第29話 王子様の会いたい人と私(2)
「ぶっ!?」
ごほっごほっ。
フェリエ王子はその言葉に飲んでいた紅茶を吐きだした。
「ご、ごめんなさい」
そのようすに、私が慌ててハンカチでテーブルを拭こうとする。
だが、私より先に侍女が間に入ると、素早くそれを拭き取ってみせた。そして、「大丈夫でございますか?」と王子に声をかける。
「だ、大丈夫だ」
侍女にそう答えると、王子はエビに向かって言った。
「ハハッ、婚約かあ……」
私の顔を覗き込む王子。
「も、申し訳ありません。妹が……」
私はとっさに謝ろうと腰を浮かせるが、彼は立ち上がり、右手を差し出して私を制した。
「大丈夫。妹さんは悪くないよ」
「えっ、でも」
私の言葉に、妹は何事が起きたのかと私たちを見つめた。
「お姉さまは王子様とご婚約するのではないのですか?」
「もう、誰がそんなことを」
「お父さまとお母さまです。なんか、王宮から礼状が届いたと……婚約ももうすぐだと……」
その言葉に、私は目の前のティーカップを取って、紅茶を一口飲んだ。
「もう、それは勘違いよ。あなたが不届き者を捕まえたお礼でしょ」
「えっ!? 私はてっきりお姉さまへの……すみません。大変な勘違いをしていました」
エビは両手を組むと、私を見つめて涙ぐむ。
どうしよう、なんとかしなくちゃ――私は前を向くと、こちらを見つめる王子に向かって謝った。
「ご、ごめんなさい。妹と両親が何か勘違いしてしまったみたいで」
「うーん、勘違いか。それほど勘違いでもないような気もするんだけど」
「えっ!?」
王子の言葉にエビは驚き、目を丸くする。そして、私を見つめると言った。
「やっぱり、お姉さまとフェリエ王子はご婚約なさるのですね」
「いや、違うわ。そんな話聞いてないもの」
「で、でも、フェリエ王子は」
その言葉に私たち姉妹は、同時に王子へと視線を向ける。
少し困ったように彼は下を向くと、そのままそっと話し出した。
「うーんと、気に入ったとだけ言っておこうかな」
「えっ、何がですか?」
私のその疑問に王子が私を見据え、何か言葉を発しようとした時だった。
隣でつまらなそうに話を聞いていたディアナが、急に鋭い視線で王子をにらみつける。それを見て、少し息を呑んだように見えた王子は、慌てて話題を変えた。
「あっ、そうだ。これから編入の手続きをしないといけないんだった」
「そういうのは王子様なら……やっていただけるのではありませんか?」
エビの言葉に王子は一瞬顔をこわばらせるが、次に無理矢理笑顔をつくるとこう言った。
「いや、そういうわけにはいかないよ。自分のことだしね。じゃ、また」
慌てるように席を立ち、椅子につまずきそうになりながらも彼は去っていった。
急にどうしたんだろ。
私はそう思いながら、エビと同時に首を傾げたのだった。
☆
食堂での騒動の後。私とディアナは何か聞きたそうな生徒たちを横目に、とりあえず廊下を行き先も決めずに歩いていた。
「はあ、なんでフェリエ王子がいたのかしら?」
私がそうつぶやくと、ディアナが楽しそうに私の腕に絡んでくる。
「今日は用事は……ああ、そうだったわね。もう授業はないのよね」
「はい、お姉さま」
うーん、可愛い。それはいいんだけど。
私はこの後、図書館で自習する予定だったのよね。
エビは外国語の授業に行ってしまったし、彼女の相手を頼む相手もいない。それに楽しそうな笑顔を見ていると、彼女の相手をしてあげないのも悪い気がしてきた。
「うーん、どこか行く?」
「お姉さまと一緒ならどこでも楽しいですわ」
どこでもいいって言われても……前に図書館にいたわよね。
最初にヴァルと出会った時に、彼女が図書館にいたことを思い出す。
「一緒に図書館に行きましょうか?」
「はい、お姉さま」
そうよね、戦士クラスの彼女だって本くらい読むわよね。
私たちは図書館に向かうことにしたのだった。
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