第17話 中庭と私(2)
馬車に戻った私はアメリアに破れたドレスを確認してもらう。
大きく裂けたドレス。
目の前の光景に、彼女はふうっと深いため息をつくとこう言った。
「仕方ないですね。少し遅れてしまいますが、寮に戻りましょう」
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ、お嬢様」
何があったかも訊かずに笑顔で答えるアメリア。
私が男だったら、こんなお嫁さんが欲しい。
そんな思いとは別に、隣にいたエビが何やら周囲を見渡したかと思うと言った。
「私もハンカチをどこかに落としてしまったようです」
その言葉に自分のハンカチを差し出す私。そんな私をじっと見るエビに、続けてこう声をかける。
「他の馬車を手配するから、あなただけでも先に行って」
「いえ、お姉さまと一緒じゃないと絶対嫌です」
と、私の腕に抱き着き即答するエビ。愛らしいわがままを言うじゃない。
しかたない、姉妹で遅刻する覚悟をしなくちゃね。
心なしかスピードの上がった馬車の中でも、必死に手を離すまいとする彼女。
「ふふ、わかったわ。一緒に行きましょ」
「ぜ、絶対ですよ」
「うん、そうね」
私の返事に安堵したのか、彼女はそっと絡めていた腕を手離した。
しかし、なんだろうこのもやもやした気持ち。なんか思い出しそうな……。
「あっ、イベント」
「イベント?」
「ううん、なんでもないわ」
私の小さい驚きの声とともに訊き返すエビ。もう彼女のエビという名前が、しっくりしてきた気がする。
なんか不思議ね。
エビという名前が愛おしくも思えてきた。
私を凄くしたってくれて、しかもしっかりしているし……それに愛らしくて。
も、問題はそこじゃなくて。イベント……そうよ、イベントよ。
そう思い直す私。
「そうかあ」
私は窓の外を見て、ひとり呟いた。
学園での重大イベント、電気ショック事件。
お茶会の途中で学園に寄った主人公、一方、お忍びで学園にきていた王子様。王子様はいつもしている大事な指輪があったが、それが指にあるとすぐ正体がばれてしまうので従者に預けてた。
それをふとした隙に盗まれてしまう従者。
彼らも犯人を追いかけるが途中で引き離され、追いかけるのはエビだけに。
そこから追いかけっこが続く。途中、なんど転んでも立ち上がり追いかけるエビ。
そして、街の路地まで追いつめたところで、彼女は神の啓示をうけ雷撃魔法が使えるようになる。その魔法で全身黒こげにして犯人を捕まえた。
「ちょっと残酷ね」
だが転んだ場所が悪かったのか、エビは全身汚泥だらけになってしまう。
時間通りにお茶会の会場に着くものの入れてもらえず、泣きながら帰ろうとするエビ。
そこに王子の馬車がやってきて、王子を救った女性を探す。
すると泥だらけのエビを発見。
「あなたですね」
彼女の全身についた泥も気にせずに、近づいてくる王子。
「よ、汚れていますわ」
そう言ったエビに向かって、王子が放った言葉。
「身なりは汚れていても、貴方の心は美しい。結婚しよう」
二人は抱き合い、キスをして周りに祝福を受ける。
「くうー、感動的よね。私、何度プレイしても泣いちゃうわ」
「えー、でも汚くない? それに雷撃って」
「その泥だらけでも追いかける主人公がいいのよ。それに雷撃は……さすがに黒焦げは無茶しすぎだわ」
「臭いそうだしね、汚泥。ははは」
「そうね。泥だらけで抱き合って。本当に無茶苦茶よね」
「でも、好きなのね」
「そうね、大好き。でもね、いいシーンなのよ。そこが! くうー、分からないかなあ」
そんなことを居酒屋でジョッキを手に、前世で友達と話した記憶がよみがえる。
なんてシーンなの……シナリオ書いた人が無茶苦茶しすぎと思えるような、このシーン。
でも、かなり売れているゲームらしいのだ。
大丈夫か、私たちの国の女子たちは……。もう別の世界になるんだけど、本気で心配になってしまった。
しかし、事態は変わってしまう。偶然とはいえ犯人が街に出る前に捕まえてしまった。
シナリオを変えてしまったのだ。
どうなるんだろう。そんな不安をよそに馬車から見える窓の風景は流れていった。




