【閑話】それぞれの思想
続けて最終戦はちょっと芸がないので、さらっと閑話挟んじゃいます。
ツバキ10連確保ぉぉぉぉぉぉぉ!!
「イベント状況はどうだ」
「アルテマ・オンラインが始まって初めてのイベントですから、盛り上がってますよー!」
「中堅の古参勢、新規プレイヤーも多く参加してます、上々の出だしじゃないでしょうか!」
「よし、そのまま続行だ」
プレイヤーだけに留まらず、開発部も大きく賑わっていた。
実装前は何か起こるのではないかと胃がキリキリしていた主任も今は頬が緩みうんうんと首を振る。
概ね順調な滑り出し、想定外の事態も発生しておらずこれこそがゲーム運営の正しき姿、かくあるべしなのだ。
「とは言え、やっぱりユニーク持ちとの格差は大きいっすね。一部からはスキル獲得条件の開示嘆願やらが届いてますし」
「ふむ…難しいだろうな」
自分達だけであれば、随時開示も在り得ただろうが、アルテマは決して良しとしないだろう。均衡を維持する彼女だが、ユニークに関してだけは妥協を一切しない。
公平であり平等であっても、クロノス・オンラインからその基盤だけは変わりはしない。
「人間の選択、その尊重と得られる成果、だったか」
「時々彼女が本当にAIなのか疑わしくなりますよ」
今も演算の為に姿を消す総括AIの姿を思い浮かべながら、温くなったコーヒーカップを口に近付け…掛けられた声に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「主任、アズマのクエスト進行についてはどうします?到達プレイヤーが数人しかいない筈なのに一章終盤に近付いてるんですけど」
「……思い出させるな、頭が痛い」
そう言えばそんな事もあったな。
つい数日前の記憶なのに、頭の中に残っていなかったのは現実逃避故か。
「内乱クエスト、本来なら100人規模の大人数で挑まなければ攻略が難しいだろうが…クエスト発生を握っているのがあの男だからなぁ……」
「何かやらかすに、俺は今月の給料を掛けても良いっすよ」
「移動船は実装しましたけど、諸々計算しても第一陣のアズマ到達はギリギリになるかと思います」
「いっその事、ロック掛けておきますか?」
「対応が遅すぎた。仕方ない、続行させておこう。流石の首狩道化もレベル1の状態でレベル90台の鬼人族集団が相手では手こずる筈だ、多分、きっと、もしかしたら」
大いに願望が入り混じった主任の言葉に、他のメンバーはガクリと体を揺らす。
「ああ、それと……何か、王国で道化のファングッズが横行してますけど」
「知るかッ!!」
最後に絶叫を響かせながら、彼らの仕事は続いていく。
今日も今日とてデスマーチである。
☆
「今回のアタリを引いたのはアンタだったか、姫さん」
「ええ、はい。そりゃあもう最高の時間でしたとも」
二人のプレイヤーが向き合うように座る。
此処はアルトメルンの街、スラム街に置かれた人通りの少ない酒場。少女は兎の人形を優しく撫でつけながら恍惚とした表情で語る。
「全く、おじさんもツイてないな。こんな事なら観戦側に回るべきだった」
「そう言いつつ、凄い楽しそうな顔してますね」
「主目的じゃ無くても、その存在に近付けるのなら外れくじでも嬉しくなるもんだよ」
「あー、抜け駆けですか?会長さんがまた怒りますよ、お前等だけズルい!!って」
「そっくりそのまま姫さんに返すよ。おじさんはおじさんで、姫さんは姫さんで行動した。そして成果を得た、そうだろ?それに会長は戦国アズマ行きの準備で最近はてんやわんやしてるからね、バレないさ」
コトリと、中年は手に持っていたグラスをテーブルに置く。
流れる仕草で腰の剣に手を添えて、想いを馳せるように顔を緩める。
「スキルチケット狙いのつまらないイベントが、まさかこんな大物を釣り上げるなんて…本当にゲームは面白いな」
最初はこんなつもりではなかったが、今回の運勢はどうやら自分達に味方したらしい。
「戦ってみたいねぇ、試合後にエキシビションマッチとか開催されないか」
「ないでしょ、そもそもあの人が参加すると思います?」
「ノーだな、興味すら抱かれていない状態だとよ」
「と、言いますと」
「優勝を狙う」
「あはっ、勝てる気で居るんですか。あの人の仲間に」
小馬鹿にしてケタケタ笑う少女を前に、中年は曖昧に笑って頷く。その目には確かに、戦いに勝とうとする者の獣に似た好戦的な光が見える。
「集団戦ならまず不可能、とは言え今回相手は一人。だったらおじさんにも幾らか勝ちの目はあると思うがね」
「ユニーク出しちゃうんですか~?秘匿してるんでしょ?」
「お相手さんも随分と不思議装備を持ってるしなぁ。それに、
全力を出さずに目を引けるとは思ってないから」
「まるで恋する乙女みたいな事言いますね~」
「こんな良い歳食ったおっさんが年甲斐もなくはしゃいじゃ駄目かい?」
「いいえ、それを言ったら私達みんなそうじゃないですか」
一見すれば和やかな会話。だがどうしてか、その言葉一つ一つに粘性を感じてしまう。
「世界観に惹かれた訳でも無く、ゲームシステムに惹かれた訳でも無い。たった一人のプレイヤー、それに魅入られた亡者みたいなのが私達ですもん」
「違いねえや」
幼い子供のような無邪気な顔で男はそう言う。
それに少女は「ですよね~」と返しながら、赤い液体が注がれたグラスを呷り、思い出したかのようにもう一度口を開く。
「そうだ。クリスマスの動画、後で共有してくれません?アレ、何処を探しても見つからないんですよ」
「ああ、良いよ良いよ。サイトに出されたヤツも転載されたヤツも直ぐ消えちゃうからな。おじさんは全部保存してるけど」
「それ会長さんに売り込んでみては?リアルマネー出して買ってくれますよ」
「別に金儲けの為に保存してる訳じゃないからねぇ」
クリスマス、聖夜の夜に起きた惨劇。
遠くから撮影された録画映像でも、彼らの脳裏に今も浮かぶ悪魔のような笑み。
関わった事すら、会った事すらも無い筈なのに自身の奥底を熱狂させる程の存在。
「それじゃあ……─────行きましょうか」
「そのロールプレイずっと続ける気ですか?似合いませんよ」
「最初にも言いましたけど、姫さんに言われたくはないですね。何時もの間延びした口調はどこ行ったんですか」
「あっちの方が猫被ってますし、折角推しと逢えるんですから可愛い子ぶりたいでしょ」
「僕の方こそ、紳士ぶりたいんですよ。良い歳ですので」
ボロボロの扉を力強く押し開け、外に出る。
アルトメルン最強決定戦、最後の戦いが後数刻で始まろうとしていた。




