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第6話:部活をしよう



「それで、“運命の友達”になったと・・・」


「あ、ああ」


 僕は今、昼休みに屋上で、深見に昨日の事についての説明をしていた。


 芸能科校舎に忍び込み、体育館倉庫で十朱に会い、勢いにまかせて告白、その後、“運命の友達”なるものになってしまったという事を。


「一つだけ言わせて貰っていいか?」


 深見はそう前置きをした。


 まあ、僕としても、客観的な意見というものは貴重だから欲しいと思っていた所だからなんの問題もない。


「ああ。言ってくれ」


 そう言うと、深見は、心底僕をバカにしたような顔で、


「お前バカだろ?」


 と、言った。


「なんで僕がバカなんだ?」


「そりゃそうだろ。何が運命の友達だ。アホか。お互いが両想いだって分かってんのに態々中途半端な関係に落ち着くお前の神経が分かんねえよ」


「それは―――」


「それは、なんだ?結局家庭のレベルにビビって逃げ出しただけじゃねえか」


「――――っっ」


 その言葉に、僕は口を閉ざす。


 それは確かに深見の言う通りだった。


 僕は結局逃げたのだ。誰でもない。自分自身に・・・。


「・・・それの何が悪い?」


「なに?」


「別に家柄のレベルにビビる事の何が悪い。だって相手は鏡正院だぞ?普通に考えて潰されるのがオチだ。仮にそんな事を気にせず、自分の思うがままに行動すれば必ず色んな人に迷惑をかける」


 そう。


 自分の思いのまま行動して成功するのなんてほんの一握りの幸運な奴らだけだ。


 僕は僕にそんな幸運があるだなんて思っちゃいない。


 その言葉を聞いた深見は、しばらく黙っていたが、小さく息を吐いた。


「ふう。まあ確かにその考えも間違っちゃいないのか?別に二度と会えない訳じゃなくて友達だからな。ならまだチャンスはあるのか・・・?」


 そして、なにやらブツブツと呟き始める。


 内容までは分からないが、何か碌でもない事を考えているのは間違いないだろう。


 そして、呟き終わったのか、深見は僕の肩をガシッと掴んだ。


 な、なんだ・・・?


 とてつもなく瞳がキラキラしているんだけど。


「今日さ、その十朱ちゃんと一緒に遊べ。友達だから何の問題もないだろうが」


 深見はいきなりそんな事を言ってきた。


 しかし、僕の答えは決まっている。


「無理だ。僕は今日用事がある」


「はあ!?お前またそうやって逃げるつもり―――」


「違う。僕は今日部活に行く」


「・・・は?部活?」


 僕のその言葉が意外だったのか、深見はポカンと口を開ける。


 深見のそんな顔は見た事がないから少し新鮮だ。


「お前は帰宅部の筈だろう!?」


「入るんだよ。今日から」


「何部に!?」


「――――バスケ部だ」


 というか僕が唯一人並み以上に出来るスポーツなんてバスケットしかない。アメリカでもやっていたから多少の自信はある。


「バスケ部ねえ。正直あの部活は止めといた方がいいと思うぞ?」


 深見がバツが悪そうにそう言ってきた。


「なんで?」


「あの部活はガラの悪い奴らの巣窟なんだよ。特に二、三年がな」


 うわ。それはまたマンガみたいだな。


 そしてその言葉を聞いて、僕は一気に行く気が失せた。


 ヤンキーを改心させて、一緒に全国を目指すなんて僕にはまず不可能だろう。


「というかお前なんでいきなり部活やろうと思ったんだ?」


 深見がそう尋ねる。


「そ、それは・・・」


 僕は思わず言葉が詰まる。


 理由は単純だ。


 十朱の横に並べる人間になりたかったからだ。


 今の僕では、彼女の横に立つには余りにも脆弱だ。夢を愚直に追いかける彼女に、少しでも追いつくためには、僕自身も何か夢を持とうと思った。


 それがバスケットだったってだけの事なのだが、それをわざわざ口にだして言うのは何か恥ずかしい。


 しかし、それを僕の表情を見て悟ったのか、深見はニヤニヤしながら僕を見る。


「な、なんだよ・・・」


「いやー。お前も男だなって思ってな」


 くそ。


 こいつはなんで僕の感情が分かるんだ。


 そんな事を思いながら、残りの昼休みの時間を適当に過ごした。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 放課後、僕はバスケ部の見学にやって来た。


