戦闘訓練 エリシャVSセイル
座学の授業は事前に説明があった通り、魔族についてだった。
教壇に立ったラーニアは緋色の眼差しを俺たちに向け、淡々とした口調で説明を始めた。
現在、魔族というのは魔物を指す俗称として使われることが多いが、本来は魔王と魔人を指す言葉が魔族なのだそうだ。
魔物が魔族と一括りにされた理由は、魔王や魔人には魔物を束ねる力があった為だ。
その力を行使し、魔族は魔物を操り大陸中の住民を襲わせた。
魔族に操られていたとしても、襲われた者達からすれば魔物に襲われたという事実は変わらない。
いつの間にか人々の間では、魔族と魔物を一括りに考えるようになっていたそうだ。
そもそも魔王が大陸の人々を襲った理由はなんだったのか?
誰かがそんな質問をした。
これには様々な説があるが、最も有力なのは魔王はこの大陸の住民を滅ぼす為に邪神が生み出した存在であるという説だ。
実際、『魔王戦争』という十二人の英雄達が魔王を討伐するまでを描いた叙事詩の中でも、そのように語られている。
子供向けの絵本になっているくらいの有名な話なので、冒険者を志してこの学院に来るような者であれば、知っていて当然の知識だ。
質問した生徒も確認を兼ねてと言ったところだろう。
ただ、ここからラーニアが付け加えた話があった。
当初、これに異議を唱える者もいたが邪教徒扱いを恐れ次第にその数を減らしていったということだ。
全能神ユーピテルに連なる神を信仰する者が多いこの大陸の住民にとっては、邪教徒扱いになどされては百害有って一利なし。
こうして表向きの理由は定められたが、魔王がこの世界にいない以上は真相は闇の中というわけだ。
俺の師匠であるアイネも、この魔王戦争について軽く話をしてくれたことがあったが、彼女が魔王についてなんと言っていたかは記憶から抜け落ちていた。
なににせよ、魔王や魔人については確認できている事実が少ない。
わかっていることは、魔王は討伐されたということ。
魔人の生き残りがいるということ。
それぞれの魔人が特殊な力を持っているということ。
そして、何らかの理由で魔族が学院を狙っているということだ。
「魔人の強さがどの程度かってのは、わからないんだよな?」
一度説明を止めた真紅の髪の教官に、俺は質問をぶつけた。
その質問にラーニアは再び口を開いた。
そもそも魔王や魔人と実際に戦い生き残っている者が英雄と呼ばれる十二人しかいない。
そして、その十二人ですらも全ての魔人と戦っているわけではないらしい。
ただ言えることは、魔人の力も英雄と呼ばれる者達には劣るということだ。
ちなみにこれは学院長自身の言葉だとラーニアは付け足した。
相手の詳細に不明な点が多いのは不安要素のはずなのだが、多くの生徒達は学院長より力がないという点のみを重点に事を捉えていた。
勿論、気を引き締め厳しい顔を作る者もいたのだろうけど。
「じゃあ魔族についての説明はここまでよ。
次は魔物について、おさらいになる部分もあるけどそれはそれでしっかり耳に入れておきなさい」
魔族についての説明を終えたラーニアは、次に魔物についての説明を開始した。
まず、魔物辞典という教材を開けと指示された。
辞典と呼ばれることからわかるように、それは魔物についての膨大な知識が記された資料だ。
その資料を使い、ラーニアは魔物の長所や欠点などを説明していく。
ほとんどの話が、子鬼などの下級の魔物への対応策だった。
今のこの学年の実力では、精々役に立ってその程度までということだろう。
その証拠というわけではないが、中級以上の魔物と会った場合の対応として。
「死にたくないなら全力で逃げなさい。
勇気と無謀を履き違えるんじゃないわよ」
真面目な顔でラーニアは告げたのだった。
ちなみに、この魔物辞典に書かれた情報によると、バジリスクやコカトリスは中級の魔物でその中でも上位に位置するらしい。
ラフィとセイル二人の実力を考えると、生き残れたのが不思議なくらいだ。
もしかしたら、切り札を隠していたのかもしれない。
機会があれば聞いてみたいが、切り札であればやすやすと話せるものでもないだろう。
「何か質問はあるかしら」
この時間で伝えるべきことが終わったのか、我らが教官は俺たちの顔を見回したところで、授業終了を知らせる鐘が鳴った。
「じゃあ、これで授業は終わりよ。
次は戦闘訓練の授業だから、各自、休み時間の間に戦闘教練室まで移動しておきなさいね」
その言葉を皮切りに、それぞれが小休憩に入るのだった。
教室が一斉に騒がしくなっていく。
「マルス、もう移動する?」
尋ねてきたのはエリーだった。
短い小休憩だ。
遅刻を避けたいならさっさと移動してしまった方がいいだろう。
「そうだな、行くか」
「わかった」
俺とエリーが一緒に席を立つと。
「マルスさん、ラフィもご一緒します!」
とことことやってきたラフィが、俺の腕を取った。
ニコッと可愛らしい笑みを浮かべている。
