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獅子と私  作者: sin
時系列を無視した短編集
24/31

隣の国の王様とお見合い①

みんな大好き隣の国の王様のお話




「お見合いをいたしましょう」




せっせと執務に励むと見せかけて大臣の似顔絵を描いていた王様は、びっくりしすぎて二の句が告げなかった。その口がぽかんとだらしなく開いてしまうのも止められなかった。

アホ面を晒す王様の目の前で、ぴくりとも表情を動かさない宰相が、もう一度同じ言葉を告げた。



「お見合いをいたしましょう」

「…はああああああ!?」




王様、25歳。

初めての春の予感だった。









案の定「うるさい」という言葉と共に軽い平手をくらった王様は、ちょっと涙目で渡された資料を見た。資料の中には、一人の女の子の名前と家柄と、その他もろもろの個人情報と共に、正確に模写されたという姿絵が挟んであった。


王様は吃驚した。もしもその姿絵がほんとうに正確に模写されていたとしたら、とんでもない美少女だった。王様が絶句してその姿絵に見入ってしまうほど美しい女の子だった。こんなに可愛くて美しい女の子を前にしたら頭が爆発してしまうかもしれない、とほんのり不安になるほど可愛かった。



「…え、俺、この子とお見合いすんの?」

「はい」

「いや…はいって言われても…」



王様は、王様なのにもかかわらず「うーん、人柄はとってもよろしいんだけど、伴侶にするにはちょっとね(笑)」と社交界で評判の男である。もちろん後宮にはだれも入れたことがない。


もちろん、後宮の話は何度か挙がっていた。だが、王様がそれを悉く拒否し続けてきたのである。王様は、女の子と触れ合うことに全く慣れていなかった。それがいきなり後宮なんて、王様にしてみれば真冬の海にダイブするくらいの心持ちだったのである。


抗議があるかと思いきや、周囲の生温い諦めの雰囲気と、そんなに焦らなくてもまだ20代だもんね!という王様の必死の主張により、結局後宮の話は流れて流れて、今に至る。宰相が「近々手を打ちます」と言っていたのは覚えていたが、まさか後宮の話を飛び越してお見合いに話が発展するとは思っていなかったし、こんなに可愛い女の子だなんて想像さえしていなかった。王様は早くも気後れしていた。



「ちょっ…とこの子は、ハードル、高いと思うんだけどなー…」

「我儘を言わないでください」

「我儘じゃねーし!ありのままの事実を述べただけだよ!どうせイケメンにはわかんねーよバーカ!」



宰相はイケメンな男である。何か祭りがある度に、両手に抱えきれないほどの贈りものを貰う男である。辛辣な言葉と眼鏡が人気の秘訣だと聞いて王様も眼鏡をかけてみたことがあるが、唯一一番仲のいい侍女に「あの…目が、大きく、見えますね!」と気遣われただけだった。王様は眼鏡が大嫌いになった。



宰相はずり下がった眼鏡をくっと上げた。王様がそんな事をやっても「サイズが合っていないみたいですね」と言われるだけだったのに、この男がやると周りがきゃあきゃあ言うのだから世の中は不公平である。理不尽である。王様は口を尖らせて不満をあらわにした。「可愛くない」とばっさり切られた。いいのだ。悲しくなんかない。慣れっこである。



「なぁ、ほんとに俺この子とお見合いするの?」

「はい」

「な、何でこの子が選ばれたの?」

「私の直感です」

「え…この子が俺のこと好きとか、ファンだとか、そういうんじゃないの…?」



気後れしつつも、王様は一縷の希望を胸に抱いていた。例えば、この前お忍びで城下に出掛けたときに暴漢に襲われている女の子を助けた姿を、偶然見かけていたとか。その女の子が泣きながら名前を聞いてきたので、うっかり国王だと言ってしまったとか――いや、ここは見ていなくてもいい場面だった。




「ないですね」




あっさり言われて、王様は目頭が熱くなるのを感じた。一瞬でも、こんなに可愛い子が自分の魅力を分かってくれたんだと思ったことを恥じた。王様の脳内では、もうすでにこの子がお妃さまになって、毎朝いってらっしゃいのキスをしてくれるところまで話が進んでいたからだ。



打ちひしがれる王様を前に、宰相は、大して重要でもない事を告げるときのように平坦な声を響かせた。



「お見合いは明日ですから」

「はぁ!?」

「お見合いは明日ですから」

「いや、聞き逃したわけじゃないんだけど…っておいおいおいちょっと待って!」



びっくりするほど表情筋が動かない宰相がそのままごく自然に部屋を出ていこうとしたので、王様は慌ててひきとめた。まさかこの与えられたごくわずかな情報をもとに、明日のお見合いに備えろというのか。

王様はかなり焦った。王様の持ち得る能力では、どう考えても無理だった。イケメンは相手が自分と同じ能力を持っていると考えるのを即刻止めるべきである。王様は常日頃から思っていることを再び思った。国の法律に書き加えてもいいかもしれない。



「何か?」

「お前…俺に何かもっと言うことがあるんじゃないのか!」



例えば明日いつどこでお見合いが始まるかとか。この子がいったいどんな子なのかとか。可愛いあの子を落とすテクニックとか。こう言われたらああ言えとかあらゆる場面が事細かに網羅されたイケメンが使う対処法とか。




王様の期待に満ちた目を一身に受けた宰相は、ほんのわずかに悩んだ後、たった一言だけ口にした。





「仕事しろ」





悠々と部屋から出ていく宰相の背を見ながら、王様はちょびっとだけ、ほんのちょびっとだけ泣いた。







続きます。


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