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2.白飯はいかに素晴らしいか




 白飯課長に頼まれていた書類を渡し、私は席に戻る。

 まだ午前だから仕事の疲れは溜まっていないものの、眠気覚ましにおやつのチョコレートを一粒口に含んだ。学生時代、チョコレート一粒分が頭を働かせるには最適だ、という情報を耳にして以来、こうして毎朝食べるようになったことが現在まで習慣化されてしまった。

 口の中でチョコレートを溶かしながら、こっそり白飯課長へと視線をやる。そこには、春色のグロスをつけたナポリタンさんが白飯課長に質問している姿があった。

 私の在籍している課は、大所帯ではない。大きな物を使わないこともあって、部屋は教室一つ分より少し大きいくらい。四面の内一面にだけ窓があって、そのすぐ傍が課長席、他社員は二つの島に分かれて席が配置されている。一つの島の一席が私の机で、白飯課長の席からは少し離れているけれど、前方斜めに直線をひく場所が課長席だから、彼の様子は何気なく見ることができる。ゆえに、この席はとてもお気に入り。

 ナポリタンさんは巻いた髪を軽く一つにまとめているから、「はい」と頷く度に軽く揺れる。お洒落なひとで、白飯課長を狙っているだとか、飲み会では男性社員に媚びを売るいう噂もある。けれど、彼女は仕事ができるし公私も分けているから、別にナポリタンさんが誰を狙っていようと媚びを売ろうと、それは彼女の勝手だと私は思う。彼女が誰かの恋人をとったのなら少々嫌悪感を抱くけれども、そうではないのなら知っちゃこっちゃない。

 ただ――。

 視線の先では、白飯課長がナポリタンさんと笑い合っている。その姿に、チリッと胸が焦げるような痛みが走った。

(今は、仕事中)

 自分を諌めるように、心の中で唱えて目を瞑る。気持ちを鎮めるように深呼吸した。

 ……私は、白飯課長に憧れている。その感情を抱いた出来事きっかけはこれといってないが、同じ課にいれば彼の人柄を知ることはできるし、やっぱり器の大きなひとだと認識する機会は幾度もあった。頼れるひと。カリスマ性なのか、人を惹きつける魅力のあるひと。気がつけば、尊敬は敬愛に変わっていたように思う。

 白飯課長は、課にとってなくてはならない存在。唐揚げ弁当でも同じように。

 私は漬物だから、できれば脇役にちょこん、と記憶の片隅にでも置いてもらえたら嬉しい。別に、卑屈になっているわけではなくて。むしろ、白飯課長は私にとって輝かんばかりのひとで、手が届かない。彼の部下として下にいるのは心地がいい他方、隣に並ぶのは気後れしてしまうのだ。

 だからこそ、傍観を決め込む。彼が今、恋をしているかはわからないけれど、彼がもし恋をしていたら、また彼に恋をしている女の子がいたら、応援したい。「彼の恋人なのだから、きっと素敵なひと」だなんてことにはこだわらない。見目麗しい女の子ならば美男美女のとり合わせで目の保養になるし、突出したなにかのない女の子だとしても、それはそれで微笑ましい二人になるだろう。それはシンデレラストーリーのようで、私にとってはとてもおいしい展開。彼にとって素敵で特別な女の子ならば、それでいい。

 そう思う私の気持ちは、やっぱり恋ではなく憧れなのだと思う。まるで神様が監督をしている舞台やドラマを観ているかのようで、眺めているのは楽しいのだ。

 コト、と机に硬い何かが置かれる音がして、目を開ける。そこには、あたたかい紅茶が淹れられたカップがあった。

 それを置いたであろう人の気配へと顔を向けると、優しく微笑した唐揚げくんがそこにいた。

「ありがとう」と言えば、「どういたしまして」とさらに目を細め、彼は踵を返して席へと戻って行った。細かい気遣いのできるひとだ。私は感心した。


 それから時が経ち、気づけば昼休憩を告げるチャイムが鳴る。

 春色グロスのナポリタンさんと、彼女の友人兼同僚の香水かおるガーリックパスタさんが、早々と白飯課長を食事ランチに誘っているのを視界の端で捉えた。が、白飯課長は「持ってきているから、ごめんね」とコンビニ袋を掲げて苦笑をこぼす。