「じゃあ、三人で行くか」
俺達は教室を出て、戦闘教練室に向かった。
授業が移動教室の際には、小休憩と行っても休んでいる暇はあまりなく、俺達が戦闘教練室に着いてから少しして授業開始の鐘が鳴った。
「今日の残りの授業は戦闘訓練をしてもらうわ。
この時間は対人戦を。
午後からは魔物との実戦を行なうわ」
そんな説明の後。
「いつもと同じく二人一組になりなさい」
俺達に指示を出した。
さて、俺は誰と組むか。
「……マルス、もし迷惑じゃなければ、私と組んでくれない?」
「マルスさん、ラフィと組みませんか?」
「マルス、オレと組まねえか?」
エリー、ラフィ、セイルの三人にほぼ同時に声を掛けられた。
「狼男、とりあえずあなたは自重しなさい」
「んだと? 戦いの苦手な兎女がマルスと組んで何ができんだ?」
早速二人が喧嘩腰の言い合いを始めた。
「私も、マルスに胸を貸してもらいたいな」
「そういえばエリシャさん、先程休日にマルスさんと訓練をするとか言ってましたよね?」
急に何を思い出したのか、ラフィがそんなことを口にした。
「そ、それが今何か関係あるの?」
うぐっ、と気後れしたように後ずさるエリー。
「マルスと訓練だと?
おいエリシャ、だったら今日はオレに譲れ!」
ここぞとばかりに狼男が口調を強めた。
「そ、それとこれとは関係ないよ!」
「関係ないことはありません。
抜け駆けして休日にマルスさんと約束を取り付けるなんて」
なんだか話が逸れてきた。
「あんた達、これは口喧嘩の授業じゃないのよ!
エリシャはセイルと組みなさい。
マルスはラフィと組んで双子と試合をしなさい。
これでいいわ」
このままでは埒が明かないと、呆れたラーニアが俺達のペアを勝手に決めてしまった
「え? マルスと戦うの?」
「うん、マルスと戦うみたい」
少し離れた位置にいた双子の闇森人、ルーフィとルーシィが反応を示した。
といっても、その表情は無表情だったが。
「それじゃ始めるわよ。
順番は適当でいいわ、やりたい者から始めなさい」
最初にこの闘技場の中心に向かったのは、エリーとセイルのペアだった。
先程まで言い争っていたとは思えないほどの順応性の高さだ。
見学者である俺達は壁際まで後退した。
「言っておくが、手加減はしねえぞ?」
「勿論だよ。
私も本気で行くから」
両者、手に持った魔石が光を放ち。
一瞬にして装備が整った。
蒼い衣装の上に白銀の軽鎧を纏う騎士が片手剣を構え、軽装の戦闘衣に身を包む狼男は、獲物の狩り時を狙うように体勢を低くし相手を見据えていた。
暫く硬直状態が続くのかと思われたが、先に駆け出したのはセイルはだった。
俊敏な動きでエリーに迫っていく。
だが、その動きは以前のように単調ではなかった。
身体を左右に振り動かしながら、相手を翻弄するように向かっていく。
これならば相手は左右どちらからの攻撃も警戒しなければならない。
そんな狼人に対し、白銀の騎士はその場を微動だにしなかった。
冷静に相手の動きを観察し、その俊敏な動きを追っている。
瞬きをする暇もないほど早く接近した狼人の鉄の爪が、エリーの左肩を襲った。
ギンッ!
鉄と鉄がブツかる音が響いた。
セイルの鉄の爪による突貫を、エリーの片手剣が防いでいた。
だが、それを好期とばかりもう片方の腕を振り上げる狼人。
振り下ろされた拳の先に、その強靭な爪を防ぐ武器は存在しない。
だがその攻撃もしっかりと見えているようで、エリーは攻撃の反動を利用してそのままバックステップで距離を取った。
そして油断なく直ぐに剣を構えるが、既にセイルは次の攻撃に移っていた。
疾風のような動きでエリーの背後に回ったのだ。
「喰らっとけ!」
セイルは軽鎧に覆われていない部分を目掛けて拳を振るい、致命傷にもなりうる一撃を迷うことなくお見舞いする。
目では追えていても、身体が付いていかなかったのだろう。
エリーはセイルの動きに反応しきれていなかった。
「っ――」
銀髪の少女の肉体が鉄の爪に引き裂かれる瞬間、狼人の攻撃は空を切っていた。
まるで背後に目が付いているかのように、エリーはその場にしゃがみ込むことで、セイルの攻撃を回避したのだ。
しかも、しゃがみ込みからの回し蹴りでセイルの足を払った。
バランスを崩し、地に腰を突くセイル。
その一撃は攻守を逆転させ、立ち上がったエリーは片手剣を振るった。
セイルの防具がその斬撃により切り裂かれようとした瞬間。
「――風よ!」
セイルの風の魔術により風圧が発生し、エリーの身体が軽く吹き飛ばされた。
下級の魔術だったので、ダメージはないようだが。
詠唱が短い分、一撃の威力は期待できなくとも、使い方によっては様々な役に立つ。
こういう使い方を見ると、下級魔術の応用力の高さを思い知るのだった。
再び距離が開く二人。
「おいエリシャ、テメーどういうつもりだ?」
「……どういうって、なんのこと?」
逡巡するようにエリーは答えた。
「なんのことじゃねえ!
