004 約束
護衛をしてくれていた時のベネディッドを思い出せば、確かにヴェルナーと重なることが多い気がした。ルゥナは今までの二人の言動を思い返してみたが、今日の出来事も相まって頭の中は混乱状態に陥った。
ロンバルトまでの道中は、どちらも偽物王子と偽物王女で、お互い騙し合っていたのだから。
「アレクシア? 驚かせてすまない。今日は本当に色々な君の顔が見られて楽しいな」
ベネディッドは楽しそうに微笑み、椅子の上に置かれていたストールをルゥナの肩に掛けてくれた。こんな笑顔で対応してくれるのは、城へ来てから。でも、その前までは別人だったのだから……と考えてみるが、まだ脳内での整理がつかなかった。
「あ、ありがとうございます」
「今日は申し訳なかったな。沢山怖い思いをさせた。ただ、ヴェルナーの事は許してやってくれ。身代わりになったのも私の為。そして、王妃にあれ程憎しみを向けるのにも理由がある」
「理由ですか……?」
「一人、使用人を失ったと言っただろう? あれは、ヴェルナーの幼馴染みなのだ。その彼はコックでね。ヴェルナーと共に私の元へ来たのだが、あのような事になってしまって……」
「…………」
ルゥナは王妃の笑顔を思い出し、怖くて言葉を失った。だからヴェルナーは王妃を憎んでいるのだ。
「ヴェルナーに言われたのだ。王妃を糾弾するつもりがないのなら、アレクシアとの婚約を破棄しろって。そうだよな。私は構わないのだが、アレクシアは王妃が義理の母親になるなんて、辛過ぎるよな」
悲しそうなベネディッドの笑顔を見たら、頭の中でぐるぐると巡っていた疑問など、どうでも良くなってしまった。
偽物だったとか、毒でどうのとか、噂が何だとか、そんなことを考えてもベネディッドのことは分からない。
今、目の前で思い悩む優しい青年がベネディッドなのだと、ルゥナの中で吹っ切れた気がした。
「……ベネディッド様は、辛くないのですか?」
「辛くないと言ったら嘘になるが、王妃を糾弾すれば、父も兄も立場を悪くさせる。私が一番迷惑をかけたくない人達に、迷惑をかけることになるのだよ」
ベネディッドの父も兄も、ベネディッドが苦しむことは望んでいないだろうに。何故ひとりで抱えこもうとしているのか、ルゥナは疑問に思った。
「迷惑……。本当に迷惑なのでしょうか? ベネディッド様が今尚苦しんでいることを隠していることの方が、迷惑なのではありませんか? 王妃がもしベネディッド様の暗殺に成功したら、悲しむ人が沢山いるでしょう。それは陛下もジェラルド様もだと存じます。そして、明るみになるかは分かりませんが、王妃は義理の息子を殺したという罪を背負うのです。ベネディッド様はそれで良いのですか? それは、王妃を見捨てることになるのではないですか?」
「見捨てること?」
「私は、人は助け合って生きていくものだと、両親に教わりました。困っている人には手を差し伸べ、人を貶める人には、それが悪である事を伝えるべきだと。王妃は自身でされている事が悪いことだと分かってらっしゃいます。私に自分を恐れろと仰っていましたから。王妃を助けたいのなら、止めてあげるべきだと存じます」
「助けたいのなら……か。そうかもしれないな。私は、母の遺言を盾に、王妃から目を背けていたのかもしれない。大切にして傷つけないように、触れず、知ることをせず、逃げていたのかもしれない」
ベネディッドは湖へと視線を落とし、そっと瞳を閉じた。自らの行動を思い返している様だ。その横顔は微笑んでいるように見える。
この人は、誰を傷つけるようなこともしたくない人なのかもしれない。辛くてもいつも笑顔でいる彼の気持ちを考えずに、言い過ぎてしまったとルゥナは胸が痛んだ。
「あの。ベネディッド様を否定したかったのではありません。ただ、優しさの使い方が優し過ぎるので、それでは自分も苦しくて、周りの方々も苦しくなってしまうだけだと思いまして」
「ああ。ありがとう。アレクシア。兄に相談してみるよ。それと……婚約破棄の件なのだが、やっぱり諦めてくれないか?」
「へ? そ、それはできません」
「えー。そんなに即決で否定されるのは寂しいものだな。やはり、ヴェルナーの様なタイプの方が良いのか?」
柵に項垂れたベネディッドは、ルゥナの想定外の質問を投げかけた。
「はい?」
「ロンバルトまでの道中、ベネディッド王子とアレクシアはとても良い雰囲気だったと兵から聞いた。アレクシアの大好きなユーリにも似てるしな。……違うのか?」
「それは違いますっ。私は……男性が苦手で、お優しくて誠実な魔導師の方が……」
返答に窮するルゥナは、アレクシアが話してくれた想い人の事を説明するが、これ以上の情報を知らず言葉を詰まらせた。
「へぇー。叔父上みたいな?」
「ち、違いますっ。誠実そうに見えません!」
「はははっ。確かに、叔父上は口が軽い。ならばやはり私が一番良いではないか。剣はまあまあ得意だが、魔法の方が得意だし。優しさの使い方が優し過ぎるくらい優しいのだろう?」
「それは……。私は誠実な方が――」
「よし。また速攻で拒否しようとしたな。ならば、一度引く」
「引く?」
「押して駄目なら引いた方がよいのだ。アレクシア。共に王妃の策略を阻止しよう。その後、また君に問うよ。私との婚約を破棄したいのか。――選ぶのは君だ。私はそれに従う。約束だ」
王妃と向き合う覚悟を決めたベネディッド。
それはルゥナを――ではなく、アレクシアをこの国へ迎え入れるが為の準備の一つでもあるのかもしれない。
「はい。約束します」




