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キャッチコピー応募ありがとうございました。
なんと243もの応募があり選評会は荒れに荒れ、無事次回へ持ち越しとなりました。
まさかここまでこじれるとは……嬉しい悲鳴です。
撃ち出される質量が空気を震撼させる。
解放されたシアーシャの魔術は風切り音を上げながら黒い靄へ正面からぶつかった。
飛ぶ速度と飛来する魔術の速度が合わさり避ける間もなく撃ち落されていく刃蜂。
速度が上がれば威力も上がるもので、元々そこまで頑丈でもない刃蜂は匙でプディングを掬うようにその身を削り取られていく。
直撃せずとも掠めるだけで肉を抉り、翅を傷つけられてしまえばもう飛ぶことは叶わない。
雨の様に降り注ぐ術で刃蜂の群れの速度がわずかに落ちた。
「す、すげぇ!」
「何あの量……」
桁外れな規模で行われる魔術の掃射に冒険者たちが感嘆の声を漏らす。
「何という魔力だ……!?」
その密度と威力の高さにノートンが目を見張った。
術自体は単純で何の捻りもない岩槍や石弾ばかりだが、構成速度と継続力が段違いだ。
この威力で絶え間なく放ち続けられる術は並の魔術師では五秒も持たないであろう魔力消費量のはず。
外付けの魔石に燃料を頼った魔具を使用している様子はない。つまりこれは純粋に彼女自身の魔力量ということになる。
それでいて彼女は無理をしている様子も見せていない。
そのことに空寒さすら感じる。
彼女の放つ術は射線を遮る木などものともしない。
複数の刃蜂をまとめて撃ち落とし、なおも勢いの衰えない岩槍が何処かへと飛んでいく。
ノートンはせめてそれが他の人に当たらないことを祈るのみだった。
「なんであいつらが追われてるんだ?」
「知らん。だが好都合だ、あいつらが囮になっている間に救助を済ませるぞ」
散開した冒険者たちは自分たちに刃蜂が向かってこないと見るや、素早く隊列を組みなおして捜索を始めた。
シバシクルのメンバーが代理で指揮を執り、速度重視で斥候を中心に動き出す。
その動きに乱れはなく、自分たちのクランマスターが追われたままだとは思えない。
「なあ、あんたらの頭がヤバそうだけど、いいのか……?」
「その言い方は誤解を招くからやめろ。……ウチのリーダーはあれくらいでどうにかなる奴ではない。最低限、自分の身くらいは守れるさ。俺たちが今から追いかけてもどうにかなるとも思えないしな」
あまりにも自然な振る舞いに聞かずにはいられなかった冒険者へ、周囲に視線を走らせながらシバシクルの指揮代理が答える。
「俺たちは俺たちに出来る仕事をする。もし死んでいたら……その時は空いたクランマスターの座を頂くとするさ」
彼は冗談めかして鼻を鳴らすと真剣な顔で捜索に戻った。
心配していないわけではない。だが、信じていないわけでもない。
正しく信頼と呼べるその関係は欲しても手に入るものではなく、地道に築いていくしかないものだ。
仲間を信じ、自分の役割をこなす。
高位冒険者パーティーの仕事への意識に身が引き締まる思いをした他の冒険者たちは、それまで以上に集中して仕事に戻った。
既にそれなりの距離を走っており、元の場所へ戻るのも一苦労となった頃。
逃走劇は未だやむ気配がない。
シアーシャが迎撃し続けていたので多少数は減っているが、それでも数えるのも馬鹿らしい程度には残っている。
初めは杭で貫いたり壁で押し潰すなどもしていたシアーシャだが、徐々に放つ術は単一のものへと変わっていった。
杭では空を飛ぶ刃蜂相手にはあまり効率的ではなく、壁は押し潰すより先に通り過ぎてしまうのでタイミングを掴みづらいためだ。
複雑なことなどしなくとも想像以上に刃蜂は脆く、シアーシャの術は強力だった。
だが、シアーシャの表情は余裕とは言い難かった。
(こ、呼吸が辛い!)
