14話
ちょっと長いですがいよいよ山場ですよ(当社比)
「さぁ、お嬢さん、最初で最後のチャンスだ。君の最愛の国王陛下は、どっちかな?」
だから、最愛じゃないと何度言えばわかるんだこのまっくろくろすけは。
つまり愉快犯であるまっくろくろすけもとい魔道士の言い分はこうだ。
国王陛下とおんなじような体格の獅子を連れてきた。本当の国王陛下は、今私の前で、優雅に4足で立っている獅子2匹のどちらかである。
どちらが本当の国王陛下か当てられれば、呪いは解け、獅子は人間に戻る。陛下が戻ったら戦争にも勝つ。背も伸びる。お金もたまる。恋人もできる。勉強も上手くいく。まじハッピー。
もし間違えれば、国王陛下は一生獅子のまま、お隣の国にばれて戦争に負ける、世継ぎもいない、国は滅んじゃうね。という話。
何故こんなことをしたのか?全ては彼が“愉しむ”ための思いつきである。
もともとお隣の国に雇われたこの出身不明のお騒がせ魔道士は、そこの王様が侵略したい侵略したいとあまりにもうるさいので、それではかの国の王を獅子にしてやりましょうと提案した。獅子になった国王陛下に人心は離れ、しかもにっくきあんちくしょうが野生動物になる屈辱を味わってくれるなんてこんないい話はありませんよ、と。
お隣の国の王様は称賛したくなるほどの頭の弱さを発揮して、その提案をまるまる受け入れたらしい。まっくろくろすけは嬉々としてうちの国王陛下を獅子に変化させ、その後の経過も水晶か何かで盗み見て、逐一向こうの王様に報告していたようだ。
一つ言っていいですか。私の国、魔術に弱すぎ。
「実はさぁ、獅子変化の魔術構成考えついたばっかりだったから、誰かに試したかったんだよねぇ。これはチャンス!と思ってさ!」
「…最初に変化したのは顔と手足だけでしたね」
「だって、国民にいきなり『この獅子国王陛下でーす』って言っても信じない人多そうでしょ。異形の王様になった方が効果的だなって思って」
「……では、なぜ、いきなり獅子の症状が進行したんです?」
「だってさぁ、僕んとこの王様がさ、君たちの求婚騒動聞いて『なんでそうなるの!俺が未婚だからって馬鹿にしてんの!』って興奮しちゃって」
「……」
もうお隣の王様いやだ。うちの国王陛下を【奇跡の御子】とか名付けた時点でちょっと痛い人かと思っていたけど頭が弱いって騒ぎじゃない。
我が国の国王陛下が獅子になっても人望は厚いままで、それどころか意気揚々と宣戦布告を突きつけてきたものだから、隣の国の王様は焦っただろう。恐らく彼の計画では、獅子に離反して荒れ放題に荒れた我が国の一部をどさくさにまぎれてかすめ取るはずだったのだ。決して、フル装備した軍隊を迎え入れたかったわけではない。
隣の国の王様は、悩んだ末に魔道士に『どうにかして!』と泣きついた。魔道士は胸を張って『どうにかいたします!』と答えた。お隣の国の王様はその作戦の内容を聞きもしないで魔道士を送り出し、今に至るわけだ。
まさか隣の国の王様も、『どうにか』の内容が『獅子の王様の求婚相手にどっちが本物か当てさせるゲームをする』というトンデモ方向に飛躍したとは思っていないだろう。そこはご自分の頭の弱さを恨んでいただきたい。そして私に全身全霊で土下座付きの謝罪をしていただきたい。意味のわからんことに巻き込みやがって。
「そもそも、どうしてこんなゲームをしようと思ったんですか?お隣の国が不利になるかもしれないのに」
「さっきも言ったでしょ!」
まっくろくろすけは、紫色の唇をひんむいて、笑った。
「―――“愉しい”からだよ」
愉快犯の犯行に、明確な理由など要らない。お隣の国に味方についたのではない。お隣の国に加担した方が、愉しくなりそうだと考えたからだ。
だから彼は、どちらに転んでもいいのだ。どんな結果になってもいい。愉しければ、それで大満足。
なまじ知恵と力を持ったちゃらんぽらんは厄介だ。
しかし、さんざん貶しまくったとはいえ、隣国の王様には感謝すべきなのかもしれない。
私には挽回のチャンスが与えられたのだ。
