15.5話
散々貶されているお隣の国の王様のお話で、閑話といたします
「ちょっとおおおおどういうことなのおおおおお!」
これは、獅子の姿にされた王様が治める国の、そのお隣の国に君臨した、ちょっぴり頭の弱い王様のお話。
「ねぇ!どういうこと!なんでこいつらこんないちゃいちゃしてんの!」
「だって獅子ってかっこいいでしょ」
「はぁ?馬鹿言ってんじゃないよ!獅子顔になって女の子といちゃいちゃ出来るんだったら端からお前にそう頼んでるよ!」
王様は真っ黒なローブを全身に巻き付けた魔道士を怒鳴りつけた。王様の目の前には水晶がでんと置いてある。その中では、獅子の顔をした男と普通に人間の顔をした女が仲睦まじくお話をしている光景が延々と流れていた。
王様は悲しくなった。あのにっくききらきらのあんちくしょうが獅子になって、民衆からの人気もなくなって女の子に見向きもされなくなったところで盛大に笑いながら国境付近の小さな村を頂こうと思っていたのに、序盤から作戦が崩れてしまった。隣で機嫌よさそうに鼻歌を歌っている魔道士が目の前に現れた時には、神様が俺に味方をしている!とさえ思ったのに。
「何なの!獅子じゃん!あのきらきらしたイケメンじゃないじゃん!」
「だからさぁ、獅子も獅子でかっこいいんだってば」
「俺あいつ最初に見た時まじでビビって腰抜かしたんだぞ!思わず奇跡の御子とか言ったら新聞に取り上げられるしさ!なんだよ踏んだり蹴ったりじゃねーか!」
「王様落ち着いてよ、そんなに暴れたら僕の水晶が割れちゃうって」
魔道士が完全にペットを扱うような目をして宥めても、王様は気がつかない。なぜなら王様は、昔のことを思い出してその身を焦がすような怒りに打ち震えていたからである。
あれはまだ王様が王子で、獅子顔の王様も王子だった頃のことだ。王様は初めて会う他国の王子に胸を躍らせていた。上手くいけばお友達になれるかもしれないとも思っていた。しかし、その幻想は顔合わせの開始5秒で打ち砕かれることとなる。
小さな頃から愛嬌のある顔だと言われてきたが一向に女の子にもてなかった王様にとって、イケメンは敵であった。滅するべき存在であった。そんな滅するべき存在が、しかも恐らくこの世で一番滅されるべき存在が、きらきらのオーラを振りまきながらこちらに向かって手を差し伸べていたのである。あれほど綺麗な人間を見たのは初めてだったから、思わず腰を抜かした。それほど圧倒的なイケメンだった。だから思わず、その王子様に向かって、『奇跡の御子』などと口走ってしまったのだ。
その後の展開は鮮明に覚えている。きらきらした隣国の王子様は、暫くその言葉を吟味した後、首を傾げたのだった。
『…それは親交を深めるための冗談か?』
王様がそいつを敵認定した瞬間だった。
とにかく、小さな頃から憎くて仕方がなかったそいつの鼻を明かしてやるチャンスがせっかく到来したと思ったのだ。そいつが獅子顔になった時には盛大に笑った。あのきらきらオーラなんて見る影もなかった。そこからどう見ても獅子だった。謁見の間で後宮に入った女たちが怯えているのを見てはしゃぎまわっていたら宰相が「仕事しろ」という言葉と共にビンタをくれたが、そんな事はどうでもいいくらい気分がよかった。いや嘘だ、ちょっと涙目になるくらい痛かった。
だが、雲行きが怪しくなってきたのはその後である。獅子顔の王様は、一人の女に構うようになった。どうせ怯えられて終わりだろうと思っていたら、女も女でなぜか獅子顔の王様を受け入れていた。あれ?おかしいな?と思っているうちに、獅子顔の王様は自分の顔を国民に披露。人心は離れるどころか燃え上がり、王様の国への進軍を準備し始めたのである。
宣戦布告を突きつけられた王様は焦った。焦って水晶を見た。水晶の中で、獅子顔の王様と女が何かいちゃいちゃしていた。怒った。
