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シアーシャとは別の場所で石材の積み込みをしている作業員たちに近づくと、その中に毛深い体を持つ亜人を見かけた。どうやら狼の亜人らしい。
三人組のようで、一人が周囲を見張り、二人が積み込みの手伝いをしている。
「護衛についていた冒険者だな? 少し話が聞きたいんだが」
驚かせないように足音を立てて近づくと、見張りをしている亜人に声を掛ける。
腰に剣を下げた亜人は尖った鼻先をジグに向けると、少しの驚きを含んだ声を上げた。
「ほう? お前が来てくれるとは、悪いことばかりでもないようだな」
「バルト?」
低く唸るような声と共に、牙を剥いて笑みを浮かべる亜人の顔には見覚えがあった。
亜人だけで構成された冒険者パーティー、森の牙。
以前、刃蜂の巣を攻撃した犯人を捜す際に彼らと接触したことがある。
リーダーであるバルトは片目に走る傷が特徴的な大柄な亜人。高い実力と信頼を誇る冒険者パーティーであり、カークから受け取った容疑者リストの中でも"まずない"と判断されていた者たちだ。
「まさかお前たちだったとはな」
「それはこちらの台詞さ」
バルトと軽く挨拶を交わしながら他の亜人を見る。確か彼らは四人パーティーだったはずだが、石材の積み込みをしているのはレイフとロルフの二人だけだ。
「セブはどうした?」
亜人の顔を見分けるのは難しいが、シアーシャが御執心だったふさふさの尻尾を持つ彼が居ないように見える。
バルトは沈痛な面持ちになると、石切り場の端にある野営地へ目をやった。ここからでは見えないが、天幕の中にいるのだろう。
「先の魔獣襲撃の際に負傷した。命に別状はないが、しばらくは戦えないだろう」
「……そうか」
命に別状はないと言っているが、バルトの口ぶりを見るにあまりいい状態でもないようだ。
とは言え、彼に同情していても始まらない。こちらはこちらで自分の仕事をこなさなければ。
ジグは外套を脱いで武器を置くと、準備運動のように肩を回した。
「作業の遅れを取り戻すためにシアーシャが積み込みを手伝っている。あまりこの場に長居はしたくない……こっちもペースを上げるぞ」
「なるほど、あの騒ぎはそれで……承知した。―――ロルフ、代われ!」
意図を理解したバルトが仲間の一人と見張りを交代する。
二人は汗水たらして石材を運び込んでいる作業員に混ざると、恵まれた体躯を活かして体を動かし始めた。無論、護衛をするだけの体力を温存しながら。
「刃蜂の件、犯人は見つかったのか?」
丸太の上を滑らせてきた石材を二人で積み込んでいると、バルトが話しかけてきた。
「指示していた奴は判明したが、実行犯は不明のままだ。逃げたか、消されたか……」
「それはなんとも締まらない、なっ」
合図と共に力を籠め、二人で切り出された石材を持ち上げる。
複数人でようやく持ち上げるような石材を二人で運び上げる怪力に、作業員たちが驚きの目を向けた。ジグは勿論だが、身体強化を施したバルトの膂力も相当のものであった。
「まったくだ。それを確かめるためにストリゴくんだりまで行ったというのに」
「なに、ストリゴ? ……ふむ」
ストリゴと聞いたバルトが思案気に鼻先をピクリと動かした。
「何かあるのか?」
「……最近、ストリゴ付近で魔獣の目撃が増えているのは知っているな?」
「ああ」
シアーシャも言っていたが、ストリゴ周辺での魔獣討伐依頼が劇的に増えている。
理由は不明だが、本来の生息域を大きく外れた個体まで発見されているのだとか。
「ストリゴで原因不明の地割れと爆発事故があったが、見たか?」
「……いや。俺が街を離れた直後に起きたからな。遠目にしか見ていない」
「そうか……いや、巻き込まれなくて良かったが」
ジグは努めて自然に返したつもりだが、あまり隠し事の得意な方でもないので少し心配だった。
幸いバルトは特に気にした様子もなく話を続ける。
「あれ以来、何故か魔獣による被害が増えたんだが、今のストリゴはそれに対応する力を持っていない」
「冒険者ギルドはないのか?」
「ない。昔はあったらしいが……あんな場所に行くような冒険者など、碌な奴がおらんしな」
彼もストリゴに行ったことがあるのか、眉間に皺を寄せている。