獅子になっていく陛下をただ見ていることしかできなかったこの私が、陛下が人間に戻る鍵となる。何もできなかった私が、全ての解決の糸口を握っているのだ。喉をふさぐあの苦しさを、無力さを突きつけられるあの痛みを、払拭できるそのチャンスが、今私の手の中にある。
そして、そのチャンスを活かし、すべてを解決に導いてくるためには、背格好がまるで変わらない2匹の獅子を、見た目だけで判別しなければならないのだ。
正直に言おう。
さっぱりわからない。
生き別れの兄弟かと思うくらいそっくりなのである。いや、もしかしたらどこかしらに何かしらの特徴があるのかもしれないが、全くと言っていいほど見わけがつかない。ふさふさした毛もしなやかな体も立派な鬣さえおんなじ形、おんなじ色だ。
そもそも獅子を個体別に見分けようとする方が間違っている。飼育員ならともかく、たかだか1カ月夜中に顔を突き合わせただけの人間が、まさか本当に正解できるなどと思っているのだろうかこのちゃらんぽらんは。
「……」
しかしほんとうにわからない。こういうときって、普通ヒロインが類稀なる直感を発揮してヒーローを助け出すんじゃないだろうか。残念ながら私の直感は怠慢により本日休業中らしい。ほんとうに、一ミリも、ぜんぜん、さっぱり分からない。
獣は優雅に欠伸をしたり、座りこんで尻尾を振ったりと、さきほどからなかなかイラっとくる仕草を見せつけてくれていた。完全に獅子になってしまってから今日で少なくとも4日経っている。その瞳からは知性が消えうせていた。頭の中身まで野生に帰るには十分な時間だったらしい。
「…陛下」
…反応なし。こちらに視線を向けることさえしない。やはり野生に戻ってしまったのか。
いや、ある意味それは幸せなことなのかもしれない。自我を保ったまま獅子として生きるよりも、それは幾分、楽な生き方だろう。望んだにせよ、そうでないにせよ。
しかし、いや、だめだ、わかる気がしない。目が慣れてきて、右の獅子の鼻が少し大きいとか、左の獅子の目が少し小さいとか、それくらいは分かるようになった。ただそれは隣の獅子と比較してであり、個体を識別するまでには至らない。まず大前提として、私は陛下の獅子の姿を思い起こせるほどまじまじ観察していない。ただべたべた触っていただけだ。つまり、原形が分からないまま間違い探しをしているようなものだ。なんだそれ限りなく不可能に近いじゃないか。
ああもう何かめんどくさくなってきた。適当に決めちゃおうかな。1/2で間違っても、必ず戦争に負けるってわけじゃないし、自我がないんだったら、まぁうん、獅子の姿ってかっこいいし、背中に乗せてくれるかもしれないし、もう二度とめんどくさい国政にかかわらなくてもいいし、私の家のお庭でひなたぼっこもできるし、みつあみもできるし。うん、なんか、いいんじゃない?獅子でも、いいんじゃない?あれ?むしろ獅子になった方がいいんじゃない?
だってそしたら、陛下はずっと―――。
「どうしたの?まさか分からないなんて言わないよね?」
…上手く脳を錯覚させようと思っていたのがばれたのか、魔道士がそんな事を言い出した。残念ながらそのまさかである。考えすぎて意図していない言葉が心の中に浮かぶ程度には追いつめられている。何だいったい。考え過ぎで、ついに頭がいかれたか。
しかし、わからないものはわからない。
見詰めすぎて段々訳が分からなくなってきた。国王陛下。どうしてあなたには明確な特徴がないんですか。例えば頬に傷があるとか耳がちょっと欠けてるとかそういう特徴があればこんなことにはならなかったんですよ。奇跡の美貌を持っていても、獅子になってしまえばわかりっこないんですよ。美しさが何だって言うんです。鬣が美しくてもちょっとそういう些細なことは全然分からないんですよ。
せっかく助けて差し上げることができると思ったのに。
せっかく、私にも何かできると思ったのに。
せっかく、あなたの役に立てると思ったのに。
ああなにか、なにか彼特有の特徴があれば――――。
「…………あ、なんだ」
あるじゃん。
皆さんは陛下の特徴お分かりですかね?わかって言いたくてうずうずしちゃった方は私にだけこっそり教えてくださいね




