16話
【奇跡の御子】は、呆然とする私と爆笑するお姉様を尻目に行われたフランツさんの説明によって現状を理解したようで、すぐにフランツさんに協力を求めた。軍の陣営に行くのに空間移動を使うためだ。
その後、なんだかきらきらのイケメンが私に向かってものすごく丁寧に感謝の意を述べていたような気もするが、記憶がちょっと定かではない。
去り際、彫刻のようなその顔がじっと私の首元を見て、ふと緩められたのを覚えている。
「―――ああ、やっぱり、その首飾りはよく似合うな」
聞きなれたバリトンボイスで言い残すや否や、フランツさんの空間移動で、すぐに見えなくなってしまった。
それからの彼は、その名に恥じない働きぶりを見せた。意気消沈していた軍隊をその完璧な美貌で鼓舞し、陛下が人間の姿に戻って士気が爆発的に上昇した兵士たちと共に戦場を駆け抜け、被害を最小限に抑えたまま全てを終わらせて見せた、らしい。どこのおとぎ話だと鼻で笑ってやりたいが、いかんせんあの国王陛下を見て、そしてお隣の国の王様の頭の弱さ加減を知ってしまうと、そんなご都合主義の展開も信憑性が出てくる。
華々しく凱旋した国王陛下は、雑務に追われて夜も眠っていないらしい。差し迫った祝賀会に向けての準備もあるのだろう。この度の祝賀会は、王宮をほぼ解放して平民も庭に入ってパーティーが出来るようにするらしい。太っ腹なものだ。国王の完全復活と隣国との戦争の勝利に沸く国民が集まる祝賀会は、さぞ暑苦しいものになるに違いない。
そんな怒涛の1週間だったが、私は暢気なものだった。攫われて傷心(笑)しているため、誰にも面会せず、今も部屋に引きこもって優雅に過ごしているのである。
ハンナは『爪ってお前…』みたいな顔をして、衣類棚を整理している。失礼な。あの時の天才的な閃きがこの国を救ったんだぞ。
「そういえば、プレスコット公爵令嬢様ですけど、お見かけしませんね」
頭の先からつま先に至るプレゼント攻撃にようやく慣れ始めていたシェリが首を傾げた。プレゼントは恐れ多くて1日に1種類しか着けないと決めているらしい。今日はカチューシャの日。私の子犬は本当に可愛い。
しかし、なんだ、この子は知らなかったのか。
「プレスコット公爵令嬢なら婚約者見つけて出ていったよ」
「えっ」
「ほら、フランツさんのお兄様いるでしょ。例の公爵家放蕩長男。私が攫われた日、そのお兄様が、放浪の末に後宮にたどり着いたみたいでね」
「ほ…放浪の末…後宮に?」
「そう。どうも後宮の裏手の森を徘徊してたらうっかり後宮に出ちゃったみたいで、私も陛下も行方不明で泣いているプレスコット公爵令嬢を見つけて、運命の女だってピンと来たらしくて。その場で拉致してプレスコット公爵家に殴りこみ」
「…」
子犬が頭を押さえている。
わかるよ、その気持ち。私も最初に聞いた時には、プレスコット令嬢が猫アレルギーの辛さにとうとう発狂したんだと思ったもの。だけどねシェリ、トンデモ展開はまだ続くんだよ。
「あそこの母上様も、意外に現実主義者だからね。陛下はまだ獅子だと思われてたから、望みの薄い国王陛下より、確約された国一番の公爵家家長の方がいいとふんだみたいで、あっけなく承諾。話はとんとん拍子に進んで、お家を継いだお兄様と、来月結婚だそうだよ」
「………ええと、お聞きしたいことは山ほどあるんですけど、一つだけ、いいですか?」
子犬が、一転して思いのほか真剣な顔で聞いてきた。
「プレスコット公爵令嬢様は、お幸せなんでしょうか」
零れ落ちそうなシェリの目を見ながら、私は先日喧嘩友達とかわした言葉を思い出す。
『え、ほんとに後宮出ていくの?そんな強引に決められて?』
『ええそうよ。あなたにもしばらく会わないでしょうね』
『へぇ。運命の女って言われて、ドキドキしちゃった?』
『ちっ…ちがうわよ!冗談じゃないわ、馬鹿じゃないの!?勘違いしないで!私はただ、こ、後宮にいても陛下を支えてさしあげられないから、それならと思って承諾しただけでっ!あんな、自分勝手な男、ちょっと優しくされただけで、べつに気になってなんか!!』
「―――うん、すごく、幸せそうだったよ」
ツンデレ真面目っ子の彼女が、いつものように真っ赤になって、いつもよりも早口で、いつも以上に教科書通りのテンプレに沿ってツンデレているのは本当に可愛かった。胸元に大切そうに隠していた彼の姿絵を探し当てたら、破裂寸前のトマトのようになって私を追いかけまわした。
あの日感じた奇妙な虚無感など嘘のように、私の喧嘩友達は、あいもかわらず可愛いツンデレだった。きっとあの放蕩ロマンチストに愛され、大事にされて、幸せになれるに違いない。
お気づきかもしれないですがツンデレ大好物です




