第6話 図書館の銀髪青年と私(2)
「もう生意気で」
私の顔に出ていたのだろう、彼は静かに笑った。
「はは、そんなものですよ」
「そうかしら……元気なの?」
「いえ、それが病気がちで……あまり外で遊べなくて」
「それは心配ね」
「ええ」
「で、どんな妹さんなの?」
「それが……」
彼と妹の話について語りだす。小さかった頃の話など、前世の妹の話をテレビなんかは本などに置き換えながら話をしていった。
楽しい、妹の話ならいくらでもできるわ。それに聞き上手ね、本当に楽しい。
ふと、気づくとずいぶん長く話していた。
ちょっと喉渇いたわ。
その時、扉からエビが入ってくるのが見える。そうだわ、彼女に飲み物を頼もう……そう、思った時だった。
私を見つけ、頬を緩ませ笑顔になる彼女。だが、私はある重要なことを思い出した。
「ああああああ!!」
突然、大声をあげた私に、エビを含めた周囲の人間が固まった。
そうだ! この銀髪の子ってエビの攻略対象じゃない!
「本を探している彼のところに主人公が現れて、一緒に探しているうちに仲良くなるのよ」
「それって都合よすぎじゃない?」
「そういうもんなのよ。それで病気の妹の話を聞いた主人公は……」
友達がこのゲームの話をしていた時に、そんなキャラクターがいることを聞いた。まさか彼とは思わなかった。
病気の妹、本を探している。こんな人物が二人もいるはずがない。
「エビ、こっちきてくれる?」
「はい、お姉さま」
なんとかしなきゃ。ストーリーを変えてしまうと何が起きるかわからない。
主人公の姉にバットヴァルドはないと思うけど、慎重に行動しないとあとで何が起きるかわからない。
「お、お姉さ……」
満面の笑顔で近づいてきたエビだったが、向かいに座る彼を見ると険しい顔になる。
どうして? そんな顔をするの?
少なくともそれは敵意があり、のちに恋人候補にするような顔ではなかった。
「ねえ、エビ。ここに座って」
「は、はい」
そう返事をすると流れるような品の良さで隣の椅子に座った。やっぱり、主人公は違う。
そして彼を一度、チラと見ると私のほうへと向き直る。
この子、緊張しているのかしら。可愛いところもあるのね、と私は彼女を彼に紹介することにした。
「ほら、私の妹。可愛いでしょ……ねえ、可愛いでしょ……ほら、可愛いでしょ」
「お姉さま」
エビの後ろに回り、顔を横に並べて紹介した私。ほら、私より目がぱっちりしてて可愛いでしょ。そんなアピールのつもりだった。
だが、可愛い以外の言葉がでてこない。語彙力が死んでいる、困った。
「うん。よろしくね」
彼はそんな私の紹介にも笑顔で対応してくれた。
何ていい人なの。
「エビ、こちらはね」
「知っておりますわ、お姉さま」
「あっ、そう。二人は知り合い……」
そこまで言ったところで、エビは私の話を遮った。
「知り合いではありませんわ。お姉さまと男の方が楽しそうに話をされていると、学園中の噂だったので来てみましたのですけど」
えっ、学園中の噂になってるの? なんで?
あっ、大きな声で話してて迷惑だった?
「ごめんなさい。私、そんなに大きな声を出してるつもりはなくて」
「違いますわ、お姉さま」
そうか、声がうるさかった訳じゃないんだ。私はその言葉にほっとする。
でも、なんで噂なんかに……。
「まさかお相手がエインヴァル・ストロム。貴方とは思いませんでしたわ」
その言葉とともにエビは鋭い視線を彼に送る。すると委縮したように押し黙るエインヴァル。
どうして……そんな怖い目をしているの?
私はエビの意外な行動に焦ってしまう。
「エ、エビ。仲良くして」
「いえ、お姉さま。お姉さまがお優しいのはわかりますわ。でも、それを平民風情が勘違いするのは許せませんわ」
エビが聞いたことのないような低い声でそう言うと、彼が本を持って立ち上がる。
「す、すみませんでした」
「ま、待って! エビ! 何てこと言うの!」
「そうですわね。いくらお姉さまがお美しくてお優しいからって、平民のくせに……」
この子、もうなんてこと言うの!
バチン!
図書館中に響き渡る頬を叩く音。そう私はエビの……妹の頬を思い切りビンタした。
「お、おねえ……さま?」
その驚き、目を見開いた顔に我に返った私。
あっ、しまった。わたし、妹になんてことを。
だが、周囲がそんなことで驚いているのではないことに気がつく。そうか、ここは貴族と平民、身分制度のある世界だ。
エビ、ごめんなさい。でも……どうしよう困った。
だが、その時だった。入り口にあったあの石碑の言葉を思い出す。
「自由、平等、研鑽」
思わずすがるように出た言葉。だが、それが功を奏した。
「そ、それは先代理事長の……あっ!」
エビはそこまで言うと、立ち上がりスカートの端を掴むと、私に向かって一礼した。
「どこまでも自由に、平民でも平等に、お互いに研鑽できる学園……お姉さまはその理想を」
「そうね」
「失礼しましたわ、ストロム様」
彼へと振り返り、謝罪するエビ。やっぱり、いい子じゃない。
私はエビの行動に胸をなでおろす。
そうさっき読んでいた『学園の歴史』。その本にこの言葉は先代国王と先代理事長とでこの学園を建てた時に、理想を現わした言葉として掲げられていると書いてあったのだ。
「ごめんなさい。ストロムさん」
「ううん。平気だから」
「また、お話しましょ」
「うん。また」
そういうと彼は笑顔で、あの本を抱きしめ図書館を出ていった。
それを見届けると、エビが私の方へと振り返る。
「お、お姉さま」
「なあにエビ?」
「私、お姉さまが彼に取られるんじゃないかと思って」
そうだったのね。私はエビの先ほどの言動に納得する。
とても可愛いじゃない。
「大丈夫よ。そんなんじゃないわ」
「お姉さま。私のこと、嫌いにならないでください」
そうして私の左胸に泣きながら飛び込んでくるエビ。
私は彼女の顔を上げると、その目に手を添えてこう言った。
「ほら、涙を拭って。綺麗な顔が台無しよ。嫌いになるわけないじゃない」
「おねえさまああああ!」
そこに遠くで見ていたのか、本棚の陰からディアナが現れる。
そして、そのまま早足でこちらにきたかと思うと、私の空いてる右胸に飛び込んできた。
「おねえさま。私、どうなるものかと……」
そこまで言って黙ると、少し私から離れ涙を浮かべる。
もう、なんて愛らしいのかしら。
そう思って抱きしめようとした時、彼女は私の右手をとるとそのまま自分の胸へと押し当てた。
「えっ……」
「ほら、まだこんなにドキドキしてますですわ」
なんて柔らかいの。なんてことじゃなくて、なんて大胆なことをするの!
私は周囲の目もあり、すぐにその手を胸から離した。
ディアナは「なぜ?」といいたげに悲しげな瞳を向けると、指をそっと差し伸ばす。
黒髪アイドルのその行動に思わず、愛おしくなった私は彼女を胸に抱き寄せた。
しかし、ずいぶん騒がせちゃったわね。
周囲の強い視線、それを感じていた。どうにかしないと。
「お、お騒がせしてごめんなさいね。ほほほほほ」
よし、これで誤魔化せた。私は心の中でガッツポーズをしながら二人を抱え、扉から出ていくのだった。




