閑話 双刃の理由
店舗特典SS書いてたらあまりにも本編に絡みすぎてたのでこちらに投稿しました。
ショートストーリーですので時系列等細かいところは気にせずお読みください。
あくまで店舗特典SSのお試し版という感じで。
とある日の事。
冒険者業を終えたジグはギルドで今日の成果を報告するシアーシャを待っていた。
定位置になった端の方にあるいつもの丸テーブルに一人腰かけている。
「ふむ……」
シアーシャの方を見ると、受付は混んでいてしばらく時間が掛かりそうだ。
「資料室に顔を出すか……いや」
手持無沙汰になったので新調した武器の手入れでもしようと考え、背負っていた双刃剣を脚の間に立て掛ける。
刀身に巻いていた布を解くと、古い油や血汚れを拭きとる。その後、手入れ用の布巾を取り出し油を垂らす。揉み込んで油を馴染ませた布で丹念に刀身を拭いていく。
そうしてひとしきり磨き上げられた刀身は美しく輝いていた。
「……うむ」
やはり新しい武器はいい。蒼い刀身も自己主張が激し過ぎない程度に彩がある。
武器を見た目で決めることはないが、恰好良くて損することもあるまい。
誰にともなく言い訳をしながら綺麗になった刀身を見て満足げに頷くジグ。
「機嫌良さそう」
反対の刃も磨こうとひっくり返していると向かいの席に誰かが座った。
そちらに視線を向ければ弓を肩に掛けた冒険者、リスティがいた。
「まあな。アランはどうした?」
そう聞くと彼女は無言で背後を親指で差す。未だにごった返した受付を見るに、自分と同じ理由のようだ。
「その両剣珍しい色。何の素材?」
「蒼双兜だそうだ」
「へえ、珍しい」
彼女は相槌を打ちながら丁寧に武器を拭くジグを眺めている。
「俺はまだその魔獣を見たことがないがな」
「あの討伐隊に参加する等級の冒険者が蒼双兜を相手にすることはまずないから。でも……」
リスティは頬杖をついてこちらの顔を覗き込むと意味ありげに口の端を釣り上げる。整った顔がこちらの様子を探るように向けられていた。
「ジグなら楽勝かな?」
「……戦いに絶対はないさ」
おだてには乗らんと平坦な口調で返せば、つまらなそうに肩を竦める。
「珍しいのは両剣も。どこで使い方を習ったの?」
話題を変えたリスティが興味深げに尋ねてくる。確かに珍しい武器ではあるが、そんなに使い手が居ないのだろうか。
「あ、ごめん。聞いちゃまずい?」
黙って考えていたので気を悪くしたと勘違いしたリスティが慌てた。
それぐらいなら構わないと身振りで示しながら拭き終わった刀身を眺める。
「双刃剣……お前たちの言う両剣だが、誰かに習ったという訳では無い」
仕上がりに満足いったジグは刀身に布を巻きつけながら語る。
「これは本来歩兵が使う武器ではなく、騎兵が馬上で振るうためのものだ。動きにくい馬上でいちいち左右に剣を振るのは手間だからな」
その点、双刃剣ならばどちらでも構わない。
椅子を馬に見立てたジグが武器を横にして体の前に構えてみせる。
「……なるほど。つまり、我流ってこと?」
子供がお馬さんごっこをするかのような所作にリスティが生ぬるい視線を送ってきていることに気が付いたジグがゴホン、と咳払いして座りなおす。
「……まあそういうことだ。とはいえ完全に我流かというと、それも少し違う。形状的に似ているから槍を基本とした動きや間合いのとり方が多い。もっと近いのは斧槍だな」
突きや斬撃など、斧槍の技術が双刃剣に活かされていることは多い。
重量の面でも近いため、乗り換えた時も比較的すんなり馴染んだ。使い始めてすぐの頃は間違えて刃の部分を握り締め、あわや指切断という大怪我をしたこともあったのだが……黙っておこう。
ジグは過去の失敗を思い出して何とも言えない表情になっていた。
