第12話 ケインとお茶と私(2)
今の自分の白くて細い指に改めて満足しながら、「そうよね。普通は騎士が助けるものよね」と少し笑みを浮かべる私。
「あっ!?」
そんな中で次々とクッキーを食べていた私は、つい最後の一個まで食べてしまっていた。
や、やらかした。
「お嬢様、代わりを用意しますか?」
「お、お願い」
「わかりました」
アメリアはそう言うと、少しくすっと笑いながら部屋から出ていった。
二人きりになってしまい、ますます気まずくなる私。
「あ、あの。やはり俺、騎士失格です」
「そ、そんなこと……」
「いえ、エリナゼッタ様を守れませんでした」
力なく言った、その言葉。
彼は悔しそうに歯を食いしばると、俯いて机の上に置いた拳を強く握りしめる。
悔しいのね、そう思った私はそっと言葉をかけた。
「そ、そんなことないわ」
「でも!」
「あの獣の鋭い爪から、私を二度も守ってくれたじゃない」
私はそう言うと、彼の拳を両手でそっと包み込む。
「ケイン。貴方は勇敢にもあの獣に立ち向かってくれたわ。お礼を言わないといけなかったわね。ありがとう」
「い、いえ。エリナゼッタ様、も、も、も、もったいないです」
そう言うと、彼の手が私の手を握り返してくる。
ちょっと恥ずかしいけど、ここで手を引いたらきっと傷つく。そう考え、私はつい反射で引こうとした手をぐっと我慢した。
もう緊張して汗が出てくる、気づかれるかしら。
「アメリア、お姉さまは?」
「中でステラード様とお話しされています」
「えっ!? ケインったらもう来たの!」
「はい。えっ!? ちょっ、エビお嬢様!」
廊下で会話するアメリアとエビの声が聞こえたかと思うと、扉を激しくノックする音が聞こえた。ゴンゴンっと。
エビは返事も聞かずにそのまま扉を開けた。
「お姉さま入ります!!」
意を決した掛け声とともに、青いドレスを身にまとったエビが険しい表情で入ってきた。
「ケ、ケイン! なんでお姉さまと手を握りあっているのですか!!」
「えっ、こ、これはね」
目前の光景に目を丸くして驚くエビ。
私は咄嗟に言い訳をしようとする。だが、その間も与えずにエビの後方、扉の隙間から黒い影が飛び出てきた。
「お姉さまあああああああ!!」
「ディアナ!」
シンプルな黒いドレスも彼女が着れば、ステージ衣装のように際立っている。彼女は両手を広げ、こちらへと笑顔全開で飛び込んでくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
嬉しいけど、このままだと椅子ごと後ろに倒れちゃう。
そう思った私は思わず握っている手に力を入れた。
「お姉さま!」
「えっ!?」
しかし、彼女の動きは素早く私の後ろに回り込むと、すぐに腕を首に回して抱きついてくる。その突然の行動にケインと私は釘付けになった。
そして、気持ちよさそうに私に彼女の頬をすり合わせる。本当、猫みたい。
「うーん、お姉さま。すべすべで気持ちいいですわ」
「……そ、そうね」
少しびっくりしたのもあって、そっけない返事をしてしまう私。
するといつの間にかテーブル横にいたエビが、ケインの腕を強く掴んで言った。
「ケイン、手を離して。お姉さまがいくらお優しくてお怒りにならなくても、私が許しません」
「で、でもエリナゼッタ様の力が強くて」
「あっ、ご、ごめんなさい」
私はその言葉にディアナの動きに驚いて、つい強く握った手を緩める。すると彼の手に私の汗がびっしりとついていた。
「ご、ごめんなさい。汗をかいちゃって」
「い、いえ」
私は咄嗟にポケットに入っているハンカチを取り出そうとする。だが、それをエビが手で制止すると自分のものを取り出した。
「私のハンカチで」
「えっ、あっ、そう。お願いね」
そうね。エビが拭いてあげたほうが、二人の距離が縮まるわね。
私はそのようすを、微笑ましく見つめることにした。
「もう、お姉さまがいくらお美しいからって……」
「そんなんじゃ」
顔を真っ赤にするケイン。やっぱり、エビが好きなのね。
私が微笑ましい二人を眺めていると、アメリアが「失礼します」とマフィンとクッキーを差し出す。マフィンはとても美味しそうな色をしていた。
「お茶を」
「はい、お嬢様」
私の言葉で四人分のティーカップを用意して、ポットの紅茶を注いでいくアメリア。
いつの間に紅茶を補充したのだろう。メイドさんって凄いと思う。
「ディアナ、お茶ですよ」
「嫌ですわ!」
エビの言葉に反発する彼女。だが、エビはそんな彼女に言い聞かせた。
「そのままだとお姉さまがお茶を飲めませんわ」
ディアナはその言葉にしばらく目を閉じると、唇をきゅっと噛みしめる。
そしてゆっくりと手の力を緩めると、その大きな瞳が寂しそうに光った。
「ディアナ様、こちらへ」
アメリアの言葉にしぶしぶ席に座るディアナ。
私の向かいにはケイン、両隣にはディアナとエビが座りテーブルを囲む。
そうだ、私とディアナが話していれば、二人が仲良く話せるじゃない。
二人の出会いイベントを邪魔してしまった私はそんなことを思いついた。
「ねえ、ディアナ」
そう私が振り向いた時だった。
ディアナはなぜか目を閉じて、クッキーを口に咥えて待っている。何これ……私の思考が一瞬止まった。
そして、それがその咥えてるクッキーを反対側から食べろ、と言わんばかりの行為であることに気がつく。
それと同時に、彼女の唐突で大胆な行動に慣れてきていることにも気がついた。
「ディアナ……?」
そのままクッキーを私に向かって差し出し続けるディアナ。戸惑う私と、私たちを凝視するエビとケイン。
どうしよう……だが、そのクッキーをさすがにいただく訳にはいかないと、手で摘まんでそれを引き抜こうとする。
くっ、しっかり噛んでいるのね。
あくまで彼女はそのまま食べさせようと抵抗してみせた。だが、そんな彼女の努力も虚しくクッキーは二つに割れてしまった。
「美味しいわ、ディアナ」
私がそう言うと、残念そうに残りを口にする彼女。さっき指に触れた彼女の唇、柔らかくて気持ちよさそう……そんな思いがクッキーの甘さとともに脳を支配する。
ちょっ、私、何考えてるの。
顔が一気に熱くなるのを感じた。
すると私はティーカップを手にし、それを口に運ぶ。
「ふう……」
甘いものを食べたからか、それはより苦く喉を通ったのだった。




