第20話 ハンカチとエビと私(2)
「あれって何なのかしら?」
「きっと王子様のサプライズプレゼントよ」
一国の王子がわざわざそんなことをするはずがない。周りが十代の若い令嬢だし、たぶん箱入りで育てられているのだ。そんなプレゼントとかって考えになるのも無理もないかもしれない。
そんなことを考えていると、誰かが私のスカートを引っ張った。
「お姉さま……」
ふと見るとエビがその碧い瞳で私を見つめ、不安げに眉をひそめている。
うーん、なんて可愛いの。
姉を頼るヒロインの可愛さが私の心をそんな言葉で埋め尽くした。
あっ、いけない。あの捕まえた男が、王子様の大事なものを盗んだ犯人だということを彼女は知らなかった。不安になるのも当たり前よね。
私はそう思い、エビの耳元で優しくささやいた。
「大丈夫よ。心配ないわ」
「で、でも」
「大丈夫、大丈夫よ」
そう言い聞かせて彼女の持っているグラスを受け取る。そして私のグラスの横へとそっと置いた。さらに彼女を強く抱きしめると、もう一度彼女に向かって言った。
「大丈夫、心配ないからねっ」
「はい」
私の態度に落ち着いたようすのエビ。
しかし、チャンスよ。これはシンデレラと同じストーリー、きっとハンカチの持ち主を探して……よし、これでシナリオ通りに戻せるわ。
私は意を決し、それを実行しようと固く心に誓う。
「フェリエ王子がこのハンカチの持ち主を探しております」
従者がハンカチを高く掲げ、全体がよく見えるよう広げて見せた。一気に視線がハンカチに集中する。
「何だあれ?」
隣の男性の声に、腕の中のエビがビクッと震える。そして私を恐る恐る見上げるとこう言った。
「お姉さま、まさか……」
「そのまさか、かもよ」
私が優しく微笑み返すと、エビは今にも泣きそうな顔へと変わる。
なに? なんなの?
意外な反応に戸惑う私。
「そうなんですね」
彼女は私の腕から離れると、ハンカチを取り出し涙を拭った。
「私たちが捕まえた男の人が、身分の高いお方で罰せられるの……ですね」
「えっ!? ち、違うわ」
「いいえ、分かります。私はお姉さまが捕まるのは見ていられません。私が名乗り出ます」
エビはうって変わって鋭い眼光になり、視線を壇上へ向けると「よし!」と小さな声を発する。
そしてゆっくりと力強く、ハンカチが掲げられている方へと歩いて行った。
「あの子勘違いしているわ」
それを追いかける私。しかし彼女の足取りは速い。
「エ、エビ」
「いいのです。お姉さま、私が……あの時、確認しなかった私が悪いのです」
「違うの!」
私の叫びに後ろを振り向くと笑みを返す彼女。その表情は凛々しく、これから戦場に行く戦士のようであった。
もう、そうじゃないのよ。大声でそう叫び、呼び止めたい私。
だが、まっすぐに壇上に向かうエビを、会場中の人間が見つめていた。私がここで呼び止めて事情を説明したら。
「なぜ、それを知っていると言われそうよね」
そんな不安が私の足をその場に留めた。
まだ従者の口からはハンカチを探している理由は言っていない。私がそれを話してしまうと、混乱を招いてしまう。
こういう時、小説の主人公とかなら、何か良い言い回しができるのだろう。
私がそんなことを考えている間に、従者の前まで歩んだエビはドレスの端を摘むと一礼して見せた。
「私のハンカチでございます」
そう答えると優雅に片膝をつき、右手を胸に当て深々と頭を垂れる。
華麗な一連の動作に王子様の口元が「ほう」と感心しているのが見えた。
すると従者が彼女を見据え、こう言った。
「このハンカチは本日、フェリエ王子が礼拝堂に行った際に不届き者を捕まえたご令嬢が落としたものである。間違いないか?」
「えっ!?」
完全に何か処罰をされると思っていたエビは、大きく眼を開け思わず従者の顔を見る。
その表情が少し和らいだ。
(そうよ、彼に褒められて……王子様と結ばれるはず)
心臓の音が周囲に聞こえないか心配になるくらい脈打っていた。私はそれに耐えられず左手でそっと胸を押さえる。
驚いた彼女をじっと見つめる王子様と従者。その顔を見て、我に返ったエビは再び頭を垂れると静かな声で断言した。
「失礼しました。天に誓って間違いありません、私のハンカチです」
その凛とした彼女の声は静まり返った会場に響き渡る。
皆の視線が壇上に集まる中、王子は小さく頷くと彼女のほうへゆっくりと向かって行った。




