第14話 お茶会に向かう私(1)
改めて考えると、この世界での私の役回りは主人公の姉である。
転生前に友達と話をしていた時も、一言も姉の名前は出てこなかった。そのことからしても、さして重要ではないモブキャラだったことが分かる。
「そういえば……なんて名前だったっけ」
「えっ!? 私の名前はエビですけど……」
友達の名前を思い出そうとして、つい口からでてきてしまった言葉。それが隣にいた彼女の耳に届いてしまったようである。
私を見つめる主人公のまばゆいくらいの青い瞳が、見る見るうちに曇っていった。
ど、どうしよう。動揺する私を見て、さらにエビは不安になったようだった。
「わ、私の名前を忘れるなんて……お姉さま、あんまりです」
「わ、忘れてなんかないわよ。ちょっと名前が思い出せない人がいただけ」
「思い出せない人? それはご学友ですか?」
隣りで馬車の揺れでロングの金髪を揺らしながら、小首を傾げると彼女はそう訊いてきた。
さすがヒロイン、なんて可愛いのかしら。その仕草に思わず抱きしめてしまいそうになった私。
「うーんと……それはどんな容姿の方ですか?」
その髪には銀で作られた小さい百合の花のバレッタが添えてある。姉妹でお揃いだと、出発前にはしゃぐように喜んでいた彼女。
その大小の二つの花と葉がバランスよく配置されており、優美で目立ちすぎない大きさが可愛らしさも演出していた。その二つの花は私たち二人をモチーフにしているようである。
彼女の天使のような声でされたその質問に、私は人差し指を自分の唇にそっと添えて考える。
そんな私の顔を見つめ、回答をじっと待つエビ。そんなに見つめられるとなんだか恥ずかしいじゃない。
「そうねえ、茶色い髪で丸い眼鏡をかけていたような?」
前世の記憶、それも曖昧なものである。エビは知らない人なのだから、当然当たるわけもない。
しかし、彼女はそのまま深く考え、頭を捻ると胸の前で腕を組み考え始めた。
「そ、そんなに一生懸命に考えなくても」
「いえ、お姉さまの一大事ですから」
いない人間のことを言ってごめんなさい。
「大丈夫よ……」
私は彼女を気の毒に思い、そう声をかけた。だが、エビは私のほうを見上げるとこう訊いてくる。
「三日前に廊下ですれ違ったカー先輩ですか?」
「……ち、違うわ」
「そうですよね。会話もしてないですし……あと眼鏡の形が違いますけど、デイヴィスさんかも。五日前のお昼にお姉さまの二つ隣りの椅子に座ってました」
「えーと……」
「それも違うのですね。では文学の講義で生意気にも話しかけてきた、トンプソンって男子学生ですね! もう、ほんと私のお姉さまに!」
そう言って、頬を膨らませて怒り出すエビ。
「ち、違うわ。大丈夫よ、大したことじゃないから」
「そうですか……なら、いいですけど」
「でも、よくそんな細かいこと覚えているわね」
「お姉さまのことならなんでも知ってます。まかせてください」
そう言うとエビは誇らしげに胸を突き出すと、ぽんっと胸を軽く叩いた。
「そ、そうね……」
私は少し言葉に詰まりながらもそう返事をする。
すると彼女は先ほどの得意げな表情から、一気に不安そうに目を伏せてしまった。
何か不味い返事をしてしまったのかと、私は彼女の肩に手をそっと乗せる。
「ところでお姉さま」
「なに?」
それに反応するかのように視線を上げる彼女。
「本日のお茶会ってお姉さまのお友達の」
「ステリー家の主催よ」
「ジュリエ様もいらっしゃるのですよね……」
「そうね」
私の頭の中でジュリエ・ステリー嬢の情報が出てくる。
なんて便利なシステムなのかしら……エビはジュリエのことが苦手みたい。
それに結構きつい顔の子ね……悪役なのかしら、ずいぶん酷いこともしてるみたいだけど。
でも”その程よく吊り上がった大きな目”だけは羨ましいわ、本当に。
そう思って彼女に視線を戻すと、膝の上で右拳を強く握っていた。本当に苦手なのね、私はその拳にそっと手を添える。
「我慢なさい、お茶会は大切よ。それも伯爵家の主催ですもの」
自然と私から出た言葉。少しエビが可哀そうに思えるが、これがこの世界の常識なのだろう。
もっと労わる言葉をかけたかったわ。
隣りに座る彼女の可愛らしいフリルがついたピンクのドレス。そして、私の少し大人びた刺繍の入った青いドレス。
その二つが重なるように、私は彼女を抱き寄せる。するとエビは顔を私の胸へと強く押し当ててきた。
「お姉さま」
その不安そうに私を見上げる顔にキュンとして、思い切り抱きしめて振り回したくなる。でも馬車の中だとできないな、と何とか耐える私。
そんな気持ちよ、気持ち……でも何これ、可愛らしい……。
エビには悪いが私を慕ってくる愛らしさに、テンションが上がってしまう。
「大丈夫よ、心配ないわ……」
「は……はい、お姉さま」
そっと頭を抱きかかえると、彼女は小さな声で答えた。
馬車の振動とともに胸に押し付けられる小さな頭。その光景を微笑ましく、侍女のアメリアは見つめていた。




