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魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


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 ギルドを出た二人は以前ウルバスに連れていかれた店に向かう。

 外を見渡せば先ほどまでギルドで起きていた騒動のせいか、街の喧騒も普段よりどこか落ち着きがない。

 怪我人が大量に出た影響で一時的な医療品の不足が起きているのに加え、装備の補修などで様々な物資を求める冒険者や職人が数多くいるためだろうか。


 幸い、今回は装備を壊さずとも済んだためにジグがあそこに加わる必要はない。

 精々が足回りの補修をするくらいだが、それならば手持ちの物資で事足りる。


 街の喧騒を余所に黒髪を揺らしたシアーシャがジグを見上げた。


「お金、沢山貰えてよかったですね」

「そうだな。しばらくはこれで凌げそうだ」


 何でもないような素振りをしているが、ジグは胸をなでおろしたような心境であった。

 金がないと食事も満足にとれず、装備も整えられない。

 万全でない体調で仕事をすればミスや怪我に繋がり、さらに余計な出費をすることになる。

 金欠は傭兵のみならず、冒険者にも通じる万国共通の難病なのだ。


 今回は予想外の収入だけでなく次の仕事にも繋げられている。ジグの不安要素はほぼ解消したと言っていい。


「ひたすら走り回って骨折り損では堪ったものではないからな」

「私はほとんど抱えられていたままでしたけど……あれだけ詠唱すると少し喉が疲れますね」


 喉を抑えたシアーシャが“あ、あー”と調子を確かめるように声を出している。

 魔力がいくらあろうとそれを詠唱する口は一つだけ、ということだろうか。


「そういうジグさんはよく二人も抱えて走れますよね……どういう体力しているんですか」

「これは傭兵に限ったことではないが、“兵の仕事とは穴を掘って走ること”という格言があるくらいに兵とは走らされる。戦争前には物資を運び、戦争中は怪我人を運び、戦争後には死体を運ぶ。自分の装備だけで手一杯になるのを許容されるような戦争などなかった」


 それだけに兵とは何を置いても走ることを要求されるのだ。

 剣の振り方、敵の倒し方などは二の次。新兵の訓練はぶっ倒れるまで走り続けることと相場が決まっている。


「極論、剣など振れなくともひたすら走り続けて石でも投げていれば誰にも負けん」

「……そう言われてみれば今日の私たちのやっていること、まんまそれでしたね」


 昼間の逃走劇を思い出してさもありなんと頷くシアーシャ。

 魔術を扱う彼女からすればこの頭が悪い筋肉理論を受け入れがたい面もあるが、数の暴力を目の当たりにした今となってはそれを否定する気にもならない。


(人間が本当に切羽詰まって刃蜂の様に押し寄せてきたら、私も案外あっさりとやられていたんでしょうね)


