第4話 エビとディアナと私(2)
「寂しいかしら?」
私は思わず聞いてしまう。すると彼女は顔を上げ、さっきよりもさらに寂しげに目をうるうるさせた。
「さ、寂しいですわ」
うん、思わず「私、行かない」と言ってしまいそう。
可愛い……可愛すぎる。
するとエビがごほんと咳きこみ話に割りこむ。
「もう、ディアナ。お姉さまが困っているではありませんか」
「わ、私のことは気にしないで……その、あの、気にしないでお茶会に行って欲しいですわ」
「ごめんなさいね。ご招待されているから、行かないわけにいかないの」
「はい、ですわ」
明らかな作り笑顔で話すディアナ。そんな私たちを少し羨ましそうに見つめているエビ。
そんなエビのことを思い、私はディアナに言った。
「ごめんなさい。少し窓際に寄ってもらっていいかしら」
「あっ、はい。お姉さま」
彼女は答えると少し窓際にすり寄る。私の右手を掴んだ両手はそのままで。
素直ないい子よね。
私は自然とこぼれた笑顔のまま、エビに言った。
「エビ、こっちにくる?」
「えっ……あっ、はい!!」
今までの不機嫌そうな顔はどこにいったのか。満面の笑みで返事をし、私の左脇へとすぐに移るエビ。
姉を取られた、そんな気分になっていたのだろうか。十五歳にもなっても、まだ子供のようなところもある彼女。
まあ、子供だけど。
すると、ディアナに負けじと同じように左腕に絡みついた。
その様子を見て笑う、向かい側に座る侍女アメリア。
「エリナゼッタ様、両手に花ですね」
「もう、からかわないでアメリア」
その言葉にアメリアはお辞儀して返すと、にっこり笑顔でこう言った。
「失礼しました」
その時、馬車は大きな門の前に到着し、ゆっくりと止まる。
私は何事かと思うが、エビたちの反応を見るに、いつもの事なのだろうと平静を装った。
門には花をモチーフにした、美しく流れるようなデザインが施されている。
すると門番がこちらの方へ来て、何やら確認して御者と会話をしだした。
「通っていい」
馬車についている家紋を確認したのだろう。
その門がゆっくりと開かれると、馬車はその間をゆっくりと加速していった。
「わぁ、綺麗な桜……」
「そうですね、お姉さま」
私の腕の中でそっと顔をあげ、そう答えたエビ。ディアナも私の胸に寄り添いながら、ゆっくりと頭を動かし外の景色に目をやる。
ふふっ、くすぐったい。
彼女の猫の毛のような柔らかい髪が、そう感じさせる。
花びらでピンク色に染まったその艶やかな光景を、三人とも静かに眺めていた。
でも……学園生活は大丈夫かしら。
不意にそんな不安がよぎる私。
その心の動きに合わせるかのように、エビとディアナをぎゅと抱き寄せた。
「お、お姉さま?」
ディアナの言葉の語尾が少しあがる。
どうしよう……いい返事が浮かばない。
そんな私の心に反して、向かいのアメリアは楽しそうに私たちを見つめている。
もう……こっちの気も知らないで。
怒りにも似た感情が私の中を駆け巡った時だった。
キィィィィ。
馬車が止まり、カツカツと人が近づいてくるのがわかった。黒い正装の男性が私たちの馬車の扉を開ける。
小さな窓からは見えにくかった校舎が目の前に広がる。アイボリーの壁に巨大なステンドグラス、それに朝日が乱反射する。
その優美な造形と色とりどりの花壇に、私は一瞬息を呑んだ。
「さっ、お嬢様着きましたよ」
アメリアの声に我に返った私。
その声と共に私の腕から飛び出したディアナ。彼女はエスコートしようと差し出した男性の手を取らなかった。そのまま段を一歩降りると、そこからふわりと地面に着地する。
エビは彼らの手を取ると、ゆっくりと優雅に下りていく。
あの様にすればいいのね。
その動きを焼き付けた私。大きく深呼吸して気合を入れた。
「さあ、お姉さま」
二人は同時に男性の前に立つと、左右に分かれ手を差しのべる。
ふふっ、二人がエスコートしてくれるのね。
小さな彼女たちに頼もしさを感じる私。
そして彼女たちの手を取ろうと手すりから手を離した時、ふと目の前に大きな石碑があることに気がついた。
「自由、平等、研鑽」
欧州のどっかの国と似たようなスローガンね。
そう思った瞬間だった。普段から仕事で楽だからと、ローファーばかり履いていた私。
その私が急にヒールのある靴を履いたもんだから、バランスを崩したのだ。
「お姉さま!!」
彼女たち二人の叫び声。慌てふためく男性たち。アメリアの悲鳴が聞こえた。
ああ、死ぬ瞬間ってスローモーションになるんだったっけ。
二度目の私はそんなことを思い出しながら、ぐっと目をつぶる。
しかし、私の予想に反して、私の身体はしっかりと腕で支えられた。
「お姉さま、お怪我はありませんか!!」
アメリアの声に私は目を開ける。目の前にはエビとディアナ、二人の顔があった。
私は二人に抱きしめるように支えられ、地面と衝突せずにすんだのだった。
「お、お姉さま……びっくりしました」
「あ、ありがとうね。アメリア、二人のおかげで大丈夫よ」
二人に起こされ立ち上がった私は、後ろを振り向くと右手をぐっと上げて見せた。
「もう、お嬢様……お気をつけてください」
力が抜けたように、座り込むアメリア。
ディアナは左手、エビは右手をそれぞれ私の手に重ねると、二人揃って笑顔で言ったのだった。
「さあ、お姉さま」
この二人がいれば大丈夫か。
これから始める学園生活への不安。二人の笑顔と可愛らしさに、私の心はそれを期待へと変えたのだった。