「そうですか、残念」「じゃあ、また今度お願いします」と身を引く彼女たちは潔いなぁ、と私は好感を持った。がんばれ、ナポリタンさん、ガーリックパスタさん。ミーハーな気持ちなのか本命かはわからないが、社交的な二人は課の花だ。枯れられては困る。

 そうして結局、いつものメンバーが課に残った。私、白飯課長、キャベツさん、唐揚げくんの計四名。各自、各々の席で静かな食事をとる。

 私は節約レシピの手製弁当が多く、お金に余裕がある時だけ自分にご褒美として食事のために外へ出たり、お弁当屋さんでお弁当を買う。で、今日は……節約弁当だったりする。もやしおいしいよもやし……。

 一方、大和撫子キャベツさんはというと、配色と栄養がちゃんと考えられているだろう手製弁当である。なに、この女子力の差。卵焼きがきれいな色でしっかり巻かれていたり、ご飯は私のように詰めただけではなく、ふりかけおにぎりだったり、肉じゃがが入っていたりと、それはそれは「売ってくれ!」と言いたくなる内容。

 さて、独身男性陣はといえば――白飯課長はコンビニおにぎりとサラダ、唐揚げくんは会社近くのパン屋のサンドウィッチ含めたパン。

 もう二人とも、キャベツさんに栄養管理されたらいいと思う、なんて考えながら、私はもくもくと箸を進める。


 それぞれの食事が終わった頃だった。

 お弁当箱を片付けていると、キャベツさんが立ち上がる。手にはかわいらしい手提げカバン。さりげなくブランドもの。こういったキャベツさんのさりげなさに、私は女子力の高さを感じる。高級ブランドではなく、手に届く値段のお洒落女子の間で有名なブランド小物。勤務カバンは機能性重視なのに、持っている小物は洒落ている。

 そんなこんなで、彼女は課にいるメンバーに手提げの中のなにかを配り始めた。

 白飯課長に渡した後、キャベツさんが私のもとへやってくる。

 にこり、とはにかんで笑いながら、彼女が手渡してくれたのは、ラッピングされたマフィンだった。

「ありがとうございます。キャベツさんが作ったんですか?」

 首を傾げると、「はい」と彼女は頬を染める。

「作りすぎちゃって……。よかったら食べてください」

 そう言って、唐揚げくんの席へと去っていった。

(うわぁ……おいしそう。有料でも買うわ)

 食べるのももったいない出来のマフィン。改めてキャベツさんの女子力の高さを思い知らされる。

 そして再度キャベツさんへと視線を向け、私は気づいた。

 唐揚げくんの手にマフィンがある、ということは、既に渡したということだろう。「ありがとう」「いえ、そんな」というやりとりが聞こえてくる中、気になったのは、恥らうキャベツさんの顔が真っ赤であること。これは――。

(キャベツさん、もしかしなくとも唐揚げくんのこと……)

 うわーうわー気づいちゃった、と心内で騒ぎながら、頬の緩みが抑えられない。

 これだから傍観はやめられないのだ。そんじょそこらのドラマなんかより、よっぽどおもしろい。どう展開していくのかが読めないから。自分が関係のない場所にいて眺めていられるからこその楽しさだ。二人には悪いけれども。

 唐揚げくんは人好きのする笑みを浮かべているから、彼がキャベツさんをどう想っているのかは読めなかった。普段クールな印象の彼が笑んでいるから、嫌いではないだろう。

 ふふ、と口元を手で覆って、私は口角を上げる。

 ――とりあえず、キャベツさんと唐揚げくんの今後に要注目だ。




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