【16】
少し眠ってから、翌朝清覧が呼ぶ声で目を覚ます。
「おーい、瑠衣ちゃーん! 今日も頼もしいボディガの参上ですよー!」
民家の下から声をかける清覧に、はぁいと返事をして地面に降り立つ。
様変わりした瑠衣の姿を見て、清覧は一瞬絶句した。
「瑠衣ちゃん、その髪……」
「いろいろあってね。あとで話す」
「それに、その顔」
「顔?」
「……いや、鏡見るまでその感動は取っとくといいよ」
靴を履くと、瑠衣は清覧の目を真正面から見つめて言った。
「話したいことがあるの。前の海沿いの公園行こ?」
瑠衣の瞳の中に決意の色を認めたのか、清覧はふっと笑ってうなずく。
「わかった。今のうちに心の準備しとく」
薄々何を言われるのかはわかっているらしい。そんなこんなで、ふたりは連れ立って海沿いの公園へと歩き出した。
やがて潮風が心地よいベンチにたどり着くと、お互い何も言わずに腰を下ろす。
少しの間、海猫の鳴く声だけが辺りに響いていた。
「……あのさ、清覧」
意を決した瑠衣が口を開くと、清覧はひとつだけうなずいた。
「私、やっぱり密が好きなんだ」
「……だと思った」
苦笑する清覧は、そうすることで傷ついたこころを悟られまいとしているようだった。その気遣いに感謝しながら、瑠衣は続ける。
「きっと清覧は、私のこと大切にしてくれる。たくさんほしい言葉をくれて、甘やかして、なんだって望みを叶えてくれる……けど、私が望んでるのはそういうことじゃないんだ。ただ与えられるだけの関係にはなりたくない。清覧といっしょにいたら、私はきっとそのやさしさに甘え切っちゃう」
「……うん」
「密はね、強いように見えて本当はすごくもろいんだ。けど、私はその弱さがいとしい。精いっぱいカッコつけて、それでも折れちゃうときがある。私はそんな密に寄り添いたい。ひとりぼっちにさせたくない……求められたいんだ。私がそばにいなきゃ、って、ほっとけない気持ち。清覧はそういうのあんまりなさそうだよね?」
「……俺は、密ほど強くも弱くもない。ごく普通の人間だよ。瑠衣ちゃんのこと好きなのはホントだけど、俺はそれほど切羽詰まって瑠衣ちゃんを求めたりはしない。本当の孤独を知らないし、葛藤もない。ただ、好きな子にやさしくしたい、それだけなんだ」
「私はそれじゃ満足できない。ワガママだってわかってるけど、ただ甘やかされるだけじゃきっとダメになると思う。与えられた分だけ与えたい。私は今まで密にたくさん大事なものをもらった。『きれいだ』って言ってくれた。不器用なやさしさも。だから、今度は私が少しでも返していきたいの。そうすれば、きっとお互い高めあえる。私はそういう関係を望んでる」
言葉にすればするほど、自分の気持ちが固まっていくのを感じた。
私は密が好きだ。
密のためになにかしたい。
そう強く願う。
瑠衣は清覧と向き合って頭を下げた。
「だから、ごめんなさい。清覧のことも大切に思ってるけど、私は密じゃなきゃダメなの」
それから少しの間、ふたりは無言だった。静寂に耐え切れずちらっと頭を上げて清覧の顔を見る。目が合うと、清覧はふっと吹き出して笑った。うーんと背伸びをして、
「あーあ、フラれちゃった! いーよいーよ、こういうの慣れてるから。俺ってばだいたいいっつも二番手なんだよなあ。三枚目のつらいところってやつ?」
「せ、清覧はカッコいいよ! やさしいし!」
「あは、フォローありがと。けどまあ、そこまできっぱりフラれちゃったらなあ。引き下がるしかないっつーか……あー、せっかく弱みにつけこんだのに」
「あ、あの……友達としては、付き合ってくれるよね……?」
「もっちろん! 俺のイツメンにはいつだって瑠衣ちゃんが不可欠だから! 俺が告ったのはなかったことにして、これからも友達としてよろしくオネシェス!」
おそるおそる聞いたら、さっぱりとした答えが返ってきた。瑠衣がほっとして表情を緩めると、清覧はその背中をやさしく押してくれた。
「ってことで、俺のボディガもお役御免ってこと! 密に守ってもらいなよ。仲直りしたんでしょ? それに、髪ぼっさぼさ。デス子さんに切りそろえてもらいな。あと、鏡見てびっくりしておいで」
「……鏡?」
「いいから、ほら! ゴー!」
清覧に急き立てられて、瑠衣はベンチから腰を上げた。足取りも軽く駆け出す。途中一度だけ振り返って、
「本当にありがとう、清覧!」
笑顔でそう言い残すと、瑠衣は森の洋館へと走り去っていった。
あとに残された清覧は、しばらくの間ベンチに座ってぼうっと海猫を眺めて、ぽつりとつぶやく。
「……あーあ、けっこう本気だったのにな……これ、ダメージきっつ……」
くしゃっと顔を歪めると、脱力したようにベンチの上に伸びる。
そのまま少しの間、清覧は失恋の痛手に浸っていた。




