第7話 マナー講師と私
私は昨日、エビと約束をしていたようだ。
「お姉さまと一緒だって……楽しみにしてたのに」
「えっ、あっ、一緒よ、一緒。さあ、行きましょ」
私はその場をなんとか誤魔化し、エビと一緒に教室へと向かうことになる。そこは……“マナー教室”。
「げっ!」
「なんですか? お姉さま?」
「ううん。なんでもないわ」
寄りによってマナーとか、前世ではてんで縁の無かったものをやらなくてはいけないのか。
私はどうなることだろうと不安に思いながら、エビと一緒に席につく。
「今日はティーマナーを教えます。皆さん、今さらと思われるかもしれませんが、細かい所作を見事にこなしてこそ、一流の……」
その講師の話で私の顔は凍りつく。だって全くやったことないし。知らないし。
長い長い説明はさらに私の顔を青ざめさせた。
エビ、なぜ貴方は平気な顔をしていられるの?
「では早速、順番にやっていきましょう」
こうして順番に、前に置いてあるテーブルと椅子で実践することとなった。
☆
「キャーーーー!」
「お、お姉さま! 素敵ですわ!」
黄色い歓声が沸きあがると、講師が「静かに!」と手を叩いて生徒たちを黙らせた。
エビはなぜか羨望の眼差しで、私のほうを見つめている。
テーブルに着くまではかなり冷や冷やしていたが、いざやってみると意外とスムーズに体が動いた。
この体が覚えているのだろう。
「皆さん、エリナゼッタさんの所作は完璧です。よく見て覚えておくように」
「さすがお姉さまですわ」
そう褒めたたえる講師と、うっとりとした目で私を見つめるエビ。
そう言われると皆の視線が気になり、緊張してティーカップを持つ手が震える。それでも滞りなく私が一連の所作を終えると、また歓声が上がった。
「キャーーーー!」
「ほら、静かに!」
なんでこんなに歓声があがるのか。最初は何か大きな間違いでもしたのではないかと不安になった。
だが、どうも私が何かする度に歓声が上がっているみたい。
なぜだか、わからない。
「もう……しょうがないわね。次、エビ・キャンベルさん」
「はい」
次に呼ばれたエビは、スカートの端を摘まんで一礼する。それを見届けた私は、前の生徒と同じように皆に向かって一礼した。
「エリナゼッタさまああああ!」
「こら、静かに!!」
講師はさっきよりもさらに声を荒げて怒鳴り、皆を黙らせると私の方へと視線を向ける。
「ほら、早く席にもどって!」
「はい」
皆が騒ぐせいで怒られた私。少し納得がいかなかったが、そのまま自分の席に着く。
見ているとエビも一連の所作をほぼ完璧にこなしていた。さすが主人公、元々のスペックが私とは違う。
「さすが姉妹というか……エビさんも、エリナゼッタさんほどではないですが完璧です」
さすがエビ。だが、私の時のような歓声は起きていない。
「なぜ?」
そんな言葉が自然と口からこぼれる。
あんなに可愛くて完璧なのに。
エビは私と同じく皆に向かって一礼すると、そのまま私に向かって手を振った。
「お姉さま。上手くできました」
その天使のような微笑みに思わず私が「キャーーー!」と悲鳴を上げそうになる。
なんて可愛いの。尊いとはこういう感情なのかもしれない。
「よくできてたわ」
「はい。お姉さまを一生懸命真似ました」
えっ、私が手本なの?
教えてあげようにも何の知識もなくてごめんなさい、としか言いようがない。
「それに……やっぱりお姉さまは人気です」
「そうなのかしら?」
「はい!」
なんか面白い人とか、勉強ができるとか。そんなので人気者だったのだろうか?
前のエリナゼッタのことが分からない。
「ねえ、なんで人気なの?」
「えっ、お姉さま……」
素直に訊いてみたが、エビはそう言うとそのまま押し黙ってしまう。
やばい、何か地雷を踏んだか。そう戸惑う私。
「なんででしょうか? 私もわからないです」
「そ、そうよね。エビもわからないわよね」
「はい。お姉さま」
そう答えると急に上機嫌になるエビ。
彼女はそっと頭を私の肩にもたれかかる。それを微笑ましく思い、私もつい彼女の頭をそっと撫でた。
「キャーーーー! 尊いわ!」
「こら!! 静かにしてって何度言わせるの!!」
散々言ったにもかかわらず、歓声をあげる女生徒たち。それに本気で講師は怒りだしたのだった。