 そうなる前に彼に負けることができたのは幸運だったのだろうな、と彼女は隣の傭兵を見て目を細めた。


「……そうは言っても、二人を抱えて全力疾走は流石に疲れた。食事を済ませたらゆっくり休むとするか」

「そうしましょう」


 ジグも未だに疲労が抜けきっていないようでその足取りは重い。

 調査の依頼はしっかりこなすつもりではあるが、休養も大切なのだ。





 目当ての店についたのは丁度夕食時になってからだった。


 この店を見ると否応なしにこの前の事件が思い起こされる。

 今回も決して穏やかな事情で訪れたわけでもないのは皮肉というべきか。


 店に入るとジグたちに気づいた店員が申し訳なさそうに頭を下げる。


「お客さん、悪いんだけど今は満席で……」

「問題ない。は空いているだろう?」



 やんわりと別の店へ行けと勧める店員に顎をしゃくって見せる。

 店は冒険者たちで混んではいたが、それはあくまでも人間のみが使用する一階部分だけだ。

 亜人が主に利用する二階部分は満席になるほど利用者はいない。


「……そういうことなら、いらっしゃい。後で注文を取りに行くから、空いているところに座っててくれ」


 この店で働いているだけあってそういう客も稀にいるのだろう。

 ジグたちを亜人客の知り合いか何かだと勘違いして上に通す。


 二階へ上がったジグは食事をする亜人たちを見渡した。

 その中に聞いていた特徴を持つ亜人を見つけると、シアーシャを連れてそちらへ向かう。


 四人の亜人が近づいてくる人間にわずかに警戒の色を滲ませる。

 彼らだけでなく、二階に上がった時から店にいる亜人は多かれ少なかれ好奇の視線を注いでいた。


 それらの視線を全く意に介さない二人は歩を進め、彼らの前に立つ。

 リストに記載されていた彼らの特徴通り、狼の様な頭部をした毛むくじゃらの亜人。


「森の牙だな?」

「……何の用だ、人間」


 確認するように声を掛けると一人の亜人が問いかけてくる。

 尾をピンと立てていつでも動けるように足に力を入れているあたり、思っている以上に警戒されているようだ。そしてその尻尾に熱い視線を注ぐシアーシャ。


 彼らを刺激しないようにゆっくりとした動きを心がけてそれに答える。


「少し話を聞きたい。今日の刃蜂騒ぎのことについてだ」


 ジグの問いに他三人が奥へ座る一人へと視線を向ける。

 灰色の毛並みをした一回りの体の大きい亜人。片目に走る斜めの傷痕を持つ彼は他の亜人と比べて別格と思わせるだけの風格があった。


 仲間の視線を受けた彼は一つだけの目でジグを見据えると、その口を開いた。


「……なぜ、我らに?」


 低く、唸るような声。

 常人ならばその視線と声だけで怯んでしまうほどの圧さえ感じる。

 ともすれば恫喝しているかのようなその声音に、しかしジグは何の反応も見せずに軽く答える。


「耳と鼻が良さそうだったからな」


 その返答を聞いた狼の亜人は、口が耳元まで裂けるほどに牙を剥き出しにした。

 一見すると恐ろしい相貌だが、肩を揺らして声を漏らしているところを見るにどうやら笑っているらしい。



「お前、名は?」

「ジグだ。傭兵をやっている」

「傭兵……そうか、お前があの……」


 名前、というよりは傭兵と聞いた隻眼の亜人が一人何かに納得したように頷いた。

 そして今度は値踏みするようにジグを見た。


「巨大な体に双刃の剣を携えた傭兵……」


 それから視線を横にいるシアーシャへ向ける。

 野生を感じさせる鋭い視線を受けても彼女の興味はブレぬままだ。


「そして恐ろしい娘を連れた異邦の戦士。聞いていた通りだ」

「長、こいつは一体……?」


 比較的若い亜人がこちらに目を向けたまま尋ねる。

 余所者に対する警戒心と使命感に溢れたその姿は、群れを守ろうとする若い狼のようだ。

 今にも飛び掛かりそうな若狼を年嵩の老狼が諫める。


「その男に牙を剥くこと、まかりならぬ。仲間を守りたければなおのことだ」

「それはどういう……ぎゃん!?」


 問い返す言葉の途中、若い亜人の悲鳴に似た声が上がる。

 二人が驚いてそちらを見れば、そこには尻尾を思い切り握りしめているシアーシャ。


「すごい! ふさふさです!」

「な、なんだこの女!?」


 興奮するシアーシャと困惑する亜人。

 尻尾を握り締められ動くに動けない彼が、しかし若い娘と見て強引に振り解くわけにもいかず助けを求めるように長に視線を向ける。

 彼はちらりとシアーシャの蒼い目を見た後、すっと逸らした。


「……今は真面目な話をしている。静かにしていろ」

「えぇ!?」

「シアーシャ、あっちでやっていなさい」

「はい!」


 仲間に冷たくあしらわれた亜人が、尻尾を握り締めたままのシアーシャにずるずる引きずられていく。

 彼に対する申し訳なさと憐れみを禁じ得ないが、彼が居ない方が話が早そうなので気にしないことにした。



「……うちのがすまんな」

「うちも、若いのが失礼をした」



 気を取り直した二人は互いに一言謝罪を入れ、その件をなかったこととした。



「俺はバルト。森の牙でまとめ役をやっている。こちらの二人はレイフとロルフ」


 灰色の狼はそう名乗って軽く目礼をし、二人の亜人がそれに続く。


「あそこで尻尾を掴まれているのがセブだ」


 虚無の表情で尻尾を弄られている若狼を親指で雑に指す。


「して、今日の刃蜂騒ぎについて聞きたいとのことだったが?」

「いつもと違ったこと、事件発生当時に何をしていたのかを教えてくれないか」


 常人ならば気づかない異変も亜人である彼らならば何か気付いたこともあるかもしれない。

 バルトは鼻を少し動かしてその意図を尋ねる。


「何故お前がそれを調べる? 傭兵に関わりのある事とも思えないが」

「うちの雇い主の安全確保のためだ。今回は助ける側だったが、巻き込まれることがないとも限らんからな」


 建前を口にしてギルドからの依頼という部分はぼかしておく。

 実際、あの事件を間近で起こされていたらシアーシャはともかく、ジグは危なかったのでまるで嘘という訳でもない。


 こちらの真意を測るように見ていたバルトはややあってから首を縦に振った。


「そういう事ならば、話そう。もっとも、我らも逃げるのに必死でそこまで詳しいことは分からないが」


 そう前置きした上でバルトは事件当時のことを語った。





 話を聞き終えた頃にシアーシャ達が戻って来る。

 満足そうにいい笑顔をしている彼女と、げっそりとした顔の若い亜人が対照的な表情を浮かべている。


「とても新鮮な経験でした……今度ウルバスさんのも握らせてもらいましょう」

「こ、これだから人間は……人の尻尾を何だと思って……」



 ぶつぶつ文句を言いながらも強引に引き剝がしはしなかったあたり、人間を警戒していただけで彼自身は随分とお人好しな性格をしているようだ。


「すまない、好奇心が強くてな。一杯奢ろう」

「ふん! 人間からの施しは受けん」


 乱れに乱れた尻尾の毛並みを整えながら怒る若狼。

 犬猫と同列扱いするつもりはないが、やはり尻尾とはあまりぞんざいに扱われて気分のいい部位ではないのだろう。


「施しではなく、詫びと礼だ。ついでに飯も済ませたいが、生憎下は満席でな。席料代わりに受け取って貰えるとこちらも助かるんだが……どうだ?」


 ジグが下手に出れば若狼はむ、と言葉に詰まって困惑したようにジグへ視線を向ける。


「……貴様、我らと……亜人と食卓を共にすると言うか?」

「飯を食うのに相手を選ぶほど、繊細な人間じゃないんでね」


 若狼はジグの顔を見て、未だ尻尾に視線を注ぐシアーシャを見て、最後に自分たちの長に顔を向ける。


「……長が良いというのであれば、私に否やはありません」

「うむ。では交流も兼ねて、食事を共に摂るとしよう」


 バルトは折よく訪れた店員を呼び、皆の分も含めて注文を始めた。


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初対面でモフる奴があるか!
ふさふさ? ジグ父さん もふもふ という言葉を早く教えてあげてー
ジグさんマジお父さん
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