第24話 勉強と妹と私(1)
第十三話 勉強と妹と私
「ねえ、ちょっといいかしら?」
私は授業が終わると同時に、図書館で出会った銀髪青年のもとに駆け寄った。
早くしないとどこかへ行ってしまう。
そんな焦りが私をつき動かしていた。
「な、なんでしょうか?」
私は見上げる彼の顔に思わず、「可愛い」と言ってしまいそうになる。だが、それをぐっと抑え込み、彼の隣の席へ座った。
「あっ、覚えてる?」
「えっ!? はい、エリナゼッタ・キャンベル侯爵令嬢さまですよね」
その言葉の速さがさらに彼を可愛いと思ってしまう。女の子とあまり話したことがないのかしら……そんなことを思いつつ、彼が覚えてくれたこともあり、心に少し余裕が出てきた私。
「そうそう。よかった、忘れられてたらどうしようかと思っちゃった」
「そ、そんなことはないです」
私の言葉に動揺したのか、急に立ち上がった彼は、きょろきょろと辺りを見回した。
その行動につられるように私も顔を上げる。
なんで? ……みんな私たちを見ていた。
「誰だ、あいつ? エリナゼッタ様と親しそうに」
そんなささやきが聞こえてくる。だが、私はそんな周囲の言葉も気にせずに、彼の座っていた場所をポンと叩いた。
「ねえ、座って」
「えっ、でも……」
「いいから、ねっ」
「はい」
彼は周囲を気にしつつ、おどおどと私の隣に座る。
その様子に目をやりながら、数人の生徒が教室前方の扉から出ていくのが見えた。
あっ……もしかして。
「ねえ、この後、何か予定ある?」
「いえ、僕は帰るだけです」
「よかった、実は聞きたいことがあって」
と、そこまで話して私は手に何も持っていないことに気がついた。
げっ、忘れてきちゃった……自分の席に勉強道具一式置いてきた私。帰る前に引き止めようと慌て過ぎた。
「ご、ごめんなさい。こっち来てもらっていい?」
「あっ、はい」
私は彼の右手を取って、さっきまで自分の座っていた席へと引っ張っていく。
そして、隣の席に座らせた。
何やら周りがざわついているが、気にしていられない。彼がどっかに行ってしまっては困る。
「ねえ、この式がわからないんだけど?」
「えっ、失礼ですが、これ写し間違えてます」
「えっ、ほんと!?」
「はい、エリナゼッタ様」
そう言って、彼は自分の席に戻るとノートを取ってきた。
「エリナゼッタ様、ここが……このように」
そして、私より綺麗な字で書かれたノートの一部を彼は指差した。
「あっ、ごめんなさい。この記号が間違えてたのね」
記号を書くべきところではないところに、書いてしまっていたようである。
それでもまだよく分からない私。
「エリナゼッタ様、これでお分かりに……」
「エリナでいいわ。うーんと……」
あれ? 前に名前を聞いたけど、忘れちゃっている。どうしよう……。
私のその慌てっぷりに彼はくすりと微笑むと、自分から名乗ってくれた。
「エインヴァル・ストロムです。エリナゼッタ様」
「もう、私はエリナでいいわ。エインヴァルでいいかしら?」
「はい、エリナ……さま」
もう、エリナでいいのに……そう思いながらも顔を赤らめる彼を見て、それ以上は追及しないことにした私。そんなことで大人の余裕ね、と優越感に浸ってしまう私。
そして、さらに分からない数式を指差した。
「これはどう解くの、教えてもらってもいいかしら?」
「これですか? 講師の先生が書いていた式を、ここに入れれば……」
私のノートを確認するべく寄ってきた彼の顔。その銀髪が私の肌に触れる。
柔らかい……銀髪ってこんなに柔らかいものなのかしら。
その感触に浸りつつ、私は彼に訊いた。
「この式……これってどこからきたの?」
私の言葉に一瞬驚いた表情を見せる彼。彼の心地よい髪がふと私から離れていく。
耳まで真っ赤な彼の動揺ぶりに、私は何かしでかしたのかと困惑した。
「ご、ごめんなさい……分からなくて」
とんでもなく、初歩的な質問をしてしまったのだろうか……それとも重大なミスを犯してしまったのか。
そんな気持ちになり思わずでた言葉に、彼は私の顔を見ると優しく答えた。
「いえ、僕こそ……この式ですよね」
「うん」
彼は自分のノートを開くと、そこにすらすらと式を書いていく。
「この式は分かりますか?」
「ああ、分かるわ」
「ですと、この式をこう入れ替えると……この式になります」
「あっ、そうね」
彼はその式の下に別の式を書くと、それらが同じ答えになることを説明する。
「わ、わかりやすいわ。あっ、ヴァルって呼んでいいかしら?」
エインヴァルは長すぎる。私は彼をヴァルと呼びことにした。
「はい。エリナ……さま」
もう、私もエリナでいいのに。そんなことを思いながらも、平民という立場を気にしているのだろうと特に言わないことにした。
「つまり、この式とこの式は同じです。なので、この解き方になります」
「本当ね。分かったわ、でね、こっちの式なんだけど」
「あっ、エリナ……さま。別の講義でこの教室を使うみたいですが?」
「えっ!?」
彼に訊くことに夢中になっていて、周囲を気にしなかった私。ふと、周りを見渡すとさっきまでとは違い、たくさんの生徒が座っていた。
「なに……あのエリナゼッタ様と親しそうに話している男」
「どういう関係なのかしら」
そんな周囲の声が聞こえる。どう見ても、ここは移動したほうがいいわよね。
「ご、ごめんなさい、ヴァル。続きは図書館でもいいかしら?」
「はい。大丈夫ですよ。エリナさま」
私たちは周囲の視線を気にしつつも、いそいそと図書館へ移動したのだった。




