005 時は有限
部屋に戻り、すぐにスーザンに記録昌石の映像を見せた。今日集めた三つ同時に並べて再生させた。
スーザンは驚いていた、というより引いていたが、不貞に当たるかと言えば微妙だと言っていた。確かに、抱き合ってもいないし、口づけもしていない。
しかし、そんな事を目の前でされたらぶん殴ってしまうかもしれない。ユーリだったら剣を抜くかも。
アレクシアに今日の成果を手帳で報告すると、とても喜んでくれた。
『流石ルゥナです。貴女を頼って正解でした。引き続きよろしくお願いします。また、こちらは国王の周りの動きありませんが、一応、ご用心ください』
『承知いたしました。アレクシア様もお気をつけください』
◇◇
朝目覚めると部屋には既にユーリがいて、バルコニーの前で悶々としていた。ルゥナの起床に気が付くと、神妙な面持ちで近付いてきた。
「アレクシア様、おはようございます」
「おはようございます。どうかしましたか?」
「謎なのです」
「へ?」
「ベネディッド様、朝は剣の稽古をされている様なのですが、凄かったんです」
「またぐうたらしていたのね。記録昌石は使ったの?」
「違うのです。ドラゴンを倒せそうなほど強くて……。記録は忘れていました」
昨日の様子を思い出すと全くピンと来ない。
「そう。やっぱり、魔剣を持つと人格が変わるのかしら?」
「どうでしょうか」
ユーリは頭を抱えている。一体どんな訓練を目にしたのだろう。
それから朝食に誘われ、食堂へ行くと甘いパンのか香りがした。テーブルにはクロワッサンやソーセージ、ベーコンに卵サンドにフルーツなど、たくさんの食べ物が並べられている。
「おはよう。アレクシア。食事が終わったら、温室を案内するよ」
「はい。ありがとうございます」
ベネディッドは清々しい笑顔を向けると、食事を再開した。使用人は隣に控え、自らの口へ食べ物を運んでいる。
それが普通なのだけれど、驚いてしまう。
朝食中は誰かに頼ること無く自立していた。
それにこの量。朝中心の食生活なのだろうか。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。朝は、たくさん召し上がられるのですね」
「そうだな。早朝からヴェルナーと剣の稽古をしていたから、腹が空いているのだ」
「そうですか」
「時は有限だ。食べたらすぐに行くこう」
「は、はい」
時は有限。昨日あれ程ぐうたらしていた王子から出ても腑に落ちない言葉だ。
ルゥナはモヤモヤしながらクロワッサンを一口食べた。
「美味しい……」
「気に入ってくれたか? 好きなだけ召し上がれ」
「は、はい」
昨夜満足に食事を取れなかったルゥナは、ベネディッドの視線を気に掛けつつ、朝食を堪能した。
それから温室へと案内された。
温室へ向かうには裏の湖畔の横を通る。
そこには昨日、出迎えてくれたコリンがいた。
コリンは湖の前に立ち尽くし、じっと水面を眺めているが、こちらへ気付くと深々とお辞儀をした。
「おはようございます。アレクシア様。今日も天気が良いですね」
「おはようございます。コリン様。湖に何かあるのですか?」
「実は、湖で植物を育てていまして。水上へ飛び出してくることはありませんが、少々暴れん坊ですので、水の中には絶対に入らないようお気をつけください」
「へ?」
「食虫植物の藻を育てている。品種改良されていて獰猛で有毒だ。水中に入ると危険だから気を付けてくれ」
「は、はい」
いつの間にか、ベネディッドはルゥナと湖の間に立っていた。後ろに控えていたユーリは、ルゥナの隣へ来て湖を注視している。ヴェルナーは後ろでモッキュと遊んでいた。いつの間に……。
しかし、何故そんなものを育てているのだろう。
湖には大きな藻が漂い掌ほどの丸い袋のようなものがついていた。こんな大きさの藻は見たことがない。
ルゥナが不思議そうに眺めていると、ベネディッドが丸い袋を指差し説明してくれた。
「あの丸い袋で水中の虫や小魚を吸い込んで食べるんだ」
「魚もですか?」
ルゥナが驚きの声を上げると、今度はコリンが意気揚々と説明を買って出た。
「そうなんです。魔石を食わせて品種改良したんでしょうね。サイズも通常の二十倍はあるし、食欲も旺盛。ですが、花を咲かせないんです。アレクシア様は精霊を携えてらっしゃるのですよね。もしよろしければ――」
「叔父上。そういうお話は結構ですから。研究はご自分でされてください」
「しかし……」
「アレクシア。温室を案内しよう」
「はい」
残念そうに唸るコリンを残し、ルゥナはベネディッドに連れられて温室へ向かった。




