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獅子と私  作者: sin
本編
22/31

21話




「どうした?ぼんやりしているな。マリッジブルーというやつか」




顔だけはにこやかに国民の方を向いた陛下が真面目くさって聞いてきた。





結婚式の後連れてこられた、国民の皆さまが集まっている庭に向いたバルコニーで、私たちは先ほどから完全にお飾り状態だった。結婚披露のために姿を見せた瞬間から爆破テロが起こったんじゃないかと心配するほどの歓声が弾けて、突っ立ってにこにこ笑っていれば、国民の皆さんが勝手に興奮して国王陛下万歳コールを叫び始めたのである。熱の渦が巻いているようだった。ちょっと引くほど熱狂的だった。



もはや狂信的と言っても過言ではない国民の国王陛下万歳コールに紛れて微かに聞こえる陛下の声はどうも真剣そのものだった。私たちはどうやらもう結婚したらしいのでマリッジブルーもクソもないのだが、彼にからかっている気配はない。私も、顔だけは完全におしとやかな王妃様の体で、人が多すぎてうねうねして見える国民の皆様方に向けて手を振りながら答えた。



「……結婚式が今日敢行されるとは聞いていませんでしたから」

「なに!?」



ぎょっとしたように陛下がこちらを向いたので、慌てて肘でこっそりわき腹を小突かなければならなかった。

陛下は我に返ったようにまた国民の方を向いた。一瞬動揺した国王陛下万歳コールは、王妃様万歳コールも交互に交えながら何事もなかったかのように白熱してきている。一向に衰える気配がない。自分の手が振り子のように見えるのは絶対に気のせいではない。



「…言ってなかったか」

「…え、言ったつもりだったんですか!?」



ドッキリ計画じゃなかったのかよ!と思って勢いよく陛下の方を向いてしまったので、今度は陛下が私を小突く番だった。

私は精一杯おしとやかな仕草で華麗に見えるように顔の向きを戻した。国民の皆さんは心得たとばかりに王妃様コールを強くしてくださった。



「すまなかった。祝賀会とかぶせたら効率的だと思い立って…すっかり伝えていたものだと…」



陛下の言葉に苦さが混ざるが、恐らく、陛下のせいではない。

あの様子から思うに、ハンナとシェリには連絡がいっていたのだろう。そして、あの魔女が、「当日まで知らせずにお嬢様を驚かせましょう」などと子犬を丸め込んだに違いない。私が結婚式と聞いて怖じ気づくのを何とかしたかったとかそんな理由だろうが、それにしても他に手段があったはずである。



「私のメイドが伝え忘れていたのかもしれません。陛下はあの夜から本宮に缶詰でしたもんね」

「あんな書類の山を見たのは初めてだった」



陛下の顔を盗み見ると、嫌そうに鼻に皺をよせてしかめっ面をしていた。口も曲がっている。まだ獅子の習性を引きずっていると言われてもうっかり信じてしまいそうだった。獅子が威嚇している顔に非常に似ていたからだ。



「陛下、国民の前ですよ。そのお口をどうにかしてください」

「くち…」

「まぁ、あんな遠くからでは表情なんて見えないと思いますけど」

「そういえば、呪いを解いてくれた時、お前は私の額に口をぶつけたんだったな。大丈夫だったのか」



随分話が飛んだもんだ。不意に陛下がこちらを見たので、私もつられて陛下を見てしまった。ちょっと心配そうな顔をした陛下が、首を傾げて立っている。



「はい。もともと傷にはなっていませんでしたから」

「本当か。見せてみろ」

「はぁ、見せて―――みせっ!?」



陛下の言葉を正確に理解した時にはもう遅かった。


何の予告もなく唐突に引き寄せられた。いつの間にか頬をホールドされていたのでその動きについて行くしかない。



鼻が触れ合いそうな距離に接近した私たちを前に、国民の皆様の興奮は頂点に達したらしい。ガラスがびりびり震えるほど、雄叫びのような歓声が聞こえる。なんなのまじ国民怖い。



「…騙し討ちは卑怯ですよ」

「騙していない。…見たところ傷はなさそうだな。綺麗な唇だ」



真顔で言い切れる辺り、この陛下の恋愛偏差値の高さが窺い知れるというものである。さんざん学習した私でさえこの破壊力なのだから、一般人がくらったら失神どころの騒ぎではないだろう。私以外の一般人に被害が及ばないことを祈るばかりである。





陛下はじっと私の顔を見て、少しだけ距離を開けた。


彼の両手は相変わらず私の頬をホールドしている。




「そういえばまだ言っていなかったことがあった」

「…?なんですか?」




かつて獅子の王様だった、そしてついさっき私のお婿さんになった陛下が、小さく笑った。




ちょっとだけ見慣れた笑顔と、低くて優しい、聞きなれた笑い声だった。





「愛しているよ、シンディ」





ふわりと、お日さまの匂いが、鼻をかすめた気がした。





「私も愛しています、ヴェルノ」





この場で初めて愛を告げあった私たちは、この国中で最も祝福されたキスをした。




王宮が揺れるほどの歓声が、いつまでもいつまでも続いていた。







※※※※※※※※※※※※※※※※






この国が最も栄華を誇った時代、それは奇跡の御子と称えられた国王の治世であった。


その治世が唯一揺らいだのは、国王が獅子になる呪いをかけられたそのわずか2カ月余りの期間である。だが、その時でさえ、後に妃となる一人の令嬢が、国王を支え、慈しみ、そしてその愛で呪いを解き、国の危機を救ったという。




奇跡の御子の呪いを解いたとされる妃が後宮で過ごした2ヶ月間の出来事は、今なお、伝説として語り継がれている。









これにて本編は完結です。

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。


頻度は少なくなりますが、おまけとして色々と短編をあげていきたいと思っております。

今後ともよろしくお願い致します。


後書きとして活動報告に何かしら書きますが、見なくても全く支障はありません。

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