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「さて、何から調べたものかな」
カークの部屋を出たジグは歩きながらこれからの方針を考える。
この手の調査は未経験とはいえ、まるで知識がない訳でもない。
ジグが思い浮かべるのはこの大陸へ渡るための手筈を整えてくれた情報屋のコサックだ。
彼とのやり取りで情報屋がどう動いているかのさわり程度は知っている。
付き合いの長いコサックは酒に酔うと“情報とはこう集めるべし”という仕事への持論をうんざりするぐらいよく語っていたので、知識自体は多少ある。
本当に危険な情報を探る時、彼に用心棒として雇われたのも一度ではない。
「あいつも情報屋のくせに、割と話したがりだったからな」
懐かしい顔を思い出して口の端を緩めるジグ。
同業者ではない上に口の堅いジグだからこそ、コサックも酒の肴として口にしていた部分もあるのだが。当の本人がそれを知ることはなかった。
階段を下りながら一階を見れば、先ほどまでの切羽詰まった空気は多少和らいでいた。
特に危険な状態にあった冒険者たちは処置が済んだか、必要なくなったようだ。
落ち着きを見せ始めたとはいえ、まだ人の数は多く通常業務とはいかない。
その中からシアーシャを探してうろつくジグ。
うろつくと言ってもその足はどちらへ行けばいいのかをしっかりと理解しており、迷うようなことはない。
シアーシャは小柄と言うほどでもないが、冒険者たちに囲まれると見えなくなってしまう。
それでも決して紛れることのない異質な雰囲気を辿れば彼女を見つけることはそう難しくはない。
「あ、ジグさーん」
そうして探していれば目立つジグを向こうから見つけてくれたようだ。
声の方を見ればシアーシャが椅子に座って茶を飲んでいた。
彼女の周りには受付嬢であるアオイと、ノートンを始めとするシバシクルのメンバーがいた。
遠間から手を振って声を掛けてくるシアーシャに片手を上げて応えながら歩み寄る。
「もういいのか?」
「はい。一通り終わりました。やっぱり医療の知識がある人に補助してもらうと楽ですね。どこを効率よく治療すればいいのか分かり易くて凄かったです」
感心したようにアオイを見るシアーシャ。
褒められたアオイは、しかし素直に喜べなさそうに微妙な顔をしている。
「……凄いのはシアーシャ様のほうです。あれだけの人数に回復術を使い続けたのに、まるで疲れた様子が無いなんて……」
魔女であるシアーシャの魔力量は常人とは比較にならない。
どれぐらい多いのかはジグもよく分かってはいない。
一度に大量に使えば息切れを起こしはするらしいが、彼女が魔力切れを起こしているところを見たことがないくらいには多いはずだ。
「……本当に大したものだよ。追われているときにもあれだけ魔術を使っていたのに、まだ底が見えないとはね」
感心半分、呆れ半分と言ったように頷くノートン。
「うちに来ないかい? 待遇は保証するよ」
「うーん……今が気楽でいいんですよねぇ」
首ごと体を傾けたシアーシャがこちらを見たので好きにしろと肩を竦めて返す。
ギルドで有数のクランに誘われても彼女の返答は芳しいものではないようだ。
「そうか。気が変わったらいつでも連絡をくれ」
ノートンもすんなりと引いたためこの話は流れる。
「副頭取とのお話はもう済みましたか?」
アオイはジグの手にした書類を見てそう言った。
無論、容疑者リストは懐に入れてあるのでアオイが見ているのは報酬金の引き渡しの方だ。
「ああ、随分と融通を利かせてくれてな。報酬に色も付けてくれたよ」
それを聞いた彼女の眉根が跳ねる。
「あら、それは珍しい。あの陰険眼鏡……失礼。実利重視の副頭取が便宜を図るとは、明日は血の雨が降りますね」
“おや、もう降っていましたか”と冷ややかにブラッドジョークをかますアオイ。
普段冷静で誰に対しても平等に接する彼女にしては珍しい反応だ。
上司と部下で色々あるだろうことは分かるが、それにしてもカークは嫌われているようだ。
嫌味そうな上司だろうなとは思っていたが、彼女の反応を見るにその予想は間違っていないらしい。
常とは様子の違う彼女にわずかに引いているジグ他数名。
「あー……とりあえず、手が空いているならこれを頼んでもいいか?」
