001 ロンバルトへ
ロンバルトまでは馬車で一週間ほどかかる。
ルゥナとユーリと侍女のスーザンは馬車に乗り、マルクと四名の近衛騎士の騎馬隊が外で護衛を務めている。スーザンはアレクシアの侍女の中では若い方だが、何でもそつなくこなすベテラン侍女だ。
ルゥナの事を知っているのは、マルクとスーザンだけ。アレクシアは、あまり顔を知られておらず、近衛騎士も御者の青年も誰にも気付かれなかった。
ルゥナが扮するアレクシアは馬車が出発すると同時に手の平サイズの手帳を開き小さな羽ペンで文字を綴った。
「ル……アレクシア様。それが交換日記ですか」
「はい。無事に国を出たことを記しています」
本物のアレクシアは今、自身が作った秘密の空間で身を潜めている。そんな彼女との唯一の通信手段がこの手帳だ。これにはアレクシアの魔法がかけられており、アレクシアの持つもう一つの手帳にも、ルゥナが書いた文字が記されるようになっている。
「あ。返事が来たわ」
『道中お気をつけて』
手帳の空白部分に文字が綴られた。
これはアレクシア側から書いた文字だ。相手からの文字が綴られる時、ほんのりと手帳が熱を帯びる。
因みに、この手帳に書かれた文字はルゥナかアレクシアが開いた時しか文字が見えないようになっているらしい。防犯対策もバッチリだ。
他にもアレクシアが用意した便利魔法道具は多数ある。ルゥナとユーリ、そしてスーザンがお揃いで着けているウエストポーチは見ため以上に物が沢山入るので、着替えに、おやつ、非常食にマルクから受け取った金貨百枚、それから第二王子へのお土産も入っている。
他には不貞の証拠を保持する為の記録昌石。
この昌石に魔力を込めて翳すと、その場の様子を記録し、後で投影することができる。これで第二王子の不貞の証拠を集めて国王陛下へ直訴する予定なのだ。
後は真実の指輪。これを嵌めた人間は嘘がつけなくなるらしい。これらの道具を駆使して何とか不貞を証明しなければならないのだ。
「ユーリ。……ロンバルトはどんな所かしら?」
ルゥナは不安を口にしそうになったが、それを飲み込み別の言葉を振った。
「国の半分は海に面していると聞きました。大きな港町を多数所持しているそうです。ロンバルト城は陸地ですが、小高い山の上に建てられているので、城からは海が見えるとのことです」
「そう。楽しみですわ」
「……ふっ」
向かいに座るユーリが、王女らしく返答するルゥナを見て、我慢できないといった様子で息を漏らした。
スーザンはそんなユーリを見てクスリと微笑んでいる。
「……ユーリ」
「失礼しました。後半日くらいすれば慣れる気がします。いえ。慣れてみせます」
「そう。期待しているわ」
ルゥナはアレクシアに教わった通りに笑顔を作ると、ユーリはまた吹き出しそうになり馬車の外へと視線を反らし、首をかしげた。
「あれは……。陛下付き近衛騎士の方ですね」
馬に乗った一人の近衛騎士が、馬車の横を過ぎ去り前方のマルク達の元へと進み、程なくして馬車が足を止めた。
「アレクシア様。王都で何か問題が生じたとの事で、私共は一度帰還することになりました。アレクシア様は、このままユーリとスーザンと、それから御者のビリーとロンバルトへ向かってください」
「なっ、私とビリーさんだけでアレクシア様をお守りしろと言うことですか!?」
「ああ。陛下からの命令だ。逆らうことはできない。ひと山越えた先にロンバルトの騎士団が陣営を張っている。元々その隊に合流する予定であったから、そこまでが勝負だな。スーザン、頼んだぞ。何かあれば手帳で知らせたまえ」
マルクは苦い顔でそう言い残すと馬車から離れ、それと同時にルゥナとユーリを乗せた馬車は前へと進み始めた。
「しょ、勝負って。ル……アレクシア様っ」
「今、書いています」
ルゥナが手帳に現状を記載すると、一呼吸おいてから文字が浮かび上がってきた。
『そこまではしてこないと思っておりましたが、陛下は私が邪魔で仕方がないのかもしれません。御者のビリーは、陛下が用意した人材ですので、お気をつけ下さい』
「それは、どういう意味か聞いて貰えるか?」
「ええ」
『気を付けろとは、何にですか?』
少し間を置くと、文字が浮かんだ。
『ご自身の命を取られないように』