「それにしても、どうして両剣を使おうって思ったの?」
本来歩兵が使う武器ではないと聞いて、なおのことそれを使うに至った経緯が気になったリスティが質問を重ねる。
ジグの力ならばもっと扱いやすい大剣や、それこそ斧槍を使い続けるという選択が普通のはず。わざわざ馬上用の取り回しが悪い武器を選んだのにはそれ相応の理由があると彼女は考えた。
しかしジグの答えは彼女の予想とは違ったものだった。
「ああ……俺も最初はこれを使おうと考えてはいなかった」
「……そうなの?」
意外な返答にリスティが首を傾げる。
「双刃剣を歩兵で扱う際の特徴は円運動を基本とした連撃にあるわけだが……」
通常の剣を振った場合、次の攻撃をするためには一度振った剣を止める必要がある。
振って、止めて、反対へ振る……あるいは戻して同じ方向へ振る。これが連続で剣を振る際の一連の動作だ。
力を込めて振った剣を止めるというのは当たり前だが、消耗する。
振り抜けばそれは抑えられるが、その分斬り返しが遅くなる。痛し痒しだ。
その点、双刃剣は違う。
剣を止める必要がない。振り抜く動作が次の攻撃へ繋がる。回転速度が増せば増すほど威力も剣速も上がり、重量武器でありながら破格の手数を出すことができる。
「回転の勢いを味方に付ければ消耗も抑えられるし、重量と扱いにくさに目を瞑ればいいこと尽くめなんだ……周りのことを考えなければな」
「あー……」
言わんとしていることを理解したリスティがポンと手を叩く。
そう、この武器は完膚なきまでに周りを巻き込む。
肩を並べて戦うなど論外。長いリーチと高い攻撃力は味方にも脅威となり、ジグの体格と立ち回りを考慮すればその範囲は多少距離を離した程度では意味を成さない。
歩兵運用の双刃剣とは全方位へ攻撃を撒き散らす危険武器なのだ。
狂爪蟲の群れ相手にジグと共闘したリスティはそのことを言葉以上に理解していた。
「当時は傭兵団に所属していたからな。こんな無差別攻撃武器は使えんよ」
あの戦い方がジグにとっての平常運転ならば無理もない。
「面白そうな話をしているね。俺も混ぜて欲しいな」
そう言ってリスティの横に座ったのは赤毛の剣士だった。
身軽そうな装備と物腰をした人の良さそうな青年、アランが報酬片手にこちらへ手を上げる。
「アラン、今いいところだから邪魔しないで」
「まあまあそう言わず」
邪険にする仲間を宥めながら自分のことは気にするなと話の先を促してくる。
「……話が逸れたな。これを使うきっかけだが、実はただの偶然なんだ」
「偶然?」
「昔、戦争の関わる依頼で所属していた傭兵団が砦の防衛を受けたんだが……酷い有様でな。敵戦力はこちらを大きく上回り、食料も武器も不足していて兵は士気が軒並み低いと来た。逃亡兵も出ていたくらいでな、人手が足りなかったんだ。うちの団にも結構な被害が出た」
あの時のことは今でも思い出す。凄惨な戦場はいくつも経験してきたが、あれほど酷いのは数えるくらいしかない。
「ある程度時間を稼いだところで団長が撤退の判断を下した。しかし疲弊している兵に殿を任せるわけにもいかない。そこで比較的余力のあった俺と他数名が選ばれた」
戦力差の大きい防衛線での殿。
死ねと言っているに同義の命令を“無茶を頼む”と奥歯が砕ける程食いしばりながら苦々しい表情で肩を叩いた団長と、ただ一言“先に行く”とだけ告げた副団長。
早馬で情報を持ってきたコサックが“正気か、逃げろ”としきりに繰り返していたのを思い出して声に出さず小さく笑った。
「俺の武器も限界だったから、砦の武器庫をひっくり返して探した。その時見つけたのが……」
「両剣だった?」
ごくりと唾をのんだリスティのつぶやきに頷く。