そこで、冒頭の台詞に戻るのである。
「おかしい…これはおかしいぞ。俺は今頃高笑いしながら国境の線を書き変えているはずだったんだ」
「そうだね」
「なんでだよ!お前が獅子の顔にしたらいいって言ったんだぞ!」
「そうなんだよねぇ、僕もそう思ってたんだけど、すごい特殊な女の子がいたみたいだね!」
「いたみたいだね!じゃねぇよ!何か急接近してんだけど!…はぁ!?」
水晶の中で、獅子顔の王様が忠誠を誓う騎士のように跪いた。女はぽかんと口を開けている。
『――私と、結婚してほしい』
「…なんっでじゃああああああ!!!」
王様の絶叫を聞いて部屋に飛び込んできた宰相が、また懲りずに水晶を眺めている王様の頭を思いっきりしばいたのは、その30秒後。
時は流れて、それから2週間余り。国境を挟んで2国がにらめっこをしている最中のことだった。
王様は、あんぐり口を開けた。
「いやー、失敗失敗。獅子の王様元に戻っちゃった。めんご!」
語尾に☆でもつけていそうなきゃぴきゃぴした魔道士が、国境付近に構えた本陣の中でじりじりしていた王様の目の前に現れたのはひどく唐突だった。どうにかしてくれるとあれだけ自信満々に胸を張って消えた魔道士は、まるでティーカップ落としちゃったと言わんばかりの軽さで、任務失敗を報告したのである。
「…え?」
「王様も見てた?感動ものだったよ、愛の勝利だね。面白い子だったなぁ」
「え?え?」
「というわけで、ごめんね王様。僕負けちゃってもうちょっかい出さないって約束しちゃったから、ここで消えるね!」
「ちょっとまてーい!!」
王様は渾身の力を込めて叫んだ。魔道士はきょとんとして首を傾げた。全然可愛くなかった。
「え?なんなの?どうにかしてくれるんじゃなかったの?」
「うん、どうにかしようとしたら愛の力に負けちゃった」
「あい?どういうこと?それは俺に対する挑戦と受け取っていいの?」
「王様が今から挑戦されるのは隣の国の軍隊でしょ!なにいってるの!」
「お前が何言ってんの!?」
王様は畳みかけて問い詰めようとしたが、それは無理だった。本陣に斥候が飛び込んできたためである。
「申し上げます!敵国の国王が人間の姿になって現れました!騎士団の士気は上昇、すぐにでも進軍してきそうな勢いです!陛下、ご命令を!」
「ちょっとま、ちょっと待って、待てって!話が見えない!」
「わー、あの子頑張ったんだねぇ。どんなあっついキッスをしてあげたんだろうね」
「はぁ!?キッス!?」
「陛下!ご命令を!」
王様は酷く混乱した。魔道士が何とかしてくれると思いこんでいたからこの陣営はポーズだけで、具体的な作戦など何もない。王様は腐っても王様なので、本気をだしたらそれなりに強いけれども、いかんせん状況が状況である。何も考えていない。完全なるお手上げ状態だった。
混乱に混乱を重ねてさらに混乱を上乗せしたような状況の中で、その状況に、混乱をべったり塗りたくるような言葉を、魔道士が吐いた。
「ごめんね王様、僕もう行かなきゃ」
「いかなきゃ?」
混乱のあまりオウム返しになっている王様の目の前で、魔道士が魔法陣を展開する。ぽかんとしている王様の目の前で、不健康そうな紫色の唇が、いびつに歪んだ。
「さようなら、王様!とっても“愉しかった”よ!今度はもう少し従順で、もう少し頭の悪い魔道士をつかまえられるといいね!」
「ちょ…ちょっと待てって!お前がいなくなったら俺どうすればいいの!」
「わー熱烈な言葉!名残惜しいけど、お別れの時間だよ!ありがとう!またあえたらいいね!」
耳障りな笑い声を上げた後、音も立てずに、魔道士が消えた。
呆然とする王様の耳に、隣国の騎士団が進軍を開始したと伝令が入って来るのは、もう少しだけ後の話。
馬鹿じゃないんです。頭が弱いだけ。




