第22話 王子様と私(2)
「お姉さま。お姉さま」
どのくらい経っただろうか。私は遠くに聞こえるエビの声で目を覚ます。
大きなベッド……私はその中央に横たわっていた。
「お姉さま、気づかれたんですね」
エビの声が今度ははっきり近くで聞こえた。周囲には高級そうな壺やら絵画やらが並んでいる。
「ここはどこ?」
「えっ!? あっ、ステリー伯爵家の別邸です。お姉さま」
その言葉にさっきまでの出来事を思いだす。そうだ、エビが「捕まえたのは私だ」と言って王子様にキ、キスをされて……。
私は同時に左手の甲を見て、顔が熱くなるのを感じる。
「どうして、フェリエ王子はあんなことを」
「お姉さま、お、王子様と……素敵です」
そう言ってそのまま私の首に抱きつくエビ。私が目を覚ましたことと、王子様と会えたことで彼女は嬉しいのだろう。自分の顔を私の顔にすり寄せ、とても嬉しそうにはしゃいでいた。
「ねえ、エビ。私、どうしてベッドで寝ているのかしら?」
エビは私の言葉に、私の首から手を離すと椅子に座り直した。
「お姉さま。王子様が手の甲にキスされたことまでは覚えていらっしゃいますか?」
「うん……恥ずかしいけど覚えているわ」
「その後、気絶したお姉さまは王子様に抱えられ、ここに運ばれたのです」
「えっ、フェリエ王子が!?」
「そうです」
一国の王子に抱きかかえられ、ベッドに運んでもらったってこと!
私はその言葉に嘘ではないかと思ったが、エビのまっすぐ真剣な眼差しに嘘はないと確信した。
「お姉さま」
「はい!?」
急に私の右手をエビの両手で包まれたので驚いてしまう。
「王子様と……その……婚約とか」
「こ、婚約!?」
寝ている間にそんな話になっていたの!?
私は驚きのあまり大声を上げてしまう。それに呼応するように、扉が開くと数人の伯爵家の使用人が入ってきた。
「何かありましたか?」
「な、なんでもないわ」
一人の執事に私が返事をすると、その後ろからアメリアが入ってきた。
「お、お嬢様……ご無事で何よりです」
ベッドのすぐ横まで駆け寄り、うっすら涙を流しながら私を見つめるアメリア。
彼女はそのままお辞儀をすると、伯爵家の使用人たちに声をかけた。
「お嬢様は大丈夫です。ステリー伯爵にもご迷惑とご心配をおかけしました。後日、改めて侯爵様からご挨拶に上がるとのことです」
「わかりました。そのようにお伝えします」
本来なら私が言わなきゃいけないことなのだろうけど、アメリアがいてくれて助かったわ。
私はそっと胸を撫でおろす。
「お姉さまと王子様が……」
エビは相変わらず、ぶつぶつと呟いてる……あっ、そうだ。
「ねえ、アメリア。エビから聞いたんだけど……」
「なんでしょう、お嬢様」
「その……私、王子様と婚約したの?」
「えっ!? いえ、していませんよ。あっ、『彼女をよろしく頼む』とは言われましたけど」
「あっ、そうね。エビが勘違いしてるんだわ。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。もうすぐお医者様がお見えになるそうなので、それまでここでお休みになって下さい」
「い、医者……そんな重傷なの?」
「いえ、念のためです。王子様の側近の方が手配してくださいまして」
「そうなのね。じゃ、ここで待っているわ」
もう、王子様と婚約なんて嘘じゃない。エビが何か勘違いしたのね。
私はそのことに安心したのか、そのままぐっすりと寝てしまったのだった。