触らぬ神に祟りなし。
その話題には極力触れぬように書類を渡せば、アオイの顔に笑顔が浮かんだ。
「承りました」
「……うむ、頼んだ」
初めて見る彼女の笑顔なのに、悪寒しか感じないのは何の冗談か。
美人なだけに凄味のある彼女の笑顔から目線を逸らしつつ、彼女が戻っていくのを視界の端で見送った。
嵐が過ぎ去るのを待ってからジグはノートンに声を掛ける。
「ノートン、聞きたいことがあるんだが」
「どうしたんだい?」
ジグ同様、少し委縮していた彼は話題の変更に乗ってくる。
「“森の牙”というパーティーを知っているか?」
「うん、知っているよ。亜人だけで構成されたパーティーで、救助された冒険者たちの中にいたはずだ。彼らが何か?」
森の牙とは容疑者リストの一番下に載っていた亜人冒険者のパーティーのことだ。
五等級を中心としたベテラン冒険者の集まりで、真面目かつ手堅い仕事ぶりにギルドや同業者からの評判は良い。
亜人という立場を気にしてか多少控えめではあるが、合同依頼などではよく声が掛かるとか。
「少し聞きたいことがあってな。居場所を知らないか?」
「彼らなら少し前にギルドを出たよ。食事にでも行ったんじゃないかな? どこに行ったのかまでは分からないけど」
「そうか、助かる」
彼らの行き先にジグは心当たりがあった。亜人が利用できる食事処はそう多くはない。
亜人お断りの看板を出している訳では無くとも、普通の店での彼らの肩身は狭い。
無視して居座ることもできるが、食事という気の休まる時間にまで落ち着かない場所を選ぶ可能性は低いだろう。
だが丁度良い。
走り回って腹が減っていたところだった。
以前ウルバスと行った店を探して見つかれば用件を済ませてから食事に、見つからなければ食事を先にしてしまおう。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬となります」
折よくアオイが報酬金を持ってきたようだ。
先程の怒りは無事に静まっており、いつもの無表情が張り付いているのを確認して安堵する。
置かれた報酬金の入った袋を受取る。
はちきれんばかりに袋へ詰め込まれた金貨は頼もしいほどの重量があった。
ずしりとした重みはジグをしても思わず笑みがこぼれるほどに、心と懐を暖かくしてくれる。
「確かに受け取った」
「ジグ。君は冒険者にならないのかい? 毎度そうやって現金受け取りでは何かと不都合だろう。形だけでも登録しておけばギルドに預けておけるよ」
金貨の詰まった袋を見てノートンはそう言わずにはいられなかった。
このご時世に現金を大量に持ち歩くのは決して褒められた行為ではない。窃盗で済めばかわいいもので、直接命を狙ってくる輩も珍しくはないのだ。
ノートンもジグがそういったゴロツキに後れを取るとは微塵も思ってはないが、無用なトラブルは避けられるに越したことはない。
「ギルドに入るメリットはよく理解しているが、集団に所属していてはできないこともある。今回の依頼のようにな」
「……それもそうか。ごめん、野暮な事を言ったね」
「気にするな。これは換金しやすいものに替えてしまうさ。俺も面倒ごとは御免だ」
ノートンはあえて集団に属さないタイプの人種も知っているようで、ジグの考えにもすぐに理解を示した。
見た目とは裏腹に“人それぞれの事情”というものを分かっている。
中々にやりやすい人物だ。
彼とのコネを作れたのも思わぬ収穫だった。
「ギルド職員の前で口座の不当利用を勧めるとは……中々にいい度胸をしていますね? ノートン様」
「あ」
「では、達者でな」
肩を掴まれたノートンを最後まで見届けることなく背を向ける。
すでに彼の仲間は距離をとって巻き込まれることを避けているあたり流石だ。
後ろから聞こえる淡々とした説教を背にジグとシアーシャはギルドを出ていく。
「何か新しいお仕事ですか?」
「ああ。だが普段の護衛をこなしながらでも構わない。明日もまたやるんだろう?」
「はい! 今日は中々面白い経験が出来ました。明日も、楽しみですね」
「まあ、飽きはこないな」
代わり映えしない戦場と今の仕事。
どちらも剣を振ることに変わりはない。
それでも、どこか理由の分からない充実感の様なものを感じられていた。
それがどこから来るものなのか、未だに答えは出ない。