まともな武器や防具は数える程しか残っておらず、それらは他の殿を務める傭兵に渡していた。
それでも何かないかと仲間たちが探し回って持ってきたそれ。
本来歩兵が扱うことを想定していない双刃剣は頑丈であるが重く扱いづらく、軍馬もいない状況ゆえに誰にも使われずに残っていた。
当時のジグは申し訳なさそうな仲間たちが見守る中それを握り持ち上げると、不敵に笑って見せた。
“面白い”
そうして決死の撤退戦が始まった。
「それで、どうなったんだ?」
ジグは逸るアランに首を振って見せる。
「その時のことは、正直なところあまり覚えていないんだ」
ただひたすらに戦い続けた。
次々と仲間たちが倒れ、その何十倍もの敵を殺して殺して殺し続けた。
戦闘用ドラッグも全て使い、極限の精神状態で肉体を酷使し続けた。
仲間の死体すら盾にして、敵ごと斬り捨て、その血肉を全身に浴びた。
「俺が生きていたのは運が良かっただけに過ぎない」
「……他の仲間は、どうしたんだ?」
固唾を呑んで聞き入るリスティと、聞かずにはいられなかったアランに黙って首を振る。
暗くなる意識の中、それでも剣を振るうことはやめなかった。
最後の仲間が倒れ伏し、周囲をすべて敵が埋め尽くしている状況でも、戦うことを止めなかった。
「どれくらい戦い続けたのか……気が付くと医者の所にいたよ。……殿で生き残ったのは、俺一人だけだった」
軍本隊と合流し、砦を取り戻す援護が来た時に先陣を切った傭兵団の面々。
彼らは最後に殿と別れた時の場所にたどり着いて、その光景を目にした。
―――夥しい数の死体が周辺一帯を埋め尽くし、その中心でジグは双刃剣にもたれかかるようにして意識を失っていたという。
「目が覚めた時には十日が経っていた。……流石に堪えたよ。そこからもう十日は動けなかった」
限界まで酷使した肉体に加え、併用した戦闘ドラッグの数々。
まともな人間ならば廃人になっていてもおかしくない。再起不能にならなかったのは恵まれた体と鍛え抜いた心身あってのものだ。
「壮絶だな……その時の経験から両剣を?」
「その後しばらくはまた槍と斧槍を使っていた。これに切り替えたのは傭兵団を抜けてからだ」
そう言ってジグは席を立った。
彼の視線の先には黒髪を揺らして向かってくる護衛対象が居た。ジグは手を振って駆け寄る彼女を見て苦笑する。
「面白い話を聞けた、ありがとう」
「次はそっちの番だ。ネタを用意しておけよ?」
「今のを越える話か……難題だね」
双刃剣を背負ったジグは肩越しに二人を見た後、歩き出す。
「ジグさん、何のお話をしていたんです?」
今の自分の依頼主様が小首を傾げて興味を示す。
さらりと流れた黒髪に手を伸ばし、糸くずを取って整えてやる。
くすぐったそうに身をよじる彼女の横を通り過ぎると、とことこと後ろをついて来た。
「少し、昔語りをな」
「えぇ……私も聞きたかったのに」
口をとがらせてむくれるシアーシャ。
その頭にポンと手を置いた。
不満と期待に満ちたその顔を見ていると、自然と口の端が緩みそうになるのを自制する。
「……長くなるぞ?」
「時間なら、沢山ありますよ!」
機嫌よさげにジグを追い越した彼女の背を見る。
ふと、傭兵団を抜けたときのことを思い出した。
一人でやっていくと決めた時、かつての仲間と袂を分かつと決めた時。
―――背中を任せられる人間はもういない。ならば、背中まで届く刃を持とう。
かつての自分はそう考えて双刃剣を選んだ。
今は、どうだ?
背中は任せられる。自分の身を守るのに刃は一つで十分だ。
ならば空いた刃で、彼女を守るくらいはできるだろう。
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