開演
お待たせ、死神動きます。
「これで…アナタの腕は元に戻ったはずです」
「感謝するオフェリア」
聖都に聳える六聖教会の聖堂にて邂逅する二人の少女。王国アルファシアの精霊騎士ミカエルと、聖女オフェリアの姿。
純白の法衣は光の神フレイの象徴。
その中でもオフェリアは聖女の位を頂く高位の白魔術師である。
欠損すら癒す魔術と神の奇跡とすら呼ばれる『蘇生の秘術』の使い手の彼女は、今すぐにでも死地に赴くだろうミカエルを心配そうに見る。
聖女としての責務を終わらせ、今日は彼女の治癒を行う日だった。だが、それは死にに行くも同然の友を見送る日でもあったからだ。
自身の神からの宣託は訪れない。
故に彼女をこの場に留める事すら出来ない。
「ミカエル…」
「心配そうな顔をしないでくれオフェリア。
何も死にに行く訳ではない、私には精霊武装も残っているのだから」
精霊術。
王国に伝わる使役術により精霊を従え力とする者達。彼女はその中でも精霊を武器として顕現させることが出来る稀有な存在。
王国を守護する精霊騎士に選ばれたのも、元を辿ればこの力があったから。
国王や姫、市民たちに愛され尊敬される彼女はそれが誇りであり鎖でもあった。
それもこれまでだろう。
オフェリアには強がりを言ったが、ミカエル自身もしあの怪物と戦えば自分は死ぬだろうと漠然と理解していた。
常識外れの力だ。
並み居る兵を紙を裂くように両断する大鎌と、自分の腕を両断した黒い閃光。
この国で接した異邦人を見たからこそ分かる。
あれは、異質なモノだと本能が告げている。
それでも進まねばならない、戦わねばならない。
自分を信じる人たちを護る為に再びあの戦場に立たなければならない。
・・・・怖い。
怖い。
怖い。
怖い怖い怖い。
死を目の前にすれば誰しもがその身を震わせる。
それが例え強力な力を持ち、力の象徴と持て囃されていようとミカエルは…ただの少女だ。
「ミカエル…?」
「ッ…いや、なんでもない」
迫る死への恐怖を心で押し殺し、どうにか声を振り絞る。今日…この日程、恐怖を示した日はない。
「…それでは、私は行く」
「ご武運を祈っていますよ…生きて帰ってください」
これが聖女として言えるせめてもの激励だった。
不安そうに見つめるオフェリアにミカエルは笑って答えようとした。
・・・その時だ。
『王国アルファシアと異邦人『ペイルライダー』の戦争が開始されました』
「なんだと!?」
「どういうことですか!?」
世界の声が、告げる。
冷淡に…無機質に世界に告げる。
その名を聞いたミカエルは即座に理解した…自分が、間に合わなかった事を。
彼女の心情など気にも留めず、王国と異邦人の戦争が淡々と始まったのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
王国アルファシア 王都エルヘブン
一人の女が街を歩く。
鼻歌を風に乗せ長身の白い女が、まるで街の観光でもしているかのように練り歩く。
『死の舞踏』
彼女が愛するクラシック。
始まりは朝の暖かな日差しの様に…美しくも物悲しく、力強い旋律。
協調的不協和音。ヴァイオリンの調べ、シロフォンは骨のリズム、雄大な金管楽器を頭の中でかき鳴らし、今から始まるゲームの序曲を奏でるように。
奇異の目に晒されながらも何も気にせず歩く。
「それじゃあ、派手にやっちゃいましょうか!」
噴水の見える大通り。
多くのNPCが行き交い、子供たちが笑いながら遊ぶ穏やかな風景の中で彼女は中央に躍り出る。
大道芸人にしては美しい、神官服を着た女性の姿に周囲の目が集まる。
…そしてそれが異邦人であると理解するやあちこちから悲鳴が上がる。
足早に逃げる群衆。
子供が転び、その上を大の大人達が次々踏みつけて走る異様な景色。
彼らは既に理解しているのだ。
この場にいる異邦人が一体何者なのか。
外壁前で行われた凄惨な殺戮を知っている。
だから逃げる。
死から少しでも遠ざかる為に。
「お姉さんから逃げちゃダメよぉ…『断裁』」
最もこの女がそれを許すとは思えないが。
アイテムボックスから自身の得物を取り出したペイルライダーは、力任せに斧を振るう。
黒い斬閃が飛ぶ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
「助けてぇ!」
胴体が二つに割れるNPCの群れ。
『処刑人』は彼女が持つユニークスキルの一つ。
NPCの大量殺害と英雄殺しにより取得した…NPC殺しが持つ正真正銘カルマ値急上昇の最悪なスキル。
光の彼女も思わず瞠目した程のそれは、NPCに対して大幅な殺害補正が入る。
「あはっ!」
散り散りに逃げるNPC達に向け、駆ける。
すれ違い様に斧で斬殺、時にはその質量で圧殺しただただ笑いながら狩る。
「お母さんを虐めないで!」
「あら、凄い健気!」
子供が母親に駆けよるが、そんな事をすればこの女の餌食となるだろう。
死とは余りにも公平だ。
誰しも平等に誘い、その命を刈る。
「でもごめんね…メメントモリメメントモリ」
メメントモリはそんな万能の言葉じゃねえよ。
古代ローマに謝れ、バカ野郎。
身を挺して親を護る子供の首をせめて苦しまないようにと刈り取り、母親を両断。
地獄絵図とはまさにこれ…誰もが生を望み、生きる中で生まれた異端。
死とは確かに平等だが、こんな易々と奪われたら月の女神も堪ったもんじゃない。
「劇の最初は華やかに…そして盛大に!」
まるでこの場を舞台とでも言うかの様な物言い。
逃げ惑う群衆の悲鳴はさながら幕開けの拍手のよう。エキストラたる彼らに慈悲などない。
「さあ、二幕を上げるまでに全力で楽しまないと!」
蠱惑的に笑いながら彼女はゆっくりと王城へ歩を進める。
ゲームという一つの舞台を盛り上げる為に…死神が動いた。
さあやって参りましたシリアスパート。
正直ね、やり過ぎたかなぁってちょっとは思ったんだけどさ。
ここまで読んでくれてる親愛なる読者達ならもう私の癖も理解してるかなと。
赤牛キメて過去一テンションブチ上がったとだけ言っておく。
死神編書いてる間ずっと死の舞踏流してて頭おかしくなりそうになった。
ここから我らが首領はどう動くのか。