 バスケ部は、第二体育館で練習をやっているそうで、部員数は全部で二十人と、思っていたよりも多い。


「にしても、誰もいないな・・・」


 僕は辺りを見渡しながらそう呟く。


 体育館には誰もいない。


 仕方ないので一人で練習しようと、体育館倉庫に入ると、そこには微かなタバコの匂いがした。


 それに、バスケットボールは随分と磨かれていないのか、ボロボロである。


 どうやら深見の言う通りバスケ部はヤンキーの溜まり場だというのは本当のようだ。


「はあ、喧嘩とか売られなきゃいいが・・・」


 そう呟きながら僕はボールを一つ持つと、倉庫から出る。


 そして、準備運動も兼ねて軽くドリブルしてみる。


 ボールが床に当たる独特の心地いい音が響き、僕の神経を研ぎ澄ませていく。この音が僕がバスケを始めた理由だ。


「・・・まずは準備運動がてら走ってくるか」


 そう思い、ボールを体育館の隅に置き、体育館の中を走り始める。


 最初はゆっくりと、そして徐々にある程度速度を上げていく。


「はっ、はっ、はっ」


 リズム良く呼吸をしながら走るのは気持ち良い。


 といっても毎朝十キロ近く走っているので、この程度は大した事ではないのだが。


 三十分程走り、今度は基礎的な動きの練習をしていく。


 それが終わったらボールを持っての練習に入っていく。


 と言っても一人しかいないので、やれるのは限られていく。僕はフィジカル的に強いとは言えないので、もっぱらシュート練習がメインになっていく。


 3Pラインから、連続でシュートを打っていく。


 最初の十本を全部入れると、今度はハーフラインから、ドリブルしながら、時折フェイクを混ぜてシュートをする。


 それを全部で三十本繰り返す。


「はあ、はあ。30本中22本か・・・。ノーマークだったら昔は外さなかったんだけどなあ」


 自分の技量の低下に、思わず愚痴る。


 まあ、バスケは高校に入ってからほとんどやっていなかった。休日にやっていただけで、それ以外はランニングやマラソンばかりだ。


 それも仕方のない事だと思い、僕は再び練習に入っていこうとした。


 だけど、体育館の入り口に人の気配を感じたので、そこに視線を向けると、そこには一人の女子生徒が立っていた。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 バスケ部二年生マネージャーの乃川梨央は、憂鬱な気分で、第二体育館へと向かっていた。


 その理由は一つ。


 バスケ部の現状にあった。


「はあ、このままじゃバスケ部廃部しちゃうじゃない」


 そう呟くが、それに反応する人はいない。


 それに今日は、一年生マネージャーの井上真紀が家の用事で来ないというのも、梨央のローテンションに拍車をかけていた。


 憂鬱の気分のまま歩いていたら、あっという間に第二体育館に着いた。


「といっても部員なんて誰も来ないからなあ・・・」


 思わずそう呟く。


 そんなバスケ部に梨央が未だにマネージャーとして席を置いている理由は、単純にバスケットが好きだったからだ。


 梨央がバスケットに興味を持ったのは中学一年の時、初恋の人がバスケ部に入っていたからだ。


 その人に少しでも近づきたくて、梨央は一生懸命バスケの事を勉強した。ルールはもちろん、プロの選手の特徴などに至るまで、徹底的に。


 そんな、半ば行き過ぎた事をしている内に、梨央自身もバスケの魅力に嵌って行った。その初恋の人には告白は出来なかったが。


 そして、高校になり、バスケ部のマネージャーになったが、部員はガラの悪い男子生徒の巣窟になり、入部してくれた一年生も、その九割はガラの悪い上級生の後輩で、練習なんて一回も来ない。


「はあ。止めようかな。マネージャー・・・」


 泣きそうになりながら、梨央は思わずそう呟く。


 その時、体育館の中から、ドリブルの音が聞こえてきた。


 一瞬、部員が遊んでいるのか?と思ったが、バッシュのキュッキュッという音も聞こえるので違うと確信出来た。


 自分が知っている部員で、この体育館を使って尚且つバッシュを持っている人など一人もいないからだ。


「もしかして・・・新入部員っ!?」


 その答えに行きついた梨央は、嬉しくなり、勢いよく体育館の扉を開けた。


 そして、その体育館の中にいたのは、自分のクラスにいる、目立たない地味なクラスメイト。


「瀬亜?」


 そこにいたのは、クラスの女子から、「顔だけは良い」という評価を貰っている、瀬亜翔太だった。


「・・・あいつ何でこんな所に?」


 梨央は、入部希望者だと思った自分がバカだったと、自分の愚かさを恨んだ。


「あの瀬亜がバスケなんて出来る訳ないし・・・」


 瀬亜翔太という人間は、勉強や運動など、全てにおいて平均より下に位置している男子生徒だった。


 友達の女子が言う通り、顔だけは良いが、所詮はそれだけの男。


 それに瀬亜は、梨央が暮らすで一番嫌いな男子だった。


 いつもボンヤリしていて、誰とも話さず、空気みたいに生活している。そのクセその瞳には、他者を見下したような輝きがあった。


 そんな大嫌いな瀬亜が、バスケットなんてやる筈がない。


 期待していたのに裏切られた感が合わさり、半ば八つ当たり気味に梨央は瀬亜に叫ぼうとした。「ここから出でけ!」と。


 しかし、それは直ぐに改めさせられる。


 瀬亜のプレイを見て。


「・・・・・・キレイ」


 それは、瀬亜のシュートフォームだった。


 思わず「キレイ」と言ってしまうほど洗練されたそれは、梨央には一つの芸術品のように映った。


 大げさな表現だが、梨央は少なくとも、あんなキレイなシュートフォームをしている選手を見た事は無かった。


 そして、そのフォームから放たれる3Pシュートは、美しい弧を描き、リングの中に吸い込まれていく。


 そのシュートを十本打って、十本とも決めたのだ。瀬亜は。


「なんてシュート精度・・・」


 この時点で、瀬亜の実力は県大会レベルを大きく逸脱している。


 そして瀬亜は今度はハーフラインまで下がり、そこからドリブルをつきはじめた。様々なドリブルを組み合わせながら、瀬亜は再び3Pを打つ。


「な、なんてスピード・・・」


 梨央はその速度に、驚愕する。


「あんな早い選手、見た事ない・・・」


 そして、それから放たれるシュートは30本中22本。これもかなりのシュート精度だ。しかし―――。


「はあ、はあ。30本中22本か・・・。ノーマークだったら昔は外さなかったんだけどなあ」


 と、瀬亜本人はそう呟き、それも梨央を驚かせる。


「これは・・・もしかして凄い逸材なの?」


 そう呟いた時、瀬亜が梨央の方に顔を向けた。


 汗が滴り、肩で息をする、その姿を見た時、梨央の心臓が少しだけ高く鳴った。


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