それでも多少の魔獣ならばはぐれの冒険者やマフィアたちでも対処できていたのだろう。稀にあのエストック使いやテギネのような者もいる。
だが今はどちらもこの世にはおらず、最も力を付けていたカララクも正体不明の爆発で屋敷ごと消し飛ばされ、壊滅状態にある。それに力で押さえつけられる者がいない状態でストリゴの住人たちが力を合わせて動けるはずもない。
「今、混迷しているあの街をまとめているのはファミリアというマフィアでな。奴らがなりふり構わず他の街に支援を要請しているおかげで、あの依頼の山が出来ている」
「どんな掃き溜めでも、多少はまともな奴らもいるんだな」
ファミリアの名を聞くとクロコスやレナード、バルジといった面々の顔が思い浮かぶ。
シアーシャたちの戦いの結果に巻き込まれた彼らに思う所はあるが、事情を明かすわけにも賠償できるわけでもない。
「恐らくそう遠くないうちに、ストリゴにギルドが再建されるかもしれん」
バルトの推測を聞いたジグが信じられないとばかりにバルトを見た。
「あの街にか? あそこはこの街のスラムなど比べ物にならんほどに荒れているぞ」
「今のストリゴは大きく力を削がれている上に、一番力を持っているのが比較的マシなマフィアと来た。洗浄するには絶好の機会……そうは思わんか?」
「……」
ジグはすぐには返せず、黙したまま手を動かす。
彼のいう事にも一理ある。今を逃せばまたストリゴは元に戻ってしまうだろう。
強者が、逃げ場のない弱者を際限なく毟り続ける地獄に。
今ならば統率を失ったマフィアたちを一掃、あるいは吸収し、ギルドの管理の下にまともな経済活動を築くことができる……かもしれない。
「ファミリアならば……」
ほとんど無意識に出たのだろう、バルトの独り言が耳に入る。
「……」
ギルドの下に亜人が主体となっているファミリアが付けば、彼らにとって安住の地が得られるかもしれない。そんな願望が滲み出ている独り言。
彼らの願いを理解してしまったジグは、何も言わずに石材を運ぶ腕に力を籠めた。
亜人の中でも大柄な方であるバルトと、そのバルトをして見上げる巨躯のジグ。
肉体派二人が加わったことにより積み込み作業は順調に進んでいく。
最終的には先に片付いたシアーシャ他作業員の助けもあり、予定していた作業時間の三分の一程度で終えることができた。
現場監督が荷車に刻まれている浮遊術式を起動すると、石材が満載の荷車がほんのわずかに浮かび上がる。
「そのままだ! ゆっくり、ゆっくり……ちょい高すぎだ! 下げろ! ……よぉーしストップ!!」
浮かんだとは言っても車輪はしっかり地面についており、その状態の荷車を作業員が牽引していく。
完全に浮き上がると万が一バランスを崩した時に大惨事になるため、超重量の物資を運ぶ際には車輪を使うものらしい。同じ理由で馬も使わず、人力だ。
「足並み併せろ! 重い分、一度動き出したら止まらんぞ!」
それでもジグのいた大陸と比べれば兎と亀ほどの速度差で運搬できるのだから、魔術とは便利なものだ。
緩やかだが石材を満載しているとは思えない速度で動く荷車を見ていると、反対側を警戒しているバルトたちと目が合った。
彼らの中に片腕に添え木をして足を引きずる亜人がいた。バルトたちと比べると細い体つきと淡い色合いの毛皮。ピンと立った耳と毛並みの良い尾が特徴的な狼の亜人、セブだ。
「セブさん大丈夫ですかね?」
流石の彼女も怪我をしているセブに絡むことは自重したらしい。
少し覚束ない足取りのセブを見てシアーシャが心配そうにしている。彼本人を心配しているのか、尻尾の毛並みを心配しているかは五分五分といったところか。
「奴も冒険者だ。そう簡単にはくたばらんだろうさ」
言いながら周囲を警戒する。
現在の配置は荷台の縦に並んだ荷車を中心として、三方向に冒険者が護衛についている。
正面にリザ、ハインツの両名。
左をバルトたち森の牙が。
そして右をジグとシアーシャ。
後方は左右で協力してフォローする形となっている。
石切り場周辺は岩場が点在するくらいで見通しも良く、魔獣の奇襲を心配する必要はない。しかしそれは魔獣側にも言えることで、見通しが良いためにこちらを発見する可能性も高くなってしまう。
一長一短のこの状況が吉と出るか、凶と出るか。




