第21話 王子様と私(1)
「殿下!」
従者の後ろからの呼びかけに、王子は軽く左手をあげる。しかし、振り向くことはなく壇上を歩き続けた。
下まで一メートル程度の段差があったが、左手を床につき、ふわりと軽やかに飛び降りてみせる。
「キャーーーー」
その姿に会場の若い令嬢が黄色い歓声をあげた。だが、それを気にすることなく、王子はエビへと近づくと前にかがんだ。
何が起きるのか。会場は先ほどまでとは違う、静けさと緊張の中にいた。
「顔を見せてくれる?」
王子の柔らかい言葉に、エビは一瞬戸惑いつつも徐々に頭を上げていく。
その途中で彼女の耳元に顔を近づけると、フェリエ王子は何やら話し出した。
その話を聞いたエビはコクッと小さく頷くと、何やら意を決した顔で立ち上がる。その行動に驚きの表情を浮かべる王子。
「残念ながら、その不届き者を捕まえたのは私ではございません」
その言葉に従者二人は「なに!?」と声を上げ、彼女へ向かおうとする。だが、それをまたもや左手で制した王子は、エビの瞳を見つめると言った。
「じゃ、誰が捕まえたのかわかるかい?」
「それは」
エビはそこまで言うと、後ろを振り向き私を指差した。その行動に驚き、すぐに隠れようとした私。
だが、周囲の人々が道を開けるように一歩下がった。
「い、いいえ。不届き者を捕まえたのは彼女で……」
私が言っていることは間違ってはいない。靴が飛んでいって、男の頭に当たって転んだのは事実。だが、それは偶然で最終的に取り押さえたのはエビだ。
それに王子とエビが婚約してくれないとストーリーも変わってしまう、それでは私が困る。
「私、エビ・キャンベルのお姉さま、エリナゼッタ・キャンベルが、不届き者を捕らえました。間違いありません」
エビの言葉に王子は私のほうを見つめる。
「彼女は君だと言っているけど」
そう彼の瞳が私を見据える中で、エビが再び片膝をつくと頭を垂れた。
「お姉さまは決して自分からは不届き者を捕まえたとは言いません。それはお姉さまが……」
そこまで言うとエビは押し黙り、私のほうへと振り返る。
二人の視線が集中する中、それにつられるように周囲の者が私を見る。
どうしよう……何か言わないと。私がそう思っていると、王子の一言が周囲の視線を再びエビに向けさせた。
「どうした? 聞こうじゃないか」
彼のその質問にエビは答える。
「はい。お姉さまは何をされても完璧で、聖女のように優しいお方です。何をなさっても奥ゆかしく、手柄は求められません。だから本日も名乗られないのです」
ここで立ち上がると、さらに身振り手振りを交え彼女は語り出す。
「ああ、心優しいお姉さま。学園では平民の生徒を庇い、侍女を助け、先ほども給仕にねぎらいの言葉をおかけになった、その姿はまさに聖女のようで――さらに不届き者を私よりも先に追いかけ、毅然と立ち向かったお姉さま。お姉さまは――」
さらに彼女が両手を前に組み、天に祈るようにそう語り出すと会場中が私のほうへと注目した。
ど、どうしよう……エビ、彼女の手柄だと言わないと。
私は動揺と恥ずかしさから、どうにかなりそうな自分を抑え前に進む。
そして、エビの背後まで近寄ると、その演説を遮り私は口を開いた。
「不届き者を捕まえたのは、彼女で……」
そこで王子が前に出て、私の口を指で塞いだ。
彼は琥珀色の瞳で私を見据えると、顔を私に近づけてくる。その仕草に胸の鼓動が早まる。
その行動に思わず後ずさりしそうになったが、彼の右手が私の腕をぐっとつかんだ。
「君にも理由があると思うが、ここは君が捕まえたことでいいんじゃないかな」
心臓のドキドキが酷くて何を言っているか分からなかったが、そんなことをささやかれたように思う。私はその言葉に横に目をやった。するとエビは声が聞こえていたのか、満足そうにこちらを見つめている。
「はい」
私が小さく頷くと彼は微笑みを浮かべ、左手を取ると高く掲げる。
泥だらけのエビに求婚する王子だって聞いていたから、どんな王子かと思ったけど……そうよね、一国の王子だし馬鹿なわけがないわよね。
私はそんなことを考えていた自分が恥ずかしくなり、顔を左手で覆って立ち尽くしていた。
「ほら、みんなに手を振って」
恥ずかしさで火照る顔と心臓の鼓動。それらでどんな表情をしているのかも分からず、私は下を向いたまま左手を離し、小さく振る。
「本当に奥ゆかしいんだね」
彼は耳元で柔らかく言葉を発すると、そのまま私の左手にはめていた手袋を外した。
そしてその場に跪き……手の甲にキスをした。
「えっ、えええええ!!」
あれっ?
その瞬間、天井を見上げた私と、必死な顔で私を呼ぶエビ。そのまま私は王子様の腕の中に抱きかかえられて……。
そこで私の意識は途切れたのだった。




