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12/22

【12】

 翌朝、朝日とともに目覚めると、瑠衣はいつものようにパンプスを履いて森の洋館へと向かった。

 道を歩きながら、どんよりとした気分に肩を落とす。

 自覚してしまった。もう知らないふりはできない。これから密を見るたびに、この胸のうずきを抱えていかなければならない。けど、会いたい。会って顔を見て、話をして、怒られたり呆れられたり、たまに笑いかけられたりしたい。

 アンビバレントな感情に振り回されながらも、瑠衣は、ぱちん、と自分の頬を叩いた。

「いつも通りにしてれば問題ない……いつも通り……」

 密にだって気付かれてはいけない。いつも以上に気を引き締めていかなければ。

 どこか硬い足取りで道をたどっていると、ふと路地裏につながる薄暗い細道に目が行った。普段はなんてことなく通り過ぎてしまうそんな空間に視線が向けられたのは、なにか幽霊特有の霊感に引っかかるものがあったからだ。

 こわごわ建物と建物の隙間を進んでいくと、どうやら人型のなにかがあおむけに倒れているらしいことに気付いた。

 人型、と言っても、肥大化した手足は獣のような毛と爪でできていて、真っ赤な髪もたてがみのように伸び放題。ズボンはかろうじて履いているものの、上半身裸。顔は野性的な雰囲気で整ってはいるものの、半開きになった口の隙間からはぎざぎざの歯が覗いている。

 ……これは、一体なんだろう?

 興味を持った瑠衣が一歩、踏み出すと、倒れていた『なにか』はうっすらと金の瞳を開いた。

「…………」

「え? なに?」

 聞き返すと、うなるような低い声で繰り返された。

「…………ハラ、へった…………」

 同時に、くきゅるうううう、と『なにか』の腹の虫が鳴る。どうやら空腹で行き倒れているらしい。

 ちからない言葉に、おひとよしの瑠衣はあたふたと慌てた。

「じゃあ、なにか、食べるものを……待ってて」

 一旦立ち去ろうとしたところでふと考えた。

 『これ』は一体、なにを食べるのだろうか?

 自分たち幽霊には基本的に空腹という概念はない。腹が減るということは幽霊ではないということだ。だったら、『これ』はなぜ行き倒れて――

 がし、と腕をつかまれて引き留められ、思考は中断した。

 振り返ると、『なにか』はぼんやりとしていた金の瞳をらんらんと輝かせてこちらを見ている。

「……ええと、あの……?」

 嫌な冷や汗が背中を伝う。『なにか』はずらりと並んだ牙をむき出しにして笑った。

「……見つけたァ……食い物ォ……」

「ひっ……!」

 凶相に青ざめて後ずさろうとすると、滑ってしりもちをついてしまう。それでも手は離されず、それどころかぐいっと引き寄せられた。

 アスファルトの上に押し倒された格好で、間近で金の瞳を見る。ぎらぎらと光るその両目は、まさしく獲物を見つけた獣の光を宿していた。にぃ、と笑う口元には、牙がずらり。

 間違いない。『これ』は私を食べる気だ。

「食い物ォ、食い物ォ……」

「やめっ……ひあああああっ!?」

 『なにか』は長い舌を伸ばして、瑠衣の頬をべろりと舐めた。まるで味見でもするかのように。

「ウマいィ……」

「私おいしくなんてないです! ほら、お腹の中は真っ黒だし、ブスだし……あ、今は別にブスじゃないけど! 性格悪いからきっとお腹壊しちゃう!」

 必死にじたばたもがいて抵抗していると、『なにか』はきしし、と笑った。

「そんなことねえよォ……お前のたましい、ぴっかぴかで、真っ白で、きれいでェ……サイッコーにウマそうだぜェ……?」

「それ褒め言葉!? いやいやいや、そんなことないですって! 絶対お腹壊す! 後悔してもしらないから

ね!?」

「褒め言葉だァ……ってわけでェ、いっただっきまーす……!」

 くわ、と大きく口が開かれる。頭からがぶりと行くつもりだ。

 瑠衣はきつく目をつむって一心に念じた。

 助けて。誰か。いや、誰かじゃない。

 ――助けて、密!

 真っ先に思い浮かんだのは、仏頂面の鬼教官の顔だった。

 こんなときにまで、と自分でも驚く。けど、他の誰でも違うような気がした。

 強く願って、それでも助けが来ないときは一巻の終わりだ。食われたたましいがどうなるのかはわからないが、きっと痛いに違いない。

 それでも希望を捨てずに祈り続けていると、唐突に金属と金属がぶつかるような鈍い音と、くぎっ!という『なにか』のうめき声が聞こえた。からだの上から重みが消える。

 目を開けて急いで起き上がると、まず視界に入ったのは痛そうに牙をさする『なにか』の姿だった。自分の背後にいるものに警戒心をむき出しにしてうなっている。足元には銀色の投げナイフのようなものが転がっていた。

「……来るのが遅いと思って見に来てみれば……」

 聞きなれた不機嫌そうな声。す、と瑠衣の隣に立つ圧倒的な王子様オーラ。

「こんな厄介ごとに巻き込まれてたとはな」

「密……!」

 強く願っていたそのひとの姿を見て、瑠衣はこわばっていた表情をやわらげた。

 やっぱり、助けに来てくれたんだ……!

