第3話 エビとディアナと私(1)
中世ヨーロッパを思わせる風景。
馬車から見える景色はレンガ造りの家が建ち、大きな通り沿いにはガス灯が並ぶ。
車輪の振動で上下に揺れる街並みは、窓の外をゆっくり流れていた。
欧州旅行とか貧乏な私には夢のまた夢だったのね。
少し興奮し楽しみながら、窓の外を見つめている。
しかし、お尻が痛い……石畳のせいか、そう思うとアスファルトが懐かしい。
私はお尻を触りながら、
「いつも会社で使っていた、丸い座布団が欲しかったわね。お気に入りだったのに」
と、叶わない願いを小さく呟いた。
「座布団……って何ですか?」
私の右隣には黒髪のアイドルこと、ディアナ嬢が右腕に絡みつくようにして座っている。
乗った時からしがみついて離れない彼女。いや、乗る前からか。
どうも、相当慕われているらしい私。
まあ、そうじゃなきゃ、ベッドに潜り込んでこないか。
彼女は聞き慣れない言葉に首をかしげ、私を不思議そうに見上げながら体をさらに寄せてきた。
か、可愛い……この子やっぱり、なんて可愛さなの。
なかなか答えない私を、まっすぐ見つめている瞳に釘づけになってしまう。
「ディアナ、お姉さまが困っていますわ」
「えっ、あっ……ごめんなさいですわ」
名残惜しそうに密着を緩め、座りなおす彼女。
「あっ……」
思わず発した小さな声。もう少し近くで見つめていたかった。
素直にそう思うが、目の前に座って少し不機嫌そうに眉をひそめている彼女。そう、この世界の私の妹のほうがディアナよりも気になっていた。
☆
「お姉さま」
「なぁに?」
「少しは私のことも……何でも、ないです」
目を合わせずに少しむくれて話す彼女。その彼女に向かってなるべく優しく声をかける私。
妹は前世でもいたけど、この子とはどう接していいか分からないわ。
「ねえ、エビ」
「……何ですか」
不機嫌そうに答えつつも、私に声をかけられたことが満更でもなく口元を緩ませるエビ。えっ、エビ? 私は自分で言った妹の名前に固まった。
なぜ、こんな艶やかな金髪で目のぱっちりとした……まるでお人形さんみたいな子の名前がエビ?
エビは返事をしたのに反応の無い私を真っ直ぐ見つめている。
私の頭の中で疑問が生まれ、その答えに気づくと同時に大きな声を上げた。
「あああああっ!!!」
「な、何ですか!」
途端にひきつった顔で固まるヒロイン嬢とディアナ嬢。二人のその顔もなんて可愛らしいの……そんな事を言ってる場合じゃない。
私はふたたび見上げた天井から彼女たちへ目線を戻すと申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめんなさいね」
「い、いえ。びっくりしました」
そうだ、彼女はゲームのメインヒロイン。死ぬ直前に話していた友達がはまっていたゲームの主人公なのだ。
ゲームの名前は……聞き流していたので思い出せない……残念、なんかヒントになるかもしれなかったのに。
「ねえ、聞いて。ゲームの名前入力のところで何も入力しないと『エビ』って名前になるらしいの」
「エビ? 何それ?」
「ふざけすぎよねえ、でも面白くない?」
「面白いけど、エビって呼ばれるお嬢様って」
「笑えるよねえ」
こんな話をして二人で笑った記憶がよみがえる。
残念ながら、酔って聞いていた話がほとんどなので他は全然思い出せ……。
あっ、こんな事も言ってたっけ。
「そういえば、ディアナって幼馴染がいてね」
「うん」
「それが超可愛いんだけど……」
我ながら肝心なところが思い出せない。もっとよく聞いておけばよかった。
しかし、乙女ゲーの世界。それも主人公の姉である。
そんな役回りを私が出来るのだろうか。
すると私が不安な気持ちでいる事を察したのだろうか、私を横からじっと見ていたディアナが話しかけてきた。
「明日は……お姉さまとエビはお茶会ですの?」
「そうね」
その答えに少し寂しそうな表情をするディアナ。彼女は呼ばれていないみたい。
私と離れ離れになるのが、そんなに寂しいんだろうか。
そうよね、うちの妹もこのくらい可愛げがあったらよかったのに……。
妹? 私の妹はエビ。エビはこんなに……凄く可愛いじゃない。
何言ってるの私。
横の彼女は少し目線を下に向け黙っている。馬車の窓から入り込む朝日が、彼女の黒髪にあたり、いろいろな形に変化して反射して見せた。




