魔女と恋人探し①
ハンナの恋愛模様のお話
「ですから、何度も言っているでしょう?」
恐ろしく美しい女が、メイド服の裾を白く美しい手で捌きながら、背筋が凍るほど美しい笑顔を見せた。恐らく彼女の主人が見たら一瞬で目をつむり耳を塞いで見なかったことにするであろう艶やかな微笑みだったが、あいにく対面する男はその恐ろしさを知るよしもない。その人間離れした美しさに見惚れ、可憐な仕草に見蕩れ、何としてでもこの女を我が手にと意気込んでいる。
かつてとある公爵家の子供たちから魔女と呼ばれ畏怖されたその女は、完璧な微笑を崩さないまま、愚かにも自分に求愛してきた男にこう言い放った。
「私と結婚したければ、金が実る樹木を持ってきてくださいませ。…私は本物がほしいのです。まさか、魔術を使ったり、木に金をくくりつけて持ってくるなどと頭のおかしな真似はいたしませんわよね?」
“魔女”ハンナ。
最近のマイブームは、無茶な要求に対する男たちの反応を記録することである。
「あのさぁ…」
さて、穏やかな午後のティータイムである。
初めこそ面白がって話を聞きだしていた現王妃シンディは、だんだんげんなりした顔を見せ始め、聞き終えた瞬間呆れ返ったような声を上げた。相手の男に心底同情しているようでもあったし、その後意気揚々と「お任せください!必ずや幻の国へと赴き、我が手に収めて参りますぞ!」と言い残して去っていったそのどこの馬の骨ともしれない男を憐れんでいるようでもあった。王妃が記憶している中でも稀に見ぬお馬鹿さんであった。
お茶を淹れているシェリも、どこか奇妙な顔をしてハンナを見ている。
「その断り方は止めなよ…」
「あら、夢のある断り方をと仰ったのはお嬢様ではありませんか」
「いやそうだけどさ…」
確かに、以前その断り方のあまりのひどさに辟易した王妃が、ハンナに向けて注意をしたことがあった。優しくなくていいからせめて相手が泣かないようにしてやれと言ったのだ。ハンナはしばらく考え込むように沈黙していたが、やがていい笑顔で了承した。その時に感じた嫌な予感を放置していた結果がこれである。
「確かにちょっとあの、ひ、酷いですけど、いつものことですし、問題があるんでしょうか?」
シェリが首をかしげて王妃に問いかけた。
意外にもこの子犬、おどおどしているように見えて割とはっきり物事を口にする怖いもの知らずだった。王妃は、そんな子犬に向けて苦笑いを浮かべて見せる。
「まぁ今まではその場で断れたから、よかったと言えばよかったんだけど」
「よかっ…は、はい」
「ただ今回はちょっとね。どうも、国内で金の実る樹木を探している輩が急増してるって噂が流れ始めててさ」
「……」
シェリの沈黙には、様々な意味が含まれていた。
もし言えるなら、「あの断り方をよかったと言っていいんですか」「ほんとにその言葉を信じて探しに行ったお馬鹿さんがいるんですか」「そんなにハンナさんに言い寄る命知らずな男がいるんですか」など言いたいことは山ほどあっただろうが、賢明にもそのすべてを飲み込んで、子犬は小さく頷くに留めた。その問いかけの答えが容易に想像できたからである。
「それは大変ですね」
「そう。貴族から騎士団員まで、研究を始めた人から休みをとって他国の森に冒険しにいく人まで、面白いくらい途切れないね」
実際は面白いどころの騒ぎではない。
ある家は家主がいきなり金の実る木を探し出すと騒ぎ出したために心の病と診断され家の切り盛りもままならなくなっているという。またある研究所では、研究費を莫大につぎ込んだ研究がいきなり進められ始めたという。内容は極秘とされているが、真相は想像に難くない。
その騒動の原因そのものである魔女は、まるで気にした様子もなく自分の主人に笑いかけた。
「ですけれど、求婚が本気かどうかはすぐにわかりますわ」
「その本気の人間が多すぎるのがいけないんだってば。だいたいハンナに求婚してくる人間って無理難題も泣きながらこなしそうなやつばっかりだしさ」
王妃は、生ぬるい目を魔女に向けて首をふる。
彼女は、全裸になって自作ダンスを踊らされたり、一発芸を披露させられたりと、あまりにむごい扱いをされてもなお本気で泣きながら愛を囁く男たちを見続けてきた。そこが魔女の魔女たる由縁ではあるが、ものには限度というものが存在するのである。このままでは、魔女という通称が洒落では済まないことになってしまう。今も洒落になっていないという突っ込みは横に置いておくとして。
「とにかく、その断り方は控えた方がいいって。研究者が本気出したら開発も夢じゃないかもよ」
「あら、研究分野が広がってよろしいと思いますけど」
「わかったわかった。ハンナがその断り方を気に入ってるのはよくわかったよ。成金とか研究オタクがお婿さんになっても助けないからね」
「承知の上ですわ」
お手上げだとばかりに肩を竦めた王妃は、シェリが淹れたお茶を味わうことに専念し始めた。何を言っても無駄だということを悟ったのである。公爵家の子どもたちが幾度も心に刻んできた、『触らぬ魔女に祟りなし』の教訓を忠実に実行しようとしている彼女は悪くない。生存本能に忠実なだけである。
子犬はお茶のお代わりを用意しながら、これまでの魔女の偉業を思い出して身震いしていた。その内容があまりに過酷すぎるため、最後まで噂を聞けたためしはないけれども、その怖さは十分によく知っている。
国の一部を混乱に陥れている魔女は、相変わらず毒々しいほど美しい笑顔を浮かべたまま、部屋の掃除を再開し始めたのだった。
最初はこんなにひどい女じゃなかったのに…。
後一話続きます。