単純で単一の術とはいえこれだけ多くを使うには詠唱を途切れさせるわけにもいかず、ジグに運んでもらってはいるが万全の姿勢ではない。
俵の様に担がれている都合上腹部がジグの肩に乗っているので圧迫されている上、森の中での疾走は相応に揺れる。それがまた彼女の息継ぎを難しくしていた。
散弾の如く撒き散らされる魔術に次々打ち落とされる刃蜂。
魔力に余裕はありつつも呼吸の苦しいシアーシャ。
先に音を上げたのは―――冒険者だった。
「……ハァ、ハァ、ゲホッ」
仲間たちは背後の光景に目を取られておりそれに気づくのが遅れたようだ。
魔術師の女の体力はとうに限界を超えており、気力だけで動かしていた足は言う事を聞かず、その顔は酸欠で青くなっていた。
乱れた呼吸と感覚の無くなってきた足がもつれ、運悪く盛り上がった地面に彼女のつま先が引っかかった。
「……っ!」
ゆっくりとした視界の中でかしぐ体。
先を行く仲間がそれに気づくが、今からではどうにもならない。
何か声が漏れそうになったが、口から出てきたのは掠れた息が出る音だけ。
一度制御を失った体はもうどうにもならない。
(ああ……死ぬのか)
死への恐怖と、ようやくこの苦しみから解放されるというある種の解放感が彼女の思考を埋め尽くす。
暗くなる視界の中、自分の首へ死神が手を伸ばしているのを幻視した。
死神の凶手はゆっくりと首元へ手を掛け―――
「―――待て報酬金!」
襟首を掴むと力任せに振り回した。
「ギュッ」
死神もとい守銭奴は掴んだ腕を支点にぐるんと一回転。
勢いのついた体は襟首を掴んだ主の右肩へ腹部からぶつかり、潰れたカエルの様な音が喉から押し出された。
右肩へ引っさげるように彼女を拾い上げたジグ。
傾いた体勢を立て直すために右足を強く踏み込む。右にかしいだ体を押し戻すような踏み込みと背筋、左肩に抱えたシアーシャの重みを利用して何とか立て直す。
「ジグ!? 大丈夫なのか!」
「……っ、定員あと一名までだ! 何とかなる!」
「無理はするなよ!」
ノートンに軽口で返して走る足に力を籠める。
二人を抱えて走るジグの速度が落ちた。
驚異的な体幹と身体操作の成せる離れ業でその場を凌いだジグだが、状況は良くない。
ジグの体が大きく揺れたことでシアーシャの魔術が途絶え、刃蜂との距離が詰まっている。ノートンはまだ余裕がありそうだが、他の冒険者二人もそろそろ息が上がって来たのか聞こえてくる呼吸が荒い。
息継ぎをしたシアーシャが再び魔術を放つが、未だに刃蜂は数え切れぬほどの群れでこちらを追い続けていた。
土の魔術は強力だが、拡散性がないために面で押すのには限度がある。
人間相手であれば仲間の死に怯むのでそれでも十分だが、死の恐怖を持たぬ蟲の魔獣にとってそれは意味を持たない。
数を減らしながらも距離を詰める刃蜂をどうにか押し返さなくては。
風か氷、欲を言えば炎を扱える術師がいればいいのだが。
(いや、待てよ)
そこでジグは自分が抱えている者の姿を思い出す。
「おい、お前! そのなりで魔術を使えんとは言うまい? 援護しろ!」
「っはぁはぁ、ノーラ、無事か!?」
息を荒げながらも剣士姿の男が仲間の安否を確認する。
ノーラと呼ばれた彼女は青い顔をしたまま何度かえずいた後、焦点の怪しい顔でジグを見た。
「……いぎでる?」
「このままでは死ぬかもしれんがな。手を貸せ」
「……げほ、おえぇ……敵が、見えなぁあ!?」
丁度シアーシャと反対方向を向いているために敵が見えないと言おうとしたノーラ。
言葉途中でそれは悲鳴に変わり、宙で横に回転した体が再びジグの肩に引っかかる。
「……おい、掛けるなよ」
二度目の衝撃に抑えきれなかった吐き気が限界を迎えたようだ。
びちゃびちゃと音を立てて酸っぱい臭いを撒き散らしながらノーラが恨みがましい声を漏らす。
「……お、おぼォえ!?……てろぉ」
「俺に文句が言いたければ、まずはこの状況をどうにかすることだな」
ジグがそう言ってやれば、苦々し気にノーラは詠唱を始める。
そうして放たれた火球は刃蜂の先頭集団に直撃すると、派手な音と炎を撒き散らした。
ついている。
運の良いことに炎魔術師のようだ。
爆炎の余波で刃蜂の動きが鈍り、そこにシアーシャの岩槍が殺到する。
土と炎。
二つの術が入り乱れ、刃蜂は近づくこともできずにその数を次々と減らしていった。




