激突した。およそ友好的な関係とは程遠く、今敵対していないのが不思議なほどだ。
自身があまり初対面で与える印象の良い人間でないのは自覚している。しかしあの最悪な出会いからここまで関係が改善するとは。
「人間関係とは難しいな」
ジグは嘆息しながら誰かが聞いていたら激しく突っ込まれそうなことを呟く。
幸いこの場には誰もいなかったので、自覚の欠けた戯言を聞き咎める者は現れなかった。
「やれ」「はい……」 敵陣特攻
「殺れ」「はい……」 仲間ボコ殴り
ドン引きですわ?
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