【6】
夜になっていつもの民家の屋根で靴を抱えていると、お兄さんがやってきた。
『どうしたの? そんなにかわいい髪になっちゃって!』とおおむね好評だったが、瑠衣のこころの淀みはなかなか晴れなかった。なんだか朝になってまた密とデス子さんに会うのが億劫だ。
それでも朝はやってくる。夜が明けて小鳥がさえずるころ、瑠衣は重いこころを叱咤して靴を履き、またひいひい言いながら森の奥の洋館までやってきた。
「遅い! どうしてお前はそうトロくさいんだ!」
屋敷の前では腕を組んで仁王立ちになった密がお冠だった。へこへこと謝ってから屋敷の中へと通され、昨日と同じ部屋へと連れてこられる。
「今日はお前に会わせたいやつがいる」
部屋のソファにはデス子さんではない先客がいた。密と同じくらいの年頃の青年だ。
明らかに染めたと思われる明るい茶髪に、耳にきらきら光るピアスがいっぱい。オシャレ最先端の服に身を包み、ぽちぽちとスマホをいじっている。容貌は人懐っこそうに整っているが、雰囲気はなんとも一筋縄ではいかなそうな感じがした。
……チャラい。パリピというやつだ。瑠衣から一番遠いところにいる存在。
チャラ男は瑠衣と密が部屋に入ってくるとぱっと顔を上げ、スマホを置いて手を振った。
「ちょりーっす! 密ー、その子が例の?」
「そうだ」
「マジ卍?」
笑顔を浮かべるチャラ男を、心底うるさそうに指さして密が紹介する。
「俺の同業者で一番チャラいやつだ」
「お初ー。三縁清覧っていいまーす。寺の次男坊だけどナンバーワンホスト目指してる系っス。趣味は女の子との楽しいおしゃべりとか? とか? 女の子って人類の宝だよね、やさしくてやわらかくていいにおいしてやばたにえん、みたいな?」
「もういい黙れ」
「おけまるー」
にべもない密の言葉に、清覧は気分を害した風もなくおとなしく口を閉じた。
接しただけでどっと疲れる。それは密も同じなのか、肩を落として清覧を指さし、
「大方の事情は話してある。昨日言っていた策はこいつのことだ」
「このチャラ男さんが、なにか……?」
「こいつは女とみれば誰彼構わずチヤホヤせずにはいられない病気を患っている、こいつにつきっきりでチヤホヤされれば、お前も自分がイイ女だと思えてくる……はずだ。まあ、悪いやつじゃないから安心しろ。少々うるさいが我慢してチヤホヤされろ」
「えっなに俺のこと話してるー? ハブんないでよー」
スマホを手放したら死ぬ病にでもかかっているのか、スマホ片手に歩み寄ってくる清覧。にっこにこ、笑顔が人懐っこい。しかし気を許してはいけないような雰囲気はある。
「おい、清覧」
「ん? なんスかー?」
「この女をチヤホヤしろ」
「了解道中膝栗毛ー」
チャラくペラく軽く答えて、清覧はいきなり瑠衣のあごにそっと手をかけて目を合わせてきた。ひっ、とおののいて逃げ出そうとするより先ににっこり。
「なぁんだ、思ったよりかわいいじゃん。そのリボン、似合ってる。ほっぺたもふくふくしてて、かーわい。これからは俺と一緒に遊ぼうねー。エスコートしがいありそ」
なんとも立て板に水のごとくぺらぺらと褒め言葉が出てくるものだ。感心しつつ、こいつ頭大丈夫か?とも思った。
トドメに、清覧はこつん、と瑠衣に額を合わせてささやく。
「今日からは俺といっしょ。ね、お姫様?」
言われたことのない未知の言語、理解して初めてぼん!と顔が爆発するような勢いで赤くなった。
「おい、鏡見てみろ」
密の言葉に、油の切れた機械人形のような動きで鏡の前まで来て、そしてまじまじと自分を観察して驚く。はっと顔を上げて密に詰め寄り、
「ねえ、見て! 見て!」
「…………ブスのまんまだな」
「いや、違うくて!」
「なんだよ?」
「目! 一重だったのが二重になった!」
と、自分の目元を指して声高に主張する。
「わかりにくいんだよ!」
密に頭をはたかれた。たしかに、一重が二重になったところでブスには変わりない。変わりないが、これは自分の中で大きな変化だ。
「わあ、すごい! ホントに気の持ちようなんだ!」
「えへへ、俺やばたにえんっしょ?」