 とっておきの場面で登場するヒーローみたいな密に、瑠衣は思わずすがりついていた。

「よかった……! そいつ、私を食べようとしおrrrrrrrr」

「おい、なんでそこで吐く!?」

 いきなり嘔吐を始めた瑠衣に、場違いにもツッコミを入れる密。ちなみに、幽霊はものを食べないので出てくるのも白いきらきらしたものだ。不幸中の幸い。

 ひとしきり吐いたあと、瑠衣は青ざめた顔で口元をぬぐった。

「……いや、なんか……緊張の糸が途切れたら、急に……うっぷ、」

「もういい、しゃべるな。また吐くぞ」

 こんなときにかわいい悲鳴とか上げられたらいいのにな……などと詮無いことを考えていると、密は瑠衣を背後にかばうように立った。

「まずはそこのケダモノ野郎にヤキ入れねえとな」

 そうだった。どうやら銀の投げナイフで退けられたらしい『なにか』は、何事もなかったかのようにがちがちと歯を鳴らしてにんまり笑う。

「おやおやァ……? 満を持してヒーロー登場、ってかァ?」

「どうやら幽霊のたましいを捕食するタイプのアヤカシらしいな……どこから流れてきたかは知らねえが、とっとと地獄へお帰り願おうか」

「きしし! 冗談! 俺はハラァ減ってんだァ! そのきれいなたましい、よこせェ!」

「……話し合いはするだけ無駄らしいな」

 静かに、しかし重々しくつぶやいて、密は腰の後ろから特殊警棒を取り出すと、じゃこん!と伸ばした。旅行好きの人のラゲッジみたいに幾重にも呪符が貼られている。

「おォ? やるかァ?」

 殺気を感じ取った『なにか』が楽しそうにがちがちと歯を鳴らす。巨大な手に生えた爪を構え、飛びかかる寸前の猟犬のように足で地面を掻いた。

「吠え面かかせてやるよ、ケダモノ野郎」

 密も、不穏な気配をまとって特殊警棒を構える。首から下げたロザリオにキスをして、小さくつぶやく。

「『天使よ、七度はばたけ。哀れなる悪魔に祝福の鉄槌を』」

 構えた特殊警棒に霊力が込められる。それと同時に、『なにか』が爪を突き出すようにして襲い掛かってくる。

「シャァァァァァ!!」

 がぎん! と音がして、特殊警棒で爪の一撃を防ぐ密。そのまま振り払い、受け流すと、強烈なかかと落としを『なにか』の首の付け根に叩き込んだ。『なにか』は瞬発的にからだを引き、その蹴りをかわす。

 大きく飛び退った『なにか』に向かって、今度は密が飛びかかった。振りかぶった特殊警棒で『なにか』のこめかみを狙う。姿勢を低くしてその一撃をしのぐと、『なにか』は肥大化した足で足払いを仕掛けた。

「『終末の喇叭は喝采である』!」

 短く叫んだ密がその足に向けて、懐から抜いた銀の短刀を突き立てた。

「ギィィィィィ!」

 地面に縫い留められるような格好になった『なにか』が悲鳴を上げる。密は容赦なくそのみぞおちに特殊警棒を突き入れ、更に掌底であごを打ち抜いた。

 大きく口を開いてよだれをこぼしながらよろめく『なにか』だったが、まだ倒れない。

「チッ、しぶといな……」

「……グッ……ゲッ……きしし、まァだだよォ……!」

 次の瞬間、『なにか』はちから任せに短刀から足を抜いた。ぶし、と赤い血しぶきが上がる。これは密も予想していなかったのか、一瞬動きが遅れた。

 大きく開かれた『なにか』のあぎとが密の肩口を捕らえる。鋭い牙が食い込み、密の服は途端に真っ赤に染まった。

「ぐっ……このっ!」

 額に汗を浮かべて何度か特殊警棒で胸を突くが、『なにか』の牙はがっちりと密の肩を捕らえて離さない。どころか、さらにちからが込められて、このままでは密の腕が落ちてしまいそうになった。

 からだがすくんでただ攻防を眺めていることしかできなかった瑠衣だったが、とっさに足が動く。

「でえええええい!!」

 密ごと『なにか』のバランスを崩そうと、思い切り体当たりをした。その目論見は成功して、三人はもつれあうように地面に倒れこむ。はずみで牙は密の肩から外れたが、それでも相当な出血だ。

「クソっ……!」

 舌打ちひとつして素早く立ち上がり瑠衣の首根っこをつかむと、密はマトモに動く方の腕で銀の投げナイフを構えた。

「『天と地を結ぶ聖なる門よ、咎人の血にて開け』!」

 そのままナイフを数本、『なにか』に向かって投げる。

「ギィィィィィ!!」

 刃によって地面に縫い留められた『なにか』がもがいているうちに、密は瑠衣を引きずるように路地に背を向けた。

「どうするの!?」

「決まってんだろ逃げるんだよ! クソっ!」

 悪態をついて脱兎の勢いで逃げ出す密と瑠衣。背後からは嘲笑のような『なにか』の声が聞こえてきた。

「きししししし!! 逃げても無駄だぞォ! お前らのにおいィ、覚えたからなァ!」


今更ですが、主人公の名前『にながわるい』、タイトルの『なにが悪い』にかけてあったりします……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 12/12 ・わお! 意外な強敵 [気になる点] めっちゃ美味そうなんですか。よかったですね! [一言] 蜜さんめっちゃカッコいい!
2020/08/23 21:39 退会済み
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