テメェーはオレに切りかかる瞬間、迷ってやがっただろうが!」
「……」
どうやらさっきの攻防で、セイルはエリーに手加減されたと思ったようだ。
子鬼との実戦では奮闘してエリーだが、人が相手となると傷付けることへの迷いがあるのだろう。
「手加減のつもりか?」
「違うよ、そんなつもりない!
もし攻撃することに戸惑ったのだとしたら、それが今の私の実力だから」
「迷いだぁ? だったらこっから先は迷ってる余裕すら与えねえ!
――疾風よ、我が下で舞い踊れ」
セイルの足元に風が舞い、その風の風圧で加速した狼人が、一直線にエリーに突撃していく。
そんな高速の一撃に対し。
「――閃光よ!」
エリーは迷うことなく魔術を行使した。
光の魔術――放出された光速の閃光がセイルを襲う。
真っ向から迎え撃つのかと思ったが、狼人は足元の風圧を爆発させ跳躍すると、空中でエリーに向かい右手を向けた。
対抗するように白銀の騎士も魔術を行使する。
「裂き乱れる風の怒りを――」
「全てを貫く光の矢――」
ほぼ同時に詠唱を始める二人。
セイルは右手に風の渦を。
エリーは宙に光の矢を無数に形成していき。
「光矢!!」
先に魔術を完成させたのはエリーだった。
その叫びと共に光の矢を番えた弓が射られるように、無数の光が目標を狙い打つ。
「はっ――!!」
詠唱を終えたはずのセイルは、魔術を行使しようとはせず。
足元で舞い踊る風を再び爆発させ、急速に落下していく。
放たれた無数の矢は目標を見失い消滅した。
落下していくセイルの下には、エリーが立っている。
彼女からすれば、その場から離れるという選択が賢明のはず。
だが、エリーはその場で剣を構えた。
迎え撃とうとしているのだろうか?
「暴風」
詠唱を終えているセイルが、落下しながら魔術を行使した。
その名の通り暴れ狂うような激烈な風の刃がエリーを襲った。
まともに喰らえば身体中を八つ裂きにされるだろう苛烈な強風に対抗するように、エリーは魔術の詠唱を開始した。
「我に聖なる加護を与えよ――光陣の鎧!」
魔術の行使がなされた瞬間、光の障壁が白銀の騎士を包み込んだ。
それとほぼ同時に、吹き荒れる暴風がエリーを飲み込む。
魔術の到達から少し遅れ、セイルは地面に着地し巻き起こる暴風野中心を睨んだ。
その目に一切の油断はない。
「っ――!?」
そして、ここで油断をしていなかったのは正解だった。
暴風の壁を貫くように、片手剣を突き出し白銀の騎士は狼人を狩らんと突貫してきたのだ。
まともに喰らえばセイルの軽装を貫く豪快な突きだったが、狼人は身体を捻ることで鎧が切り裂かれるだけに止めたようだった。
その身体の捻りを利用し、セイルは拳を振り下ろした。
エリーは突き出した刃をそのまま薙ぐように振るった。
お互いの急所を切り裂く直前、エリーとセイルの手は、同時に止まっていたのだった。
「……引き分け……かな」
「ふんっ――」
引き分けという結果を受け入れたのか、お互いが武器を引いた。
「どっちもまあまあだったわよ」
戦いを傍観していた教官からも、感心の声が上がった。
その感心は教官だけではない。
観戦していた生徒も、二人の成長に驚いているようだった。
特に生徒達に関心を持たれたのはエリーだろう。
最早彼女を見て、落ちこぼれと蔑まれていた頃の『少年』を想起するものはいないはずだ。
「それじゃ、あんた達は見学してなさい。
ほら、時間を無駄にしてる暇はないわ。
さっさと次の試合を始めなさい」
急かすような口調の教官に従い、次々に試合が行われていった。