「うん、やばたにえん!」
「お前、意味わかって使いこなしてんのか……?」
半目でこっちを見る密のことはこの際置いておくとして。
瑠衣はすっかり清覧の言葉に夢中になっていた。
「ねえ、もっと褒めて!」
「おけまるー。瑠衣ちゃんって呼んでいい? 俺はせーくんでいいから。こうしてるとさ、なんか付き合ってるっぽくね? ウェーイ!」
「うぇ、うぇーい……!」
慣れないパリピの真似をする。パリピって本当にウェーイって言うんだ……と妙なところで感心した。
清覧は瑠衣の頭をぽんぽんしながら、
「そうそう、瑠衣ちゃん今でも充分イイ女なんだから、もっとイイ女になって俺と絡むーちょ!」
「そうかな? 私イイ女になれるかな?」
「マジ卍! 世界が惚れるやばたにえんな超絶イイ女になろうぜ!」
「よーし、やるぞ!」
俄然やる気がわいてくるのだから現金なものだ。
そんな様子を、密はどこか苛立たしげな眼で見つめていた。
あからさまな不機嫌モードだ。
「ええと……とりあえず、すいません、調子乗りました……」
「なに謝ってんだよ。いいだろ、どんどん調子乗れよ。その分お前は女磨きできんだから」
「いや、なんか……機嫌悪い?」
「別に!」
密はそのまま、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
なんだかよくわからない。ブスが調子に乗るのがイラつくというのはわかるが、そうではなさそうだ。だったらなんなんだという話だが、とにかく不愉快を丸出しにしているのはわかる。
なおも密に言葉をかけようとしていると、清覧にぐいっと肩を引き寄せられた。
「まあまあ、あいつはいつもあんなだから。気にしない気にしない! それよりさ、line教えてよー」
「いや、私幽霊だからスマホとか持ってないし……」
「あー、それな! つらたにえん!」
『たにえん』にはいろいろバリエーションがあるらしい。ひとつ学習した。
「じゃあ俺だいたいいっつもこれくらいの時間に仕事アガるから、ここで待ち合わせな。デートしよデート。やべー、これ昭和じゃん!」
デート。まさかそんな空前絶後の一大イベントが死後の世界で実現するとは。世の男女はそれを日常的にやっているらしい、すごいことだ。
「よよよ、よろしく、お願いします……!」
赤面しながら深々と頭を下げる瑠衣に、清覧はまたも笑って見せた。
「あはは、デートとかフツーっしょ。瑠衣ちゃんマジおもろい、やべー」
「……そのデートとやら、念のため俺もついてくからな」
ぼそ、と密が付け加える。清覧は目に見えて不満そうな顔をしてブーイングした。
「えー!? 密もついてくんの? ふたりっきりがいいのにー」
「ついでに言うと、デス子もついてくんぞ」
「え、マジ? あの死神おねーさんも来るんだったらダブルデートとか? あ、ふっる! ダブルデートとか俺昭和かよ!」
ツッコミまで自分でするチャラ男はどこまでもノリがいい。リアクションもオーバーだ。たしかに接していると疲れるが、それもこれも女磨きのためだ。
それに、褒められることは気持ちのいいことだと再確認した。
「じゃあ、早速デートいこ! 全然寝てねえけど!」
「えっ、じゃあ寝た方が……」
「俺まだワカモノなんだし、オールとかヨユーっしょ。てか、瑠衣ちゃんマジフラグクラッシャーなんですけどウケるー」
「じゃ、じゃあちょっとだけ……」
ふらふらと清覧について部屋を出ていこうとする瑠衣。相変わらず不機嫌そうな密に、ふと思ったことを尋ねてみた。
「あの、デート中とか……靴、脱いでいいですか……?」
「ダメに決まってんだろバーカ!」
「決まってるんですか……あの、なんで」
「なんででもだ! 常に履いてろ! あとからデス子と合流して追いかけるからな!」
ふん!と思いっきりそっぽを向いて、あとはもうなにも言ってくれなかった。
変なの……と怪訝に思いながらも、瑠衣は密を置いて清覧と屋敷の外へ出た。そのまま森を抜け、街まで出る。清覧は密と違って歩調を合わせてくれた。それがなんとなくレディ扱いされているような気がしてうれしい。




