第27話 食堂と私(2)
☆食堂と私(2)
「ねえ、ここいいかな」
そう、はっきりとでも柔らかい男性の声。私はこの声の持ち主を知っていた。
「――フェリエ王子」
私の言葉にディアナはピクッと驚いた猫のように反応する。そして、ゆっくりと王子の顔を見上げた。
「あ、あの」
この前のお礼を告げようと腰を浮かせかけた私だったが、ディアナが首に絡みついて動こうとしない。手を離すよう彼女に言おうとした私の唇を、王子がそっと指で塞いできた。
一瞬、どきりとする私。
だが、その視線は私を通り越してディアナへと向けられた。
「君も彼女のところに?」
「……お姉さま」
彼の言葉に一瞬間を置くと、私の名前を呼ぶディアナ。
この子、何を言ってるの?
そう思ったが、彼は彼女の態度を気にしない様子で従者に言った。
「ゴホン、ちょっと二人きり……いや、三人になりたいから、皆に声をかけてくれるかな?」
「はい、殿下。かしこまりました」
従者はそう返事をすると、取り囲んでいた生徒たちに他所へいくように指示をする。
「きゃー、王子様とエリナゼッタ様が!?」
「噂は本当だったんだな」
やっぱり手の甲にキスとか、お姫様だっこの件が広まっているのね。
彼らの歓声に少し頬が熱くなる私。
その私の態度に、ディアナは少し不機嫌になる。彼女は私の首に絡みついた腕に力を入れた。
従者の指示で囲みの生徒が去るのを見て、ふっと落ち着いたように息を吐くフェリエ王子。
ここで私はようやくフェリエ王子の服装に気がついた……制服姿だ。
「あ、あの、このあいだは、大変お世話になりました。殿下のおかげで……」
「ああ、すまない。まさか、気絶するとは思わなくて、君に見とれてつい」
そこまで言いかけると、私のほうを見つめる王子様。ど、どうしよう……その視線に戸惑っていると、彼を睨み返すディアナ。
ちょっ……何してるの!?
慌てる私とは別に、落ち着いたようすの彼。
「ねえ、ディアナ。せめて隣に座ってもらってもいい?」
二人の間に何があったのか分からないが、このままだと私の心臓に悪い。
私の言葉にディアナは不満そうにしながらも、「はい、お姉さま」と素直に隣の席へと移動してくれる。なんだかんだ言って、甘えん坊だが素直ないい子だ。
「あ、それでね……エリナゼッタ嬢、ハンカチの件だけど」
突然、フェリエ王子は私に話しかける。
「は、はい。ハンカチは私の妹のもので、男を捕まえたのも妹で」
「いや、それは分かってるんだ」
そのまま大きく背伸びをすると、王子はその特徴的な赤みのある金髪をかき上げる。そして、王子は腕をテーブルにのせると、その上にあごを預けた。
わずかに前傾した姿勢で、琥珀色の瞳が私をとらえて逃がさない。
「いいよ。食事をしながら聞いて」
「は、はい」
ディアナと王子、二人の視線が集まる中での食事。それはとても味わえるものではない。
それでも何とか口の中にすべてを放り込むと、彼はにこっと笑顔を見せた。
「あの不届き者の件だけど」
「は、はい」
ディアナが、彼の話を待ちきれないようにこちらをじっと見てくる。それを私はできるだけやさしく笑み返した。
すると、彼女は王子のまねをするように、腕の上にあごをのせて私を見つめてくる。
朝起きたらベッドの横でやってそう……もう、変なことを教えないで欲しい。
「なんで二人はあそこにいたのかな?」
彼の声に私はディアナから視線を外し、王子へと目をやった。いつの間にか背もたれに寄りかかっている。
「い、妹を礼拝堂に連れて行こうと思って」
「そうか、油断したな。誰か立たせておけば……まあ、いいか。実はあの日は内緒で出かけたんだ。……だからこれから話すことは内緒にして欲しいな」
「はい……そうなのですね」
私の返事に彼は眉をやわらかく下げ、もう一度腕にあごをのせる。そして、興味深そうに、また私に視線を向けた。
このようすを周りの人間はどう思うのだろう。
目の前の人が王子様じゃなかったら、突っ伏して私を鑑賞している、変な集団だと思われるに違いない。
「わかりました、殿下。内緒ですよね」
「うん、頼むよ……実はあの日、礼拝堂にお祈りに行ったんだ。母の形見の指輪を持ってね。でも、その指輪をふとした隙に、あの男に盗まれてしまったんだ」
彼がそこで一度、話を止めるとテーブルの上に三つのティーカップが並ぶ。
いつの間に置いたのかしら。そう思い顔を上げると宮廷侍女、それと思われる制服の彼女が胸を張り、背筋を伸ばして戻っていった。
「綺麗な体型、羨ましいわ」
前世の私の体型にくらべて……。
そんな思いでぽろりと出た言葉に、彼は笑いが出るのを我慢している。
そんなに笑うところじゃないじゃない。ほら、侍女の彼女も振り向いて変な顔をしているわ。
「いやあ、君が言うとは思わなかった」
彼はやや笑い出しそうになりながら言うと、わざとらしく優雅にカップを手にとった。
何を言っているのかしら……そう思った私だが、ふと自分がスタイル抜群のエリナゼッタになっていることを思い出す。
「あっ、その……」
一瞬戸惑い視線を泳がせたが、侍女は後ろ姿を見せるとそのまま去っていく。
なんか、嫌味に思われたかも。
私はそんなことを気にしながら、紅茶に口をつけてごまかした。
「ふふ、気にするんだね」
私の視線の動きを見て、王子は静かに言う。
「ええ」
そんな私の返事を聞くと、楽しそうにカップを口に運んだフェリエ王子。
「ところで、なぜ制服なのですか?」
その気まずい雰囲気を何とかすべく、さっきから気になっていたことを訊いてみる。
その質問に、さっきから笑顔で私を見ていたディアナも興味がわいたのだろう。彼のほうへと視線を移した。
私たち二人の視線にも関わらず、王子は味わうように紅茶を飲むとカップを元の位置にそっと戻す。
よく見ると制服のサイズが微妙に合っていないわね。たぶん、借りてきたものかしら。
「なんでって、ここに編入してきたんだよ」
「学園に? フェリエ王子が?」
「そう。会いたい人がいてね」
その意外な言葉に、私とディアナはしばらく王子を見つめ固まったのだった。